Science in Fairytale

ひびき遊

第1話「シンデレラ」


 僕、スズキは科学を愛している。

 学校が終われば放課後は、科学部の部室に入り浸るくらいだ。


 だけど今日は図書館に足を伸ばしていた。

 リクエストしておいた今月号の科学雑誌が、そろそろ入荷しているはずだったから。


「ちょっと、ねえ。そこのキミっ」


「え、僕?」


 真っ直ぐ雑誌コーナーに向かおうとした僕を、いきなり呼び止める声。

 女子だ。

 ……たぶん、図書委員かな。


 受付にいたのを見たことがある。

 といっても、特に会話をしたことはない程度。


 セーラー服のスカーフが赤だから、僕と同じ二年生か。

 図書委員のネームプレートが胸に。片仮名で「タナカ」と書かれていた。


 お下げ髪で、地味な印象のコ。文学少女タイプ。


 そういう僕はメガネに、学生服の上から実験用の白衣を着ていたから、まさに理系男子って感じだが。


「ごめーん。これ、ちょっと取るの手伝ってくれないかな?」


 名前も知らない彼女は、脚立に乗って手を伸ばしていたけれど、本棚の一番上の本に届かないようだ。

 まあ僕は背だけは高いから、たまたま目についたんだろうな。


 別にそれくらい手伝ってもいいか。

 僕は彼女のもとに近づくと、脚立を使わず本を掴んだ。


「わあ、さすが男子! すごいねー」


「いや。背の高い方が届きやすいって、物理的なだけだから」


「ついでに他のも、まとめていい?」


 ええ?

 タナカさん、割と気安いタイプだな。

 僕はちょっと苦手かも。


 でも、こうなると断り切れない。仕方なく僕は、また本棚に腕を伸ばした。

 この列はどうやら、同じシリーズの本を扱っているらしい。一冊がけっこう分厚くて、重たいぞ。


「……童話?」


「そ。古典名作シリーズなの。だけどあんまり読まれないから、閉架図書に移すことになっちゃって。あたしは好きなんだけどねー」


「ふうん」


 読まれないのもそのはずだ。

 赤ずきんに、上にあるのは……シンデレラ?


 高校の図書館に置く本じゃないな。

 それにしても、なんでこんなに分厚いんだ? どうせ無駄な描写が多いんだろう。

 まったく、シンプルなほど美しい数式を見習ったらどうなんだ。


 ――そんな、余計なことを考えていたからだろうか。

 続いてシンデレラを引っ張り出そうとしたとき、上段の本が一気に、僕の方へと落ちてきて。


「うわ!」


「危ない! スズキくん!」


 は? なんで僕の名前――。


 そう思ったときには、僕の頭にガツンとした衝撃が。

 物理的に考えて、崩れ落ちた重い本がまともにぶつかったのだろう。


 助けようとしたのか、駆けつけたタナカさんの頭にも、一冊の本が。

 しかも、彼女は本の角だ。


 ……あれは痛い、絶対に。

 そんなことを思いながら僕の意識は、ふつりとブラックアウトして……。



               §



 なんなんだ、これは。


「ありえない……」


 科学的に、説明がつかない。

 気が付いたら僕は、まったく見知らぬ世界にいた。


 まるで中世ヨーロッパ風の、街の中。

 石畳のはられた道の上で、僕は目を覚ましたんだ。

 赤煉瓦の街並みが広がり、小綺麗だった。


 ――図書館はどこだ?


 頭を強く打ったはず。まさか、死後の世界?

 にしては騒がしかった。


 大勢の人が……通りの向こうに集まっている。

 その誰もが、西洋人?

 白人ばっかり、だと思う。だけどしゃべっているのは、日本語?


「王子さまの親衛隊だ!」


「ガラスの靴の合う相手、まだ見つからないみたいだなあ」


 ……うん、ちょっと待て。

 もういろいろおかしすぎて、聞いてるだけで疲れる。


 夢だな、これは。夢に違いない。


「スズキくん……これ、もしかしてシンデレラの世界じゃない!?」


「タナカさん!?」


 なんで彼女がここに!

 どうやら僕が倒れていた側に、今まで転がっていたみたい。頭を振りながら立ち上がる。


「絶対そうだよ! あたしたち、ほら! 童話の本で、一緒に頭を打ったから!」


「やめてくれ、ファンタジーは嫌いなんだ。科学的じゃないから」


「カガク? そういう理屈を越えた現象だよ、これは! 絶対!」


 タナカさんは大興奮だ。

 さっそく一人で、物怖じせずに集まっている人の方へと向かっていく。


 おいおいおい。

 別に、彼女がどうなろうと僕の知ったことじゃない。


 でも、これが夢ならば……特に危険もないだろう。

 突っ立っているのも時間の無駄だ。

 僕も彼女を追うように、人だかりに近づいた。


 制服姿の僕たちを見ても、街の人たちは特に反応しない。

 ははーん、やはりこれは夢だ。

 タナカさんも、僕が勝手に作り上げたキャラクターというわけだろう。


 ちょうど、一緒に頭をぶつけたところを目撃した。

 それが印象に残っていて、夢に影響したのかな。そう考えるのが道理だ、うん。


「入った!」


 そのとき、数十人もの人だかりが一斉に湧いた。


「すごい、すごいよ、スズキくん!」


 その中でぴょんぴょん跳ねる、小柄なタナカさんが手招きする。


「シンデレラの足に、ガラスの靴が……! 名シーンだよお!」


「はいはい」


 そりゃあ、これがシンデレラの話なら、ガラスの靴が入って当然だろう。

 僕も人波を掻き分けて、その光景を目にする。


 大きなお屋敷の、前の広場だ。

 槍を持った、お城の衛兵らしき連中が囲む中――地味な格好をしていたけれど、金髪のきれいな女の人が、驚きの表情で口元を押さえていた。


 その足には、すっと入ったガラスの靴。

 彼女がシンデレラに間違いない。


「おお……ついに見つけましたぞ!」


 衛兵の中でも、一番立派なヒゲをたくわえた男が、シンデレラの腕を掴んだ。


「昨夜、この靴を置いていったのは、あなたですね!」


「……は、はい」


 シンデレラがこくりと頷く。

 ううっ、といつの間にか僕の隣にいたタナカさんが、目を潤ませていた。


「感動~! シンデレラのクライマックスを、この目で見られるなんてっ」


「待って……待ってくださいな!」


 ――だけど、あれ?

 急に邪魔をする声が。


 ヒゲの衛兵の手を払い落としたのはなんと、割って入った女性だった。


 たぶんあれ、シンデレラの継母?


「お母様!」


 後ろに控えた、娘たちっぽい面々が呼びかけてたから、きっとそうに違いない。

 確かに、顔立ちがいじわるな継母っぽい。


 着ていた服はケバケバしくて、化粧が濃くて目つきが悪い。口紅なんか紫だ。


「ガラスの靴にたまたま足が入っただけで、そちらの探されていた相手がシンデレラかどうか、確証はないでしょう!」


「おおー、スズキくん! 継母が粘るよ!」


 タナカさんが手に汗握っている。

 ええ?


 そういう話だったかな。

 いや……たぶん気絶する前に、本の分厚さが気になったせいだろう。


 童話なのにあれだけの分量があるのは、展開を水増ししてるに違いない。

 なんて思い込みが、この夢にも影響を及ぼしているようだ。


「ううむ、それは……!」


 ヒゲの男が返答に困る。

 シンデレラがそっと、ガラスの靴から足を抜いた。


 確かに、物証はないものな。

 指紋でもとれればいいが……いや、意味ないか。今、シンデレラが履いたばかりだ。

 ガラスの靴に、彼女の足の指紋があるのは当然だ。


 ちょん。


 ん? ふいに、隣に立つタナカさんが僕の脇腹をつっついた。


「スズキくん。どうにかならない?」


「なに? なんで僕が」


「だって、このままだと……シンデレラがうまくいかないよ! そんなのヤだもん!」


 ……僕の作ったキャラながら、タナカさんは面倒くさい性格してるな。

 そんなこと言われても、と思うものの、これは僕の夢だ。


 なら、都合良くできているものだ。


「――へえ。あれは」


 なるほどな。僕はあることに気付く。

 ついでに着ていた白衣のポケットをまさぐっていた。


 やっぱり、都合がいい。

 白衣には僕が日頃から放り込んである、いくつかの実験道具がポケットに入っていた。

 こうなれば、科学の時間だ!


「ちょっと待ってくれ。わかるかもしれないぞ」


 僕は大胆にも前に出る。

 普段は絶対しないこと。夢だからな、なんでもできるさ。


 ざわつく人々に注目されても、平気だ。

 ヒゲの男が目をつり上げた。


「何者だね、君は!」


「僕は……ただの科学者さ」


「かが、なにぃ?」


「こっちじゃ、魔法使いみたいなものでーす!」


 タナカさんが一言そえた。

 その言葉でいっそう、人々がざわめく。


「魔法、とな?」


 ヒゲの男はぎょっとしたし、継母やシンデレラも驚いている。

 タナカさんはてへぺろと舌を出した。


 まあいいけど。確かに高度な科学は、魔法にも匹敵するし。

 この世界の文明レベルなら、確かに僕がこれからすることはまるで魔法だろう。


「まず、そのガラスの靴を見せてください」


「う、うむ……仕方あるまい」


 タナカさんのはったりが効いたのか、ヒゲの男は素直に許可した。

 僕はふかふかの赤いクッションに置かれた、片方しかないガラスの靴を確認する。


 ……ふ。やっぱりだ。


「血だ。血痕がついてますね」


「え? ああ、確かに!」


 言われるまでヒゲの男も気付かなかったようだ。

 ガラスの靴の後方に、かすかに乾いた血の跡があった。


「ガラス製だから履くときに、指でも切ったのでしょう。それが証拠にほら、シンデレラ嬢の指に……」


 はっ、としたのはシンデレラだ。

 その手には確かに、傷跡を隠すように軽く紙の巻かれた指が。

 薬を塗った、この時代の絆創膏といったところかな。


 やった、とタナカさんが握りこぶしだ。

 いや、この程度で科学うんぬんを言うつもりはない。


「おお、ではやはり彼女が……!」


「それはシンデレラが水仕事で切ったものでしてよ! そこについた血と、同じものかはわからないわ!」


 継母が騒ぎ立てる。

 後ろの娘たちも、うんうん頷いていた。


 それでこそ科学の出番だ。


「では、この乾いた血が……シンデレラ嬢のものである可能性を示せば、靴が履けたことと合わせて、彼女だと納得してもらいますね」


 僕は白衣のポケットにねじ込んでいた、小型の刃物を出してくる。

 小さくても鋭利な、実験用のメスだ。

 それと、必要なのは。


「ガラス製のコップとか、ある? きれいに洗浄してるヤツ」


「……それなら、シンデレラの洗ったものがあるわ」


 継母がいぶかしみながらも、娘たちに取りに行かせる。

 僕の前に持ってこられたのは、ワイングラスか。

 数は数個。十分だ。


「あとは――タナカさん! 君の血液型って、たぶんBだよね?」


「へ? うん、そうだけど……どうしてわかったの?」


 性格から、とかそんなんじゃない。血液型診断なんて非科学的だ。

 ただの勘。


 そもそもこれは夢だから、僕の思い通りだ。


「いや、僕がAだからさ」


「? ? ?」


「いいんだ。Bで助かる。で、ちょっと血もらえる?」


「ええっ? それって……あ!」


 さすがにタナカさんにもわかったようだ。


「そっか、必要なんだね。あたしのが!」


「そういうこと」


「シンデレラを助けるなら、いいよ! うー、でも、痛くしないでね……?」


「跡が残らないように、注意するよ」


 どうせ夢だけど。


「な、なにをしておるのだ?」


 ヒゲの男が息を呑む。

 取り囲む、その他大勢も同様だ。


 その前で僕は、まずタナカさんの指先をメスで、浅く刺した。


「はう」


 ぽたぽたと、血が落ちる。それをワイングラスのひとつで受けた。


「ありがと、量はこれくらいかな」


「うー、ちょっと痛かった!」


「ごめん。まあ僕も同じことするからさ」


 白衣から新たに取り出すのは、細いアルミ製のボトルだ。

 部室で生成した、蒸留水。科学部の先輩に勝手に使われることが多いから、持ち歩くクセをつけてた。

 ぱっと使うとき便利だし。

 喉が渇いたら飲めるし。味はないけど。


 そのきれいな水でメスをしっかり洗い流し、僕の番。

 指先を切って、別のワイングラスに少量の血を注いだ。


 うん、夢だけど確かに、少し痛いな。

 リアルな夢だ。


「さて、準備できた! まず説明をしよう。そっちが理解できるかどうかはともかくだ。人の血液は、大きく四種類に分かれる」


「……な、なんと?」


 ヒゲの男がうろたえる。

 他の連中も同じだ。


 当たり前か。童話の世界だし、ABO式血液型が初耳なのは。


 だけどわかるように解説するのも、科学者の務めだ。


「簡単に言うと、血はA、B、AB、Oの四タイプなんだ。もっと細かくわけられるけど、今から見せるのは、その四種類の判別法だ」


 ほら、と僕は血の入った二つのグラスをみんなに見せる。


「僕の血がA。で、そこにいる彼女の血がBだ」


「それが、どうしたというの?」


 継母がイライラしている。

 まあまあ。


「ここからが面白いところさ。同じタイプの血液なら、混ざり合っても変化はおきない。でも、AとBが一緒になれば?」


 グラスの中でまだ液体を保っている、僕とタナカさんの血液。

 それをそれぞれ、ちょっとずつ、別のグラスに注いでみる。


 するとすぐに――。


「ほら」


「あっ、すごい! もう固まっちゃった!!」


 タナカさんが声を上げる。

 おお、と見守る観衆からも驚嘆が。ふっふっふ。


「この現象を踏まえれば、ガラスの靴についた血痕のタイプも、四つのうちのどれかすぐにわかるのさ」


「――ま、待て! なぜだ?」


 ヒゲの男がついてこれない。

 いや、僕の説明不足か。うーん。


「実際に、やってみせるのが早い」


 僕はまたメスを洗い、それからガラスの靴を手に取った。

 こびりついていた血痕を、鋭利なメスで撫でるようにこそげ落とし、空のグラスに入れていく。


 そこにちょっぴりの蒸留水を注いで、しっかり混ぜれば……よし!


「おおお、血に戻った?」


 ヒゲの男が感心する。

 そうそう、ちゃんと見ていればわかる。


「さあ、どうなるか。まずは僕のAとの反応だ」


 また新しいグラスを使って、採取した血液サンプルと、A型の血を混ぜ合わせる。

 同じように、今度はタナカさんのB型ともサンプルを混ぜた。


 どれ?

 ほう。どちらとも固まらないぞ。


「なにも起きんじゃないか!」


 さすがにヒゲの男が怒鳴ったが、これでいい。


「スズキくん?」


「大丈夫、反応がないのは……血痕の血が、AでもBでもないからさ」


 ふむふむ、とタナカさんが頷く。

 本当にわかってる? まあいいけど。


「そしてAとB、両方の性質を持つAB型でもない。これは他の型とぶつからない、O型ってわけさ」


「あ、そっか! じゃあ……」


「あとはシンデレラ嬢。あなたの血液を採取させてください。その指の傷口からでもいいですよ」


 まあO型なんて、しょせん四パターンのひとつだから。本当はDNA鑑定くらいしないと、個人の特定は無理だけど。


 でもこうして科学の力を見せたことは、大きかった。


「そんなのデタラメだわ!」


 継母がわめくが……シンデレラは違った。

 こくり、とはっきり頷く。


「いえ、お母様。この靴は確かに、私が履いていたものなのです」


「シンデレラ! おまえ!」


 継母が青ざめるが、もう遅い。


「採取の必要はないみたいですね。というか、別の誰かだっていうなら判定しますよ。O型じゃないかどうか」


 僕はダメ押し。

 継母は、へなへなとくずおれた。


 後ろで姉たちも泣きそうな顔をしている。


 ははっ。これで決まりだ。


「えっへん! 見たか、科学の力を! ぶいっ!」


 タナカさんが偉そうだったけど、なんで君が?

 まあいいや。このくだらない童話も終幕といこう。


 ちょいと無駄な展開があったけれど、これで無事に王子さまと添い遂げて、シンデレラは幸せに――。


「あいわかった! では……王子殺害の容疑で、シンデレラを捕縛する! つれていけい!」


 ――は?


「うう……ごめんなさい。だって王子さまったらしつこかったんだもん。午前様はダメだって言ったのに、朝まで寝かさないとかなんとか……!」


 さめざめと涙を流すシンデレラが、衛兵たちに縄を打たれた。


 おい。

 なんだ、この展開。


「ど、どうなってるのーーー!?」


 タナカさんがびっくりしてた。


「王子さまが、殺害? えっ、殺されてたの? 王子さま!?」


「なんだ、あれだけ騒ぎになったのに知らなかったのか、お前たちは……。先日の舞踏会が終わった夜、城の階段から突き飛ばされたとおぼしき、王子のご遺体が発見されたのだ!」


 ヒゲの男がシンデレラを睨み付けた。


「犯人の手がかりは現場に残された、片方だけのガラスの靴のみ。しかし、やりましたぞ王子! ようやく犯人を捕まえることができました! この悪女め……死罪は免れぬからな、覚悟しておけい!」


「ええええええーーーーー!」


 タナカさんががっくりだ。

 うん。僕も、どうしていいかわからない。


 こんなのアリかよ?

 いや、間違いなくシンデレラがやったんだろうけど……。


「おまえたちのせいだッ!」


 怒るのは、ゆらりと立ち上がった継母だった。

 あれ?

 なんか、妙な迫力が。


「せっかく、うまくかくまっていたのに! おまえたちのせいでシンデレラが首をはねられてしまうのよ!!」


「ま、待って。僕たちが悪いんじゃなくて、そもそも王子を突き飛ばして殺したのは、結局シンデレラなわけで」


「許さないわああああああああーーーーーーー!」


 継母がいきなり奪い取ったのは、衛兵たちによって回収されようとしていた、あのガラスの靴だった。

 その鋭利なヒールを振り上げて、俺とタナカさんの方に飛びかかってきて――。


 避ける暇もなかった。

 ガラスの靴が砕け散り、僕の頭に衝撃。


 ついでにタナカさんもぶん殴られて、同じように倒れていく。


 あれ。これ、どこかで見たぞ。

 そうだ――図書館のときと、そっくりで……。



               §



「う、うーん……」


 頭が痛い。

 うう、最悪だ。


 ガラスの靴で思い切り殴られたから。

 では、ないよな?


 そうだ。僕は、図書館で本を取ろうとして、そのとき。


「重い本が落ちてきて……痛てて」


 倒れていた僕は起き上がる。

 だけど、あれ?


「冷たっ!?」


 なんで! 僕は目を開けて、びっくりした。

 寒いはずだ。

 手をついたはずみで触れたのは、なんと真っ白な雪。


「え、え?」


 ここはやっぱり、図書館じゃなかった。

 また外だ。


 石畳の、街の中。

 だけど西洋風ながら、さっきとは雰囲気がまるで違う。

 レンガでできた家屋はない。


 かわりにもっと背の高い、灰色の石造りの建物がせせこましく並んでいる。

 時代が変わった?

 そんな雰囲気だ。


 そして季節も変わっていた。

 道路の隅にたまるのは、溶け残りらしき汚れた雪。


 見上げた空はどんよりと曇った、冬の景色だ。


「おい、まさか……」


「う、うーん」


 すぐ側で同じように目を覚ましたのは、やっぱりタナカさんだった。


「って、シンデレラはっ!?」


「……どうやらそういう状況じゃないみたいだよ、タナカさん」


「へ? ここ、どこ!?」


「わからない」


 夢――のはずだけど。


「あの、マッチはいりませんか? マッチは……」


 嘘、だろ。

 俺はゆっくりと、声の聞こえた方を向く。


 灰色の冷たい通りの隅っこに、一人の少女が行き交う人たちに、必死に声をかけていた。

 その腕にさげるのは、たくさんのマッチ箱が入ったカゴだ。


 ああ、なんてこと。


「今度はマッチ売りの少女だよ、スズキくん!」


「見ればわかる」


 勘弁してくれ。

 いつになったらこの夢は、醒めるんだ?




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