第2話 眠り姫 Ver.2
この恋が、人生の最後になるなんてわからない。
でも、その気持ちでいるくらい、久しぶりの純粋な思いだった。
子供みたいな思い方もできず、いつもしてはいけないとわかってる行動をしてしまって。
失敗した思いと、嫌われやしないかという恐怖と戦いなら、彼のことを考える。
ねぇ、知らないでしょ。
実はね、初めてなんだよ。
好きになった人に自分からアピールするの。
自分に自信がない私は、嫌われることが怖くて、自分からなんて思えなかった。
でも、それでも君のそばに居たかった。
嫌われるまでは頑張ってみようって思ったんだ。
そのくらい、君に触れたくて、抱きしめたくて、キスしたいって思った。
君の体温を感じたかった。
「ねぇ、寒くない?」
隣で歩く君と会話する心地よさ。
もうすぐ、春の気配を感じてもいいころなのに、まだ外は冬の寒さに覆われている。
予報では、今日の夜は雪が降ってもおかしくないらしい。
朝、マフラーを忘れた私の行動が悔やまれる。
「大丈夫」
白い息を吐きながら、一緒に帰り道を歩く。
君と知り合ったのは、よく行く飲食店で飲んでる時だった。
仕事帰りにご飯を兼ねながら。
そこは、店員さんがというよりもお客さんが笑顔で迎えてくれる所で、仲良くなれば仲良くなるほど離れがたくなる場所。
そこで、出会った君。
社会人1年目の君は、まだ着こなしきれていないリクルートスーツが頼りなく、かわいらしく見えた。
「じゃあ、ここで」
ほんの短い距離。
酔って、他のお客さんとハグしたりできるのに。
女の子とキスしたりなんていくらでもできるのに。
君には酔っていても、迫れないみたいだ。
大人になって、いくつか恋愛も経験しているはず。
本当に好きな人には、恋に恋してるみたいな状態に戻ってしまう。
「気をつけて」
触れたい。
でも、触れられない。
引き留めたい。
引き留められない。
真実は、それ以上手をのばしてはいけないと告げている。
わかってる。
君は、私のものにならないと。
「おやすみなさい」
物語の王子様はお姫様たちは、何故相手に愛してる人がいると疑わなかったんだろう。
今の世の中は、見つめあうより先に「パートナーはいますか?」って、質問するのに。
絵本の中の世界は、そんなことしない。
見つけて、恋に落ちて、試練があって、キスしてハッピーエンドだ。
それより先は描かれないし、誰も必要以上に求めない。
そういうものだから。
「ただいま」
誰もいない部屋の玄関で、誰にとも言えず声を発する。
一人暮らしはこういう時に寂しいと思う。
思考を遮ってくれる会話をする相手もいない。
いま、この気持ちを切り替えないと、眠るまでずっと彼のことを考え続けなければならない。
むなしいくらい、楽しい妄想が起こらない。悲しい妄想。
それでも、何とくそのまま眠る気持ちになれなくて、私は夢物語を見ることにした。
さっき考えたような見つけて、恋に落ちて、試練が合って、キスしてハッピーエンド。
もう、恋に恋する歳でもないし。
駆け引きだって少しは経験してきて、大人になってるんだと思ってた。
だから、王子様に恋することも、キスで目覚めることもないだろうって予想は出来てた。
映画は残酷で、終わりがあって、またその瞬間に現実に引き戻されて悲しくなる。
「・・・ねよ」
布団に入って、瞼を閉じる。
しばらくして、寝入れなくてうだうだと寝返りを打つ。
とたんにまぶしい光が家の中を照らした。
「っ!?」
周りの様子をうかがっても、特に変化もない。
音もしない。
気のせいだろうか・・・?
自分がこんな被害者になるとも思わなかった。
寒くないのに震えが起きるなんて思わなった。
ただ、途方もなく正体のわからないものに、何をされるかもわからないという恐怖。
誰かにそばにいてほしいのに、誰もそばにいてくれない恐怖。
どうしたらいいのかも、わからない。
これ以上の事が起こるのか、起こらないのかもわからない。
助けて、助けて、助けて、助けて。
家から出るのも、外をのぞくのも怖くて。
でも家の中に居るのも怖くて。
どうしていいかもわからない。
そんな時間。こんな時間が、本来安心できる自分の家で起こるなんて思いもしなかった。
どうしていいのかもわからない。
こんなこと起こっていいはずもない。
なんで、どうしてが頭の中にわく。
どうして、どうして、どうして。
どうして!!!!
涙が出ない代わりに、震えが止まらない。
上手に呼吸すらできない。
息を吸えない、吐けない。
なんかの発作でも起こしてる気分だ。
恐怖が止まらない。
犯人はこれで満足なんだろうか。
こんなになる私を見たかったのだろうか。
とにかく、知り合いに電話を掛けまくった。
でも、時間が悪い。
盗撮された時間が早くても、そこから警察を呼んで、事情を話してたらもう夜中をかなり回っている。
余計は午前3時半を過ぎていて、もう誰も私を助けれくれない事がわかってた。
だけど、今のままじゃ怖くて眠れなくて。
暗くするとさっきの閃光のような光がフラッシュバックして、震えた。
私からすると、頼みの綱だった。
携帯を開いて、彼の名前を出す。
神様にお願いをしてから、発信ボタンを押した。
・・・神様なんていない。
こんな夜中に起きてる人なんてにいない。
世界に私だけしか居ないんじゃないかというような恐怖に似た。
取り残されてしまった夜中のチャットルームにも似たむなしさ。
仕方なくて、私は部屋の明かりをつけたままその日は眠ることにした。
次の日、彼からメールが来て、うちに泊まりに来てもらうことになった。
明後日からは、家族旅行。
しばらく、間が空けば一晩一緒に居て苦しいほどの彼への思いも得体の知れないものへの恐怖も少しは薄れると私は信じてた。
旅行から帰ってきて、おみやげを渡す事を理由に彼に会う機会があった。
家に招き、こたつに足を入れながら喋ってるうちにDVDを一緒に見ることになった。
そこからのなんとなく一緒に居る時間もふえた。
毎夜のように待ち合わせをして、お互いにみたいDVDを言って、借りて来て観る。
好きな人と一緒に居る幸せと、覗きへの恐怖は反比例した。
一緒に居る時間が増えれば増えるほど、キスをしたくなったし、ハグしたくなった。
だから私が勝手に彼に対してのルールを決めた。
それは、これ以上彼に手を出さないこと。
少し優しくしてくれたから、嫌な顔をしなかったからって、本来は恋人がいる人にしていい行為じゃない。
私は別に、恋人がいて二股かけられようと、私が浮気相手だろうと、彼女にばれて彼女が私に何かを行わない限り、私はその恋がうまくやれてしまっているのならかまわない。
でもそれは、その人もなにかしらで汚れている人間だから。
きたない人間がきたないことするのは、見ている側も何の抵抗もない。
だけれど、今回は違う。
綺麗そうな人に汚いことをしてしまって。
汚いことをさせてしまうのであれば、そこは確実に私が悪い。
綺麗で、先がありそうな人に、綺麗じゃないところを見せるのは、ひどく忍びなかった。
だから、私は、彼に触れないことに決めた。
触れない。
触ってはいけない。
手に、顔に、唇に。
触れてはいけない。
髪に、肌に、瞳に。
頑張るつもりだった。
いつも笑顔で一緒に居てくれるこの人の気持ちがわかるまで。
どうしたいのかはっきり聞こえるまで。
じゃあ、何で私はこの人に愛撫されてるんだろう。
共通の友人に借りたDVDを途中で止めてまで、何でこの人は私を組み敷いているんだろう。
さっきは眠いと言って、今は目がさえたと言ってる。
組み敷かれて、唇を吸われて、舌を絡めて、指で肌の輪郭をなぞられる。
私自身が否定する私が、ここにいるんだと。
ひねくれの私の存在を、肯定するように。
ほほをなぞり、首をなぞる。
身もだえすると君が嬉しそうに笑みを浮かべる。
腹部をなぞり、臀部をなでる。
ふわふわとした肌の感触を楽しむように。
「嫌だったら言って下さいね?」
いつも私が言ってた言葉を、彼の口から聞くことになるなんて思わなかった。
首元に腕を伸ばして、抱きつくような形で耳元に吐く。
「嫌なわけない・・・」
何がきっかけだったんだろう。
何がどうして、この歯車は狂ってしまったんだろう。
私がふざけてるように、私がからかってるように。
向こうが本気にしなければ、どこまでしていいのかもわからない子供のように。
私は、彼にけしかけ続けてしまったんだろうか。
もしかして、彼が私を突き放すための行為なんだろうか。
唇に振るキスを受けとめながら、頭の中で否定的な想像は膨らむ。
ここで、突き放せば、私が決めたことをつきとおせる。
でも、私の中の悪魔は、私からけしかけたことじゃないからと、このまま受け入れればいいとささやく。
いつもだったら、全力で天使を応援できる私が、今日は悪魔に飲み込まれてしまった。
「あ・・・っ」
ぬるりとしているのが自分でもわかる。
私から気持ちいと思えたセックスはどのくらい振りだろうと、揺さぶられながら思った。
最近は、相手に恋していないせいなのか、この行為に冷めて来てしまったせいなのか。
濡れて、恥ずかしい思いなんてしなかった。
自慰行為をしたあとに、物足りなくて今の状態からの挿入なら痛くないのになんて思ったこともあるくらいだった。
「愛してる」
耳元で囁く。
別に本気になんてしないから、ベッドの中で位嘘をついて欲しかった。
それ以上の言葉もいらなかった。
でも、悲しい答えしか返ってこない。
「ありがとう」
ただ、受け入れてくれてるだけ。
優しくて、悲しくて、むごい。
それは、体を繋げてもそれだけってこと。
続きはない。
2番目でもかまわないと思った。
彼が割り切れるのなら。
私は、いとしい人に抱かれて。
彼は、欲望を吐き出すだけ。
それだけの利用。
でも好きな人となら別にかまわないと思えるだけの、大人は私の中にいるらしい。
周りに「付き合ってるの?」と聞かれるたびに「片思いです」と本人の前で答え。
今日は、一緒に暮らしてるのかとまで聞かれた。
それくらい、私たちは皆の前でも一緒に居るのに。
それでも、心は一緒にはなれないみたいだ。
終わってから、冗談めかして私が
「あーあ。セフレに落ち着いちゃったかな」
なんて、悲しいことを言ってみるけれど、決して否定の言葉なんて返ってこない。
余計に言ってしまったことがむなしくなった。
次の日、私は熱を出した。
高熱と言うほどでもないけれど、体はだるくて、起きなければならない時間なのに、体を起こす気にはならなくて、眼をつぶって悩んでいた。
連絡を入れて休んでしまうか、それとも、ベットから抜け出してシャワーを浴びるのか。
食べてはだめと決めたものを食べてしまった罪悪感で食あたりでも起こしてしまったのか。
そうやっていろいろなことを考えながら、布団にくるまってると、唇に心地の良い感覚がした。
「そろそろ、起きる時間じゃないですか?」
コツンとおでことつけられて、目を覚ますように促される。
そっと目をあけると、優しく笑ってる彼の顔がそこにあった。
あぁ、私はまだ夢の中にいるようだ。
昨晩、愛してると伝えて、冗談にもならない冗談を言った私に、こんなに優しく愛する人のように触れてくれるはずもない。
キスで目覚めるお姫様のような朝を迎えるはずがない。
だから、これはきっと夢で。
覚めなければ、きっと彼は私に触れる一晩をくれる。
だから、私はまた瞳を閉じた。
二度と目覚めないように。
夢から抜け出さないように。
現実なんていらないから。
彼に触れられている時間の一秒一秒を噛みしめる必要なんてない世界へ。
「また、寝ちゃうんですか?」
目を閉じた私を見ておかしそうに笑う彼の唇に私はキスをした。
きっとこれは、夢の中から自分の意志では出れない契約。
彼が、私をたたき起こすその時まで、私からは破れない。私からは起きれない。
でもその分、甘く甘く、切ない苦みを含んだまろやかな夢にとろけていく。
これが人生最後の恋なんて思わない。
絵本の中の世界が本当にあるなんて思うほど子供じゃない。
でも、今あるこのまどろみと切なさと愛しさは、絵本の世界に居るみたいだ。
いつか、この夢が残酷なキスで覚める時まで、私は眠り続ける。
その時、目の前に広がる景色が誰とだろうと、どんな形であろうと貴方の幸せな顔があることを祈りながら。
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