七十八 人の皮
以前、樵夫をしていたときに、材木屋を案内して山中を歩いたことがあった。 珍しく道を失って踏み迷っていたら、古い注連縄を張り渡した六本の木を見つけた。いずれも見事な檜で、その六本に囲まれるような形でさらに巨木が聳えていた。その巨木も六本の檜も高値で売れる代物だったけれど、御神木を切るわけにはいかない。
しかし、これを見た材木屋が諦めない。すぐに御神木を祀るお社を手代に探させて、
「この神木を領する社はありません」
と汗を拭いながら手代が報じると、
「それでいい」
ほくそ笑んで材木屋はこれらの木をすぐに伐るように私に言った。私が返事をためらっていたら、どこから現れたのか、五、六歳くらいの男の子が材木屋の袖を引っ張った。材木屋はひどく驚いた顔を見せてすぐに子供の手を邪険に振り払うと先に立ってさっさと歩いてその日は宿にしている私の小屋に帰った。翌朝、私に神木を伐っておくように念を押して山を下りた。
昼からまたその神木を見にいったら、昨日の子供が出てきて今度は私の手を引っ張るからついていくと、真ん中の巨木の根方におおきなうろが口を開けていた。子供はやっぱり私の手を引いて中に入るので私もそれに続いたら、案外に中は広くて遥か先から光が射し込んでいる。それを目指すようにどんどん子供が歩いていく途中に、誰かが脱ぎ散らかした着物があった。足を止めてその辺りをよく見ると、脱ぎ散らかした着物の傍に、しなびた人の皮が木肌とともに落ちている。頭の天辺から足の先まで、まるで誰かが抜け出たような人の皮だ。
子供はそのすぐ先で着物を脱いでもぞもぞしはじめた。はじめは何をしいるのかよくわからなかったけれど、もどかしそうに体を動かす子供の様子を見ているうちに気がついて、
「人の皮が脱げなくなったのか」
尋ねたら、子供は涙を浮かべて頷いた。
私はしばらく考えて、一度外に出てその御神木の木肌を剥いだ。戻ってそれで子供の身体をこすってみたら、人の皮はするりと脱げた。喜んで礼も言わずに光に向かって走る子供の背中に、
「今度は帰り方を忘れるなよ」
私が声をかけると同時にそれは一筋の光になって飛んでいってしまった。
数日してやってきた材木屋が、まだ御神木がそのままになっていることに腹を立てたので、例の御神木のうろに連れていったら、
「いやだいやだ」
と急に子供ように駄駄をこねはじめた。さてはと思って、
「脱げなくなったのか」
確かめるように聞いたらそれきり材木屋は来なくなった。
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