四十三 蟷螂

 私の焼き物の師には、他に三人の弟子がいました。

 四番目の弟子は、漆黒の、美しい瞳を持った娘でした。

 その娘の捻り出す湯飲みや茶碗の形はむろんのこと、絵付けの際の繊細な色遣いには、誰もが瞠目しました。

 二人の兄弟子が、この娘に嫉妬しておりましたのは明らかで、特に師の嗣子である一番弟子のそれは尋常ではありませんでした。

 何かと用事を言いつけては土に触れさせない。娘が造り出したものには難癖をつける。阿諛追従する二番弟子とあらゆる嫌がらせを尽くしてなお、二人で娘を手籠めにしようと謀ったことさえありました。

 そのとき、私は登り窯の火の番をしておりました。

 私が焼べようとした薪の上に、どこからやってきたのか、大きな蟷螂が留まって両の鎌を振り上げていました。それを払いのけようとした私の手をかわして蟷螂は、薪の上でやっぱり鎌を振り上げています。

 不思議な蟷螂だと思って薪を置いたら、蟷螂は私を確かに睨んで飛びました。その後を追っていった先で、兄弟子が二人掛かりで娘を押さえつけていました。

 一瞬でも窯の傍を離れた私は、師にひどく叱られましたが、兄弟子のことは黙っていました。私が口にするまでもなく、師はわかっていたでしょうから……

 ただ、蟷螂が私を導いてくれたことは娘に話しました。

 それから、娘は蟷螂を己の焼き物に取り入れるようになりました。陶器の耳に蟷螂を這わせ、水差しの蓋のつまみには、蟷螂が挑むように立っていました。小さな湯飲みから、香炉、花瓶、大きな壷にいたるまで、蟷螂がさまざまな姿を現していました。

 これに出入りの問屋が目をつけて売り出しましたところ、好事家の間で〝蟷螂焼き〟などと話題になり、富商が手にするようになって公家大名までもが大枚をはたくようになりましたから、世間が放っておきません。

 そんなことには頓着なく、娘は窯場で末の弟子として働きながら、蟷螂を作っていましたけれど、これを妬んでいる二人の兄弟子、特に嗣子である一番弟子が、あるとき、登り窯の中に娘を閉じ込めて焼き殺そうとしました。

 これに気づいて窯の中から私が助け出した娘は、一命をとりとめはしましたけれど、ひどい火傷を負ったその手指から焼き物を捻り出すことはできなくなりました。

 翌朝、薬草を取りに入りました山中で、蟷螂が群がっているところがありましたので近寄ってみましたら、蟷螂は一斉に飛び立って、そこに血にまみれた二人の兄弟子の骸が転がっていました。

 師は、窯を閉めると娘を連れて旅に出ました。

 その消息を、私は長く知りませんでしたが、何年かして道で声をかける者があって見ましたら、小さな骨董を扱う店の中から娘が笑いかけておりました。

 骨董屋を開いた師はすでに亡くなったということでした。

 店の看板には、蟷螂屋とありました。

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