4話 宿命からは逃れられない。
あれから1週間が経った。ここ最近は小雨が降る日が多かったが、今日は爽やかに晴れている。
「ミカエラ!背中に乗って!車椅子がある一階まで運ぶから」
ソフィーは、ベッドと同じくらいまで屈みながらそう言う。
「ソフィー大丈夫か?背負えるか?」
横にいたアンドリューは、腕を組みながら言う。
「女性だからって舐めないでくださいね!アンドリューさんも背負えますから!」
「舐めては無いが……まあ、背負えるなら、それでいいが、くれぐれも階段とか気をつけろよ。これ以上、怪我人が増えると困るから」
そんな二人の会話を聞きながら恐る恐る、ソフィーの背の上に乗ると、ソフィーは軽々と立ち上がる。
「大丈夫?何か違和感とない?」
と、ソフィーはミカエラの方を見る。
ミカエラは頷くと、ソフィーはまるで何事も無いように、散歩するようなスピードで歩き出す。
「本当は車椅子を持ってこようと思ったんだけど、ここ二階でしょ……流石に無理だったから、恥ずかしいと思うけど許して」
「というか、もう少し車椅子とかそういうの軽くならないの?これから色々と使う人が、増えそうなのに……」
ソフィーは不満そうそう呟いた。階段を降りると、そこには木と藤で出来た車椅子があった。ソフィーはその前に膝を着くと、少し後ろに下がりミカエラを座らせた。
「ん……じゃあ、俺はもう行くから、お前ら適当にブラブラでもしておけ」
アンドリューは腕を組みながら、素っ気ないような素振りでそう言うと、さっさと去っていった。
「ちょっと!一緒に行くんじゃなかったんですか!アンさん!というか、なんのために来た!」
ソフィーは小さめな声で叫びながら言うが、アンドリューは振り向かずに、手を振るだけだ。
「全くアンさんたら……あ、ミカエラ!ケープ渡すの忘れてたね」
ソフィーはそういうと、カバンの中から、茶色いケープを渡す。
ミカエラはそれを片手で着て、フードを深く被ると、ソフィーは「レッツゴー」と嬉しそうに言い、車椅子を動かした。
基地の外に出て、しばらく歩くと市街地に出た。
市街地はカラフルな木組みで出来たドールハウスのような可愛らしい家や、じっとり濡れた石畳、繊細な彫刻が施された建物、空まで届きそうなほど高い時計塔が目に入る。
近くには大河が流れており、時折小型の漁船がアヒルのように走ってる。
初めてこの街に来た人はこの光景を繊細でおとぎ話のような街と呼ぶ。
そこから少し路地に入ると、白レンガの小さな建物がある。そこには『
「この骸骨ってどれくらいあるんだろう」
と、ソフィーはそう言いながら奥の方へ進む。ソフィーの足音と、タイヤとコンクリートが擦れる音だけが静かに響く。
数分程歩くと、行き止まりになっており、目の前に長方形の大理石のモニュメントがある。石には『貴方の勇気は不滅。散華した名も無き兵士達ここに眠る』と彫ってあり、その下の地面には沢山の花束や供物が供えてある。
「後輩くんって遺体発見された時に、名前がわかってるなら無名戦士にならないんじゃない?」
ソフィーは、石碑を撫でながら言う。
『レオンハルトは、家族も居なくて、尚且つ親戚にも引取りを拒否されたから、ここに入ることになったみたい』
「彼は、独りぼっちなんだね……同じだ……」
ソフィーがそう返すと、ミカエラは目を伏せて、頷いた。
ふと、視界の端っこに自分より少し小さい人影が見えた。
ミカエラは、そちらの方を向く。
艶がある薄柳色の髪を後ろに一つで縛り、白いワイシャツに、薄茶色のベストを着た、色白の少年があどけない笑顔で笑っている。
「1人はさみしいよね……」
少年の声は、ソフィーには聞こえないようで、声が聞こえても、振り返りもせず石碑に刻んである言葉を見ている。
少年は、そんなソフィーの姿を優しげな眼差しで見てから、相変わってミカエラの方を無表情でじっと見ると、声変わり前の少年らしい、少し高い声でこう言う。
「ねえ、兄さん。親しい人が亡くなったのは悲しいけど、忘れろとは言わないから、死人にいつまでも執着しちゃあいけないよ」
――分かってるよルカ――
ミカエラは、ルカと呼ぶ少年の方を向きながら、心の中で呟く。
彼はミカエラより1つ下の弟で、数年前に戦争によって目の前で命を落とした。
「でも、何度も死んだ後輩達や敵への懺悔の言葉を吐いてるじゃん」
『上にいる責任があるし、守れなかったから。それに戦争とはいえ、多くの人を殺したからね。悪いことをしたら謝らないと』
「本当そういうところ……分かるけどさぁ……無駄な共感や後悔ばかりしないでね。それじゃあ、生きて考えるだけの
兄さんは、今を生きているのだから……過去に囚われすぎちゃ駄目だよ。自分の人生を無駄にしないで!
なんの為に生きてるの?目の前の人を幸せに出来るのは生きている今のうちなんだよ」
それから、ルカはソフィーの方を見ながら、少し悲しげに目を伏せながらこう言った。
「姉さんも……ボクが死んだのを、責めないでね……姉さんのせいじゃないから。ただ、運が悪かった。それだけなんだ
……なーんて、こう言っても聞こえないけどさ」
ルカがそう言い終わった直後、もうそこには少年の姿は、跡形も無かった。
ただ、入口から風が吹きつける音だけが、洞窟内へ不気味に木霊するのだった。
それはまるで、無念を叫ぶ死者の声のように聞こえた。
最近はリゾットやパン粥くらいなら食べれるくらいに回復してきた。ヴァルトからは早すぎると驚かれた。
「お腹すいてない?もし良かったらお昼にしない?」
ミカエラは少し考えてから、持っていたスケッチブックに『それより先に教会に行きたい』と、書いた紙を見せた。
「分かった……でも、やっぱりお腹がすいたからテイクアウトでなにか買わせて……そうじゃないと、私うさぎみたいに自分のケツ穴から出たやつ食べる気がするよ」
『分かったけど例えが汚いし、うさぎが食糞する理由は飢えてるからじゃない』
カタコンベのすぐ近くのパン屋に寄り、店から出てきた瞬間ソフィーは、買ったパンを口いっぱいに詰め込んだ。おかげで頬袋に餌を詰め込みすぎたハムスターみたいな見た目になってる。
『先に食べてね。食べながら歩くの行儀悪いから』
数分後、食べ終わったらしく、ソフィーと共に街の中央にある大聖堂に向かう。
白亜の城のような大聖堂の内部は、外見より広く感じる。正面真ん中には、6大弟子のステンドグラスが輝いている。
そして、その下にはキモノに似た服を着た少女の石像が置かれている。
少女は、国民の約9割が信仰してる、コラン教の開祖であり、国民からは聖女コランと呼ばれていいる。
聖女コランは神託を聞くことができ、それを真理に則って正しく解釈して、民衆に分かりやすく伝えたという。
祭壇の前にやってくると、ミカエラは像に向かって目を瞑り静かに手を合わせる。そして、無事に戦場から帰ってこれたことに対しての感謝と、戦死した両軍の鎮魂を祈った。
「ミカエラ、戦場から帰ってくる度に教会に行ってるよね」
チラッと薄目で横を見ると、ソフィーはそう言いながら、目を開いて手を合わせてる。
『大切なことだからね』
礼拝が終わった頃、少し人が多くなってきた。そういえば今日は守護神の縁日でそれ由来の法要があったな……と、思いながらミカエラは再び祭壇を見る。
本来ならば、参加したかったが、この身なりで、しかも体力もまだ無いので、次回にすることにして帰ろうとすると、入口で占星術をしてる男性に声をかけられた。
「やあやあ、そこの二人組さん。今日はミワヨ様の縁日だから、占いが特別に
「え!50%以上|割引じゃん!本当にその値段でいいの?」
ソフィーは、嬉しそうに前のめりになりながらそう言った。
『
この文言が聖書の1番最初のページに書かれていることから分かるように、星という存在はそれほど重要視されてる。
聖書には、経典を裏打ちした方法によって出された星は、その人の運命を映し出すと書かれており、多くの国民はこれを神からより人生を楽しく過ごす為のお告げだと信じている。
「生年月日をお願いします」
「私が1867年6月1日。彼が1868年3月25日生まれです」
ソフィーが代わりにそう言うと、男性はそれを紙に書き、経典を捲る。
「えっとお嬢さんは……太陽は落ち、月は欠けて、風が吹けば暗雲が覆い包む……
お嬢さんの人生波乱だね。まあ、余計なことしなければ、少しは良くなると思うよ。あと、表現力や演技力の星があるから、ピアニストか女優になるといいよ」
「神の力で人生とかやり直し出来ませんか?」
ソフィーは手を見つめながらそう言うと、占い師は「出来ないねぇ」と、のんびりとした口調で言った。
「で、そこのお坊ちゃんはねぇ……」
占い師がそう言ったところで、しばらく考え込むような仕草を見せる。それからしばらくして
「月は白く輝き、星は巡る。苦しみの
占い師は、先程とは違い、目を大きく見開き、低くハッキリとした声で言う。そしてしばらく俯いた後、不思議そうに「あれ?なにいっていたんだっけ?」と笑いながら言った。
帰り道、ソフィーは占いの結果を不思議そうな声で何度も繰り返し呟いていた。
「余計なことって何よ。軍をぶっ壊す!とか?敵国の王をぶっ殺すとか?あ!ゴシップ新聞社破壊!!!」
『それは分からないけど、どれも実行はしない方がいいね。無駄死にするだけだがら』
ミカエラがそう書いた紙を見せると、ソフィーは少し悲しげに笑った。
「ところであそこにアンドリューさんがいるんだけど……なんで墓場に……しかも、大量の向日葵の花を持ってるの?」
少し遠くを見ると、両手で抱えきれないほどの向日葵の花を抱え、墓の前に悲しげに立ちすくんでるアンドリューの姿があった。顔は帽子で隠れており、よく見えない。
『故人が好きだったとか。ただ、私達には関係ない話だよ』
「そうだね。人の秘密や過去は詮索するのは良くないね。私もそういうの嫌いだし」
もう一度だけ、アンドリューを見つめると、2人はその場から静かに立ち去った。
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