九十一 叩き役

 私は、長く叩き役をしておりました。百叩き、五十叩きの刑を言いわたされた罪人を叩く役です。

 叩いておりますと、時として妖しいモノが出てきます。多くはそのものの性根に取り憑いている欲とか怠け心とか嫉妬とか怨みとか、そういったモノで、たいていはどす黒く粘っこい泥のようになって血反吐とともに口から出てきます。中には鼻や耳からこれが漏れ出ることもありますが、尋常な方に見えるモノではありません。

 ただ、叩き終わったらなるべく早く残らず拭って鉄瓶に溜めた水に沈めませんと、また罪人の体の中に戻って不心得を起こします。

 お役目にはそんなことは含まれておりませんが、この鉄瓶を持ち帰って火にかけ水が飛んだあとの残滓を残さずこそげとって灰も残さず燃やします。これで叩かれた罪人が再び罪を犯さない、とは限りませんが……

 あるとき、叩き終えて漏れ出たモノを始末しておりましたら、禅僧に声をかけられました。

 禅僧は、禅問答に訪れる旅僧の未熟や善男善女の煩悩を叩き出してもらいたいと言いました。

 どうやらこの禅僧にも叩き出される不心得が見えるようですが、どうにも胡散臭さが拭いきれない坊主でした。

 私は非番にその禅寺を訪れて、そこで座禅を組む善男善女の肩を打ちました。と言って、罪人を叩くほどではなく、ほんの触れる程度で小さな心得違いや煩悩は抜けていきます。それをいちいち鉄瓶に入れることもいたしません。それぞれが己で何とかするところに座禅の本意があるように思いますから。

 ところが、それが禅僧には気に喰わなかったのか、ひどく不機嫌な顔をこちらに向けました。もしやこやつは善男善女が吐き出す欲やら煩悩、嫉妬、怨念といったモノを欲しているのではないかと思いましたから、不意をついて禅僧の額に一打くれてやりましたら、その眉間が割れて血の一滴も流れません。間髪置かず、私がその両肩を打って鳩尾を突きましたら、そいつはそこに頽れて口や耳鼻さらには体中の毛穴という毛穴からどす黒く粘っこい泥を漏らします。

 それは残さず拭い取ろうとしましたが、これが後から後から、漏れ出てきます。ふと見ましたら、そこには法衣が人の形をして転がっているばかりで、もはや禅僧の姿はありません。

 それに気づかず善男善女は座禅を組んでおりました。

 

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