7話 道化の花 (後編)


 夜は深まりパーティの参加者の数が徐々に少なくなっていく。


ヴィーゲンリートは、ケーキや飲み物を美味しそうに食べるフリをしながら、耳にはめてあるインカムから連絡が来るのを待っていた。


 愛人に扮したガブリエラとハッサーバード別れて2時間ほど経った。

普段なら、1時間半程で連絡が来るのに……もしかして愛人がニセモノだってバレたか……?とルキーナは思いつつ、落ち着いた顔で7杯目のカフェオレをすすろうとした時だった。


インカムから、ガブリエラの声が聞こえた。


寝る殺す準備が整ったわ!」


 ルキーナは口角を上げてから、カップを置いた。


 そしてルキーナとエマは周りの人に「夜もふけたので帰る」と言うと、エマの魔法でその場にいる全員にルキーナと、エマという存在の記憶を消した。


 エマとルキーナは事前に調べてあった寝室へと向かうと、金髪直毛ヘアーに変身したガブリエラが服を着ようとしていた。


ハッサーバードは、ルキーナ達のことに気づいていないらしく、だらしない姿で寝転がっている。



「なあなあ、もっと抱いてよぉ……その美しい顔……白く華奢な身体をもっとよく見せてくれ」


 ハッサーバードは飢えた目で餌が欲しい猫のようにガブリエラにお願いをしていた。



「今日はおしまいですわ!旦那様。また明日共に肌と肌を擦り合わせて戯れましょう」


 麦の束のようなブロンドヘアーをいじくってから、青空を硝子玉に閉じ込めたような瞳でハッサーバードを見つめ瞬きをすると、はんなりと笑った。


 その瞬間、ヴィーゲンリートは銃を手にして、ハッサーバードに気づかれないように向ける。


その時ハッサーバードが布団からザバンと起き上がる。


もしかして、自分たちの存在に気づかれたか?と思いながらもルキーナは震える指を引き金に絡めて引く。


 そして1発の銃声が鳴る。


 銃は、綺麗なカーブをえがきながら、ハッサーバードの胸に当たり、あたり一面小さな紅い花が咲く。


 部屋の中へ入ると、ハッサーバードは光が無い深海のような目でこちらを見つめ、荒い息をしている。

どうやらまだ生きているようだ。ヴィーゲンリートは、失敗したと思いながら、再度弾を込め、ハッサーバードのこめかみに銃を向ける。


「こんばんはハッサーバード様。サヨウナラ亡者の国に落ちてくださいませ」


「そのこぇ……は……お……まえらぁは…………だれだぁ……」


「名乗るだけ無駄です。だって貴方はこれから死ぬのですから」


「ただ……ああ、最後に1つだけよろしいでしょうか?」


 ヴィーゲンリートは歯を見せ、獣のような笑顔になるとこう言った。


「シロツメクサの花言葉って知っていますか? 」


 その言葉と共に引き金を引いた。こめかみに弾が貫通し、辺りに、ヴィーゲンリートの白いドレスと花かんむりが真紅色に染まる。


「シロツメクサの花言葉は『復讐』。貴方はレヴァン帝国から、私から『復讐』されたのですよ」


 ハッサーバードは、報復と見せしめの為にある事件に関わった。


その事件によって多くの人が悲惨な方法で命を奪われ、ルキーナにとって大切な人も命を落とし、戦争の長期化は免れない状況となった。


「……ルキーナ。あなた相変わらず怖いわ」


 ガブリエラがと少しの恐怖と軽蔑が混じったような瞳で、ヴィーゲンリートを見つめるてる。


そんなの自分が1番分かってる。

怖いことくらい。復讐なんて良くないことくらい。


でも、それを復讐心はそれを上回る。


この気持ちは止められない。


「……行きましょう。もうそろそろ屋敷の者が……従者が来ます。早くしないと捕まってしまいます……」


 ヴィーゲンリートは顔についた血を拭いながら、そう言うと冷たい目でハッサーバードだった物を見た。


それからハッサーバーを抱き上げ、ベッドに載せると布団をそっとかけた。


 そして、最後の去り際にエマがハッサーバードの亡骸に病死に見える認識の魔法をかけた。


もしかして後になってバレるだろうが、多少の時間稼ぎにはなるだろう。





 屋敷を去り、近くの裏路地に入る。

路地は暗く、ジメジメとしていてカビのなんとも言えない臭いが鼻をくすぐる。


「今回もご協力ありがとうございます。今回のお代です」


 ヴィーゲンリートは、いつも持ってるトランクから封筒を取り出す。渡した封筒は親指ほどの厚さがある。


「いえ、無事に任務が遂行出来て良かったですー!」


 エマは封筒をしまうと、「これで治療費と家賃が払えます……」呟いた。


 アルキュミアは保険がない。

全て実費負担だ。だから、病気をしたらとんでもない金額を請求されるのだ。

エマが自分の危機を犯してでも敵国レヴァンに協力するのはそれが理由だった。


「お母様治るといいわね」


 ガブリエラはニッコリと笑う、ヴィーゲンリートも同じようにふんわりと笑った。


「はい!絶対母は治ります!ありがとうございますー」


 エマは嬉しそうにピョンピョンと跳ねた。


「エマ、そのままお金落とさないようにね……」


「ルキーナさん!そんなことしませんよー!落としたら努力が水の泡じゃないですかー」


 エマとガブリエラとヴィーゲンリートはお互いを見つめると、ゲラゲラと笑い合った。




 次の日、ルキーナの姿はアルキュミア駅にあった。

昨日とは違う白いワンピースドレスに、黒のレースの手袋。

セーラ柄の水色のポンチョに白いタイツ、薄茶色のブーツ。


すれ違う数名が「可愛い」と呟く声が聞こえたが、ルキーナにとって、そんなことはどうでも良かった。


ただ、不安そうな表情で早朝の微かに残る星空と月を見つめた。


「待ったかしら?申し訳ないわ」


 肩を叩かれ、振り向くとガブリエラが立っていた。胸を強調した赤と白のドレスに黒のブーツ。ヴィーゲンリートは「相変わらず派手ですよね」と呟いた。すると、ガブリエラは「私は、これしかないから……」と言った。


「……やっと帰れますね。早く帰りたいので特急を予約しました」


 ルキーナは、半分光が無い目でそう言うと、ガブリエラに切符を渡した。


「あら、ルキーナにしては珍しいじゃないの……いつもは鈍行で帰るとか言っているのに……」


「まあ、いいわ。私も丁度特急で帰ろうと思っていたし。あーあ……疲れたわ」


 ガブリエラは少し乱雑に切符を受け取ると、お財布にしまった。


 列車に乗ると、レヴァン人とアルキュミア人が半々ほどいた。


それらの人々は皆少し疲れているような表情を浮かべいた。


 ガブリエラとヴィーゲンリートは切符に指定された席に座ると、ガブリエラは朝食代わりのサンドイッチを食べ始めた。


たふぇる?食べる?


 ガブリエラはもしゃもしゃ食べながら、もう1つのサンドイッチを差し出す。


「いや、食欲ないんで……」


 ルキーナは遠慮したような表情で首を振ると、ガブリエラは驚いたような表情を浮かべた。


「ええ、ルキーナいつもなら、なんでも食べるのに……本当に今日どうしたの?」


「…………」


 事情を言うべきかそれとも後に引き伸ばすか迷う。


隠すべきことでは無いが、任務が遂行直後で疲れているガブリエラには無駄な心配や負担をかけたくなかった。


「ちょっと……疲れただけです。戻ったらゆっくり休みますね」


 ルキーナは偽りの言葉を吐くと、ニッコリと笑った。


「じゃあ次の乗り換えまで休んでいなよ……」


「そうします」


 そう言うと、ルキーナは目を瞑った。

人前では寝れない体質なので、寝ることは出来ないが気休め程度にはなるだろう。


 6時間ほど列車に揺られていただろうか?

 アルキュミア側と国境の街である『アルカナ』に着くというアナウンスが聞こえた。


「ルキーナ!乗り換えと着替えするから、準備しておいて!」


 ルキーナは目を開くと、頭上の荷物を降ろした。

窓の外にはレヴァン風の住宅がポツポツと見え、遠くには故郷のノイモートン山が見え、見慣れた景色に少しだけ安堵を覚えた。



駅構内のトイレで鏡を見る。

そこには変装姿を解いた、ルキーナの素顔が写っている。


水色のセミロングヘアーに檸檬色の瞳。黒のレース手袋に水色のポンチョとドレス風キュロットに白いエプロンにココア色の皮のブーツ。やっと本来の自分に戻れたという喜びが全身を駆け巡る。


「何自分の顔を見つめてるの?


 ガブリエラの声が後ろでした。


姉さん!!!着替えるの早くないですか!!というか後ろから急に声かけないでください!めっちゃビックリます!」


 ルキーナことソフィーは、一瞬ビクンとした後凄い速度で後ろを振り向いた。

突然、後ろから声をかけられるのは、職業柄心臓に悪い。


「あら、あたしはほら、顔はマスクじゃないからさ、服を着替えるだけでいいのよ」


「知ってますけど、早すぎませんか?」


「……あたし早く着替えるのは得意なのよ」


 マリアは懐中時計を見てから、ソフィーを見つめながら言う。


「グダグダ話している場合じゃないわ。乗り換えの列車がもうすぐで出発する。行くわよ」


 ソフィーは頷き、ニッコリと笑うとマリアと共にホームの方へ歩いて行った。




 汽車に乗ると、老若男女問わず様々な人種がいる。ソフィー達は指定席された席に座った。


 前回のように2人だけという訳にはいかず、2人の隣には泣きじゃくっている幼い少女と赤子を抱いた上品なレヴァン人の女性が座っていた。


「こんにちはお隣よろしくお願いします」


「ええ、短い間ですが、よろしくお願いします。……すみませんこの子がうるさくて……シャルロッテ!少し静かにしていなさい!」



「いえいえ、泣く子は元気な子ですわ!……赤ちゃん可愛らしいですわね!」


 赤子の澄んだ青色の瞳にはニコニコと笑うマリアが映り込んでいる。


「オリヴァって言うんです。空襲の日に生まれたのでオリーブの花言葉の平和って意味を込めて……せめてこの子達が物心着く前には……」


 夫人は小声で言った後、愛おしそうに赤子を見る。


マリアもソフィーも名前に込められた願いと赤子の可愛いらしさに頬を弛めた。


「おふたりさんはアルキュミアからレヴァンに帰る途中ですか?」


「はい、そうですね……」


 ソフィーは女性を見る。大きな鞄を沢山持っていて、幼い少女は少し悲しそうに窓を見つめ「ぱぱ……」と呟いた。


「そうですか……私と同じですね……私も故郷に帰る途中なんです。すみません突然不躾なことを聞いてしまい、申し訳ないです」


 子を持つ手が少し震えていた。女性はそれから少し俯いた。



 列車はいつの間にか中央山脈を越え、汽車は帝都ロストへと近づき、景色も山から街へと変わっていた。


先程の女性はしばらくしてドンナーという酒場街で降り為、また2人だけになった。



「なんかソフィー元気になったわね」


 マリアは頬杖をついて窓の景色を見ながら言った。


「だから言ったじゃないですか。疲れただけだと。」


 ソフィーは笑いながら、紅茶の菓子を食べようとしたら、誤って落としかけてしまった。


「あああああお菓子が逃亡した!!!逃げるな!!!!」


ソフィーは目を大きく見開き、乗客に迷惑にならない程度に叫んだ。


 本当は全て嘘だ。

元気になったわけじゃない、それに別に疲れていたわけじゃない。

駅のトイレで自分の不安げな表情を見たとき、このままではないけないと思い、道化を演じてるだけ。

いや、今だけでは無い。

いつも煮えたぎっている復讐心、不安、悲しみ、憎しみ、そしてスパイであることを隠すために、ソフィーは道化師を演じている。



 ソフィーが手にしたあの手紙の意味は、ソフィーがアルキュミアにいる時に、もしミカエラに何か生命の危機があった時、ソフィーにだけ伝わるように、ミカエラがアンドリューに託した文だ。


 マリアはそんなソフィーの思いを知らずに喋り続ける。


「ソフィーったら!だらしないわ!」


「これは!!!これは!!!逃亡しようとしたお菓子が悪いんです!」


「ハイハイ、お菓子のせいにしないの!」


 マリアは呆れたような表情を浮かべた。


「話は変わるけど、ソフィー。アンタなんで苗字がの1つであるヴィーゲンリートって名乗ってるの?」


 レヴァンは神秘の国だからか、オカルト的な出来事がとても多い。

そしてその中で、人の強過ぎる想いを背負った物品……所謂呪物を管理、保管するのが御三家の1つであるヴィーゲンリート家だ。


御三家と表現されてるせいで、貴族のような特別な家だと思われているが、呪物管理をしている以外は普通の家とは対して変わらない。


ただ、こんな話だけは広まってる。

万能の叶える子が100年に1度生まれると。


「マリア姉さんそういうの好きなんですか?」


「失礼な!私も生粋なレヴァン人よ!レヴァン人ならみんな好きでしょ!というか……質問に答えて!」


 ソフィーは目を静かに瞑る。


 ーー僕はね偉大なる魔法使いソーサラーになるんだ。そして多くの人を笑顔に出来る魔法使いになるんだ!


 将来の夢を聞いた時、そう言って太陽のように笑った親友の顔が思い浮かんだ。

散々周囲に振り回され、神のように扱われ、それでも、最期まで人を愛した親友。



「……ヴィーゲンリート家の男の子が初恋の相手なんです。金木犀のような、瞬きのように短い恋だったけど……」


「……振られちゃったけどね」


 すると、マリアは満面の笑みで勢いよく立ち上がった。


「恋?!恋?!いいわね!人様の恋バナ聞くのあたし好きだわ!」


「恋ってお酒のツマミになるんだよね〜。っていうことで話してちょうだい!お酒ないけどね!」


「嫌です!恋の思い出はとっておきたいタイプなんでー!!!」


 ソフィーは満面の笑顔で断る。

マリアはソフィーを肩を掴み「ちょうだいー」と言いながら揺さぶる。


「恋と言えばソフィー。レア少佐とはどういう関係なのかしら?」


 存分にソフィーを揺さぶったマリアは諦めて席に着き、ソフィーの瞳を見つめニッと歯を見せて笑った。

ソフィーはミカエラと聞き、一瞬表情を崩しかけるが、それを隠すように目を細めて歯を見せた。


「姉さん何万回も言ってるじゃないですか!ただの同居人ですよ」


「嘘だっ!ソフィーの顔に嘘って書いてあるわ!あれは付き合ってる……」


「付き合ってませんーー!!!」


「というか、付き合っていたらどうするの?」


「いちゃついているのを見ながら、酒をちびりちびり飲むわ。いい?人の恋や愛ほど酒のつまみになるものはこの世にないんだよ!」


「私達は見世物ですか?!ねえ、姉さん酷い!姉さん酷いです!」


 そんな雑談をしているうち、レヴァン帝国の帝都であるロストに着いた。


マリアはこれからやることがあるらしく、ホームで別れた。

さて、どうやって基地まで行こうか……と思っていたところ、そこへ深緑の軍服姿の青年が現れた。


「ソフィー=ミネルヴァ殿ですね?アンドリュー中佐から伝言の手紙を預かりました!」


 敬礼してから、差し出された1枚の紙には『帝都病院の2階待合室にて3時半頃待っている』と書かれていた。


「ありがとうございます。少尉殿!」


 少尉は甲高い声で「いえ、上からの命令ですから」と言うと去っていった。


 ソフィーはその姿を見送ると、基地の方向かう馬車へと乗った。


そして軍病院の前で、能力を展開させると、アンドリューが珍しく不安そうな顔で壁を見ていた。


それをソフィーは窓縁に手をかけて、ニンマリと笑った。

きっとこれをやればまた怒られるだろう。

だけど、周りにいる人のそんな顔を見たくないからソフィーは今日もまた道化を演じるだろう。






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