九十三 邪鬼

 私は多聞天に踏みつけられておりました。

 その多聞天は、何とかと言う武将が奪い取った城に据えるために、当代一と謳われた仏師に命じて彫らせたものでした。その足下に私が封じ込められましたのは、それまで私に気づかぬふりをしていた仏師が入魂の儀の最中に、不意に鑿で私の胸を突きましたからで、まさに不覚と言うしかありませんでした。

 その多聞天が戦火に焼かれて城とともに灰燼に帰してしまいましたときに、ようやく私はそこから逃れることができました。

 と言って、それまで多聞天に踏みつけられていた私が、焼き崩れる多聞天から解き放たれてすぐに何かできるということはありません。却って途方に暮れるばかりで仕方ありませんから、とにかく城を焼かれた武将についていきました。

 野放図に見えて頭のいいその武将は再起を図って、今度は自ら城を築いてそこに新たな多聞天を据えようとしました。

 そのときも、武将は同じ仏師に命じましたが、武運拙くその武将の命運は尽きてしまいました。

 私はしばらく仏師の傍におりました。仏師も気づいて私の隙を伺っていたようでしたが、同じ失敗は繰り返しません。

 命じた武将は亡くなっても、仏師は私の見ている前で見事な多聞天を彫り上げました。それはやはり憤怒の形相で邪鬼を踏みつけておりました。けれども、私に代わる何者かがそれに封じ込められたということはありませんでした。

 命じた武将が亡くなって、さてこの多聞天が無駄になったかと言うとさにあらず。仏師は他に持国、増長、広目の三体を造り上げると四天王として別の寺に売りつけました。ただ、その寺も落雷を受けて焼失し、四天王もそれに踏みつけられる邪鬼どもも、みんな木のまま焼けてしまいました。

 それから、他に私と同様のモノがいないか、気になる四天王や仁王にときどき火をつけて確かめていますが、まだ、見つかりません。

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