午前三時の小さな冒険

いいの すけこ

夜明けまであと二時間

 夜が明けるまで、あと三時間くらいかな。

 いや、五月の日の出って、もっと早かったっけ?今が午前二時半だから、三時間後は五時半。真冬ならまだ真っ暗だけど、今夜は夏も近づく八十八夜。いや、日付越えたから八十八夜ではなくなったな。でも初夏。もう初夏。

 新学年が始まった実感すら皆無なのに。

 スマホで『日の出』を検索すれば、一発で出てきた時刻は、四時五十分。

 なんと五時を切るとな。

 じゃあ、あと二時間ちょい夜を耐え抜けば、朝が来るってわけか。

 ……なんて、孤独に膝を抱える少女漫画のヒロインでもあるまいし。

 私が眠れないのなんて、単に今日……もう昨日か、昼まで寝てたからってだけだもんね。学校もバイトも行ってないし、ろくに運動もしてないしで、眠くなるわけがない。すっかり昼夜逆転生活になってしまった。


 この平和な日本国で、ちょうど一年前に改元を迎えた新しい時代に。私の生きている間に、緊急事態宣言なんてものが出されるだなんて、思ってもみなかった。

 私だけじゃない、パパもママもこんな経験は初めてだって。お正月以来会えていない、じじとばばだって知らないだろうって言ってたな。そうだよね、戦争だって、じじばばの生まれる前の話だもん。

 ちょっと前までは、必要なお買い物くらいなら出かけられたけど、今はスーパー行くのも家から一人だけ。

 楽しみにしていたライブやイベントだって、全部中止か延期。じゃあ何を励みに学業とバイト頑張ればいいの!って思ったら、学校もバイトも全部お休みになってしまった。

 私の推し活返してくれ!っていうか、人類の平穏な生活返してくれ!

 

 ……うん。恋だとか友情だとか、学校にでも行かなきゃ悩みようもない問題は抱えてないけど、今のこの状況、十分孤独な夜を耐え忍んでるな。

 いっそこのまま完徹して、早朝から一日を始めてみようかな。

 いや、絶対寝落ちするな。万一朝を迎えたとしても、がっつり昼寝して結局おんなじことになる。

 夜更かしってのは、土日とか、夏休みとか、時折与えられる恩恵の中でやらかすから楽しいのであって、毎日になってしまったらもはや日常。しかも毎日夜更かしだと、さすがに不健康だということにとっくに気づいてしまっている。

 だけど健全な生活をしていたところで、息が詰まるのは変わらないもん。

「うう、外に行きたあああい」

 自粛、自粛。大事なことなのはわかっているけど、やっぱりつらい。

 気晴らしに散歩でもしてきたら?ってママは言うけど。犬を飼ってるわけでもなし、一人でぼーっと歩いて、何が楽しいっていうんだ。

 私の歩いて行ける範囲なんて、小さい頃から散々見慣れた場所しかないよ!


「そうだ」

 私はスマホの時計を確認した。

 もうすぐ午前三時。

「今、散歩に行ってみちゃうのは?」

 室内灯の白い光に照らされた自分の部屋。昼間と何も変わらないはずなのに、確かに深夜のひっそりとした気配に満ちている。

 私のよく見知ったこの町は、深夜はどんな景色なんだろう。

 自分の知らない夜の世界を垣間見れるとしたら。

 散歩というただ外をほっつき歩くだけの行為に、俄然興味がわいてきた。

 深夜なら人がいなくて、いわゆる『密』になる可能性もないだろうし。

「って、危ないわ」

 セルフツッコミが、静かな部屋に虚しく響いた。

 高校生が出歩いていい時間じゃない。いや、大人ですらこんなド深夜に出歩くべきではない。

 まして私は女の子なのだし。

 前に読んだ小説を思い出す。深夜まで家を空けがちな親を持ったカップルがいて、彼氏が彼女に言うのだ。

 女は夜出歩けなくて、つまんないよな。って。

「男子はいいよね、女子ほど危なくなくて」

 物騒な世の中、危険な目にあうのに男も女もないのかもしれないけれど。

 それでも女はより一層、警戒レベルを引き上げるべきだろう。

 常識的な判断をして、諦めてベッドにもぐりこもうとした時。

「……あ!」

 布団をはいで、ベッドから起き上がった。

 私は案外、眠くなっているのかもしれないな。だって、まともなことを考えついたとは思えない。

 だけど深夜、人はハイになるっていうから。

 

 そっと部屋を出て、隣の部屋に向かう。

 真っ暗な部屋の電気をつけると、明るい色でまとめられた私の部屋とは対照的な室内の様子が浮かび上がった。

 グレーのカバーがかかったベッドに、飾り気のないメタルラック。ちょっと前まで、いつ見ても足の踏み場もなかったこの部屋も、今は最低限片付いている。少なくとも、足の踏み場はある。ラックに並んだ雑誌とかCDとか、学習机の上に散らばった文房具とかは乱雑なままだけど。

 入り口のすぐ横にあるクローゼットを、音をたてないようにそっと開ける。静かに作業するのは、パパとママを起こしちゃいけないからというのもあるけど、それ以上にちょっとした後ろめたさがあるから。

 だってこの部屋は、私の部屋じゃないもんね。

 なんだかエロ本でも探してるみたいだなあ。いや、部屋からエロ本が見つかるのなんて、漫画とかフィクションだけの話なんだっけ?ネットで見られるって言うもんね。いや、私は見てないけど。そして今もエログッズを探してるわけではないけれど。ないけど!

 くだらないことを考えながら、クローゼット内の衣装ケースを引き出す。

「あった!」 


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