七十七 打ち出の小槌

 長雨に降り籠められた徒然に、長屋の連中、六、七人が私のうちに集まって、持ち寄り算段安酒を呑みながら話していたら、親戚からもらった土産だと言って担ぎの古手屋が懐から金色の打ち出の小槌を取り出した。

「景気づけにそれぞれ欲しいものを言い合って、小槌を振るって遊びはどうだろう」

 と言ったから、それは面白いと最初に小槌を手にして植木職人が、

「金が欲しい」

 そう言って小槌を振った。

「そんな誰でも欲しがるようなものじゃなくってよ、もっと人が思いつかねえようなもんにしねえと面白くもなんともねえ」

 小槌を持ち出した担ぎの古手屋が言うと、

「それならお前は何が欲しい」

 皆に聞かれて、

「うまい酒と肴といい女」

 言って小槌を振ったから隣の大工が古手屋の頭をはたいた。

「じゃあ、お前はどうだ」

 問われて大工は、

「頭領になりてえ」

 小槌を大きく振ってそう言うと、それを奪って今度は石工が、

「そんなんでよけりゃ、お大名にしてくれ」

 小槌を振ったら、

「これは恐れ入りました、莫迦殿様」

 仰々しく平伏して笑いを誘った植木職人が次に私を指名して石工が手渡そうとした小槌を隣の日傭取りが横から取って、

「おれは才智が欲しい」

 と言って振った。

「なるほど、才智や頓知があれば、うまい金儲けを思いつく」

 植木職人が言うとまたどっと笑いが起こって、

「確かに、才智があって腕がよけりゃあ、頭領になれる」

 大工が続ける。

「いくらがんばっても手に入らねえけど、才智と技量、才智と技量……」

 また石工がそれを奪って振りながら言っていたら、日傭取りの隣に座っていた男が、

「無用の用があるように無才の才があるからそんなもの、無理にがんばって手に入れなくてもいい」

 と言ったから、みんなきょとんとして顔を見合わせた。

 夜も更けてお開きにしようと最後に出ていこうとした担ぎの古手屋が、

「あいつ、何ていったかな……」

 打ち出の小槌を持ったまま私に振り向いて、

「ほら、無用の用のむさい奴…… あいつ、この長屋に住んでいるはずなんだけど、よく知っているはずなんだけど…… おかしいな、どうしてわからねえんだろう……」

 半分独り言のように首を捻ったけれど、私も同じく首を捻って返すしかなかった。。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る