九十五 外法

 外法遣いに弟子入りした者があった。

 子供のころから不義の子と蔑まれてずいぶん酷い目にあっていた男で、蔑んだ奴らにいつか意趣返しをしよう、世の中を見返してやろう、とひたすら念じていたときに、近くの寺の客僧が見せた外法の虜になった。

 ただ、客僧はその男を弟子とも何とも思っていなかった。だから、男は毎日勝手についていって外法遣いの業を見よう見まねで試すばかりであった。

 木の葉を蛙に変じる子供騙しのような術から、果ては月に縄梯子をかけて上って稲妻とともに切断された己の五体を地に落とすという荒技まで真似てみた。

 客僧の業をいろいろ試しているうちに、外法とはその場にいる者の目を眩ませて誰ぞの命を奪う業であり、また己の身を危地から逃がす術であると男は覚った。

 衆人の前で種を蒔いて生長させた菊の大輪の茎を切るのは誰かの首を斬り落とすためであり、掛け軸に描かれた墨絵の中に入り込むのは逃げるためである。

 十年、弟子としてその客僧の外法を盗んで、もうこれで昔年の怨みを晴らすことができようと思ったときに、

「お前に外法の才はない」

 と男は外法遣いに言われた。

「人に知られた外法では敗られる。敗られれば命を落とす。才ある者は、常に人の知らぬ術を考え編みだす」

 男が外法遣いに教わったのは、たったこれだけだったが、意趣返しには盗み取った外法だけで十分だったし、世の中を見返すこともこれらの業で十分にできた……

 私は、この男がまだ子供だったころに巡り会い、その意趣返しを傍で見て、そして止むなく闘って、最後に追い詰めた。まさに、掛け軸の墨絵の中に消え入る術を用いたときであった。

 無念の表情を見せた男に、

「我らは人の言うところの外道なり。外法は効かぬ。ましてや才の有無など埒外である」

 私がそう言ってやったら、男は薄く笑って瞑目した。

 

 

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