第41話 あたしと女騎士の目指す地へ(ラスティーナ視点)
あたしとルーシェが北の里を目指し始めて、もう十日ほどが経過した。
ひたすらに馬をはしらせて、時々休んで。
身体強化の魔法を馬達にかけながら進んだお陰で、かなりのハイペースで移動出来ているはず。
「ティナ、もしやあの山が例の……?」
今日も馬を爆走させながら、前方を走るルーシェが言う。
あたしたちの視線の先にあるのは、高くそびえる山があむた。
「そうよ! エルファリア家の情報網が確かなら、あそこが例の北の里に間違いないわ!」
古くから王家に仕える、エルファリア侯爵家。
王の右腕とまで称されるに至った理由の一つに、我が家の血筋が挙げられる。
あたしを含む侯爵家の者は、その誰もが優秀な魔法使いとしてこの世に生まれ落ちてきた。勿論、現当主であるお父様のその一人。
学校に通う以前はお父様から魔法の教育を受け、基礎的な知識から、ある程度の応用までを叩き込まれたわ。
けれどもそれらは、エルファリア家が独自に高めてきた魔法技術という訳でもないの。
エルファリア家、初代当主。彼はアリストス聖王国の建国からしばらく経った後、類稀なる魔法の才能を買われて、当時の国王陛下の寵臣となったという。
彼にその魔法の全てを教え込んだというのが、何を隠そう北の里の魔法使いだったらしい。
「北の里は、滅多に旅人が足を踏み入れることのない土地よ。自然も豊かで、静かに日々を過ごすならうってつけの場所……」
その話をお父様から聞いていたあたしは、その里でならレオンの魔法修行に最も最適だと判断した。
だからあたしは、学校に入る直前にレオンに直筆の手紙を持たせて、北の里に向かわせたの。里と縁のあるエルファリア家の令嬢からの頼みなら、きっと受け入れてくれると思ったから。
そして実際に、レオンはあたしの在学中に驚くほど成長してくれたわ。魔法の訓練なんてほとんどしてこなかった彼が、たった四年の歳月で……あたし以上に魔法の才能を目覚めさせたんですもの。
これが北の里の魔法使いだからこそなせる技なのか、元からレオンが秘めていた実力なのか。真偽は確かめてみなければわからない。
けれど、レオンにとってあの里が濃密な時間を過ごした場所というのは間違いない。
「あそこに行けば、レオンに繋がる情報が得られるはずよ。運が良ければ、今日にだって再会出来るかもしれないわ……!」
「そうだと……良いのですが……」
「もうっ、そうに決まってるの! 初めから諦めない姿勢が大事なんだから!」
「すみません、ティナ。以後、気を付けます」
「分かればよろしい!」
そんなやり取りをしながら、更に北へと馬は行く。
前方の高い山が目印だったはずだから、その周辺を探せば里も見付けられるはず。
「何としても、日没までに里を探し出すわよ!」
「承知致しました、ティナ」
そうすればきっと……レオンの元へ辿り着けるのだと、あたしはずっと信じているから。
*
アリストス聖王国、王都フィエルタ城にて。
王国随一の実力を誇る王都騎士団の団長、ゼストがユーリス第二王子と面会していた。
「……その情報に、間違いは無いのですね?」
「はい。エルファリア侯爵家のご令嬢は、侯爵の抱える警備騎士の一人と行方をくらませ……その後、王都北方のシゼールの町にて、それらしき人物を目撃したとの報告が寄せられております」
ゼストからの報告を受けながら、ユーリスは垂れ目がちな美しい碧眼を細める。
けれども、その口元は動かされないままだ。
「その後、町中全ての宿屋にて宿泊者名簿を確認しましたが、ラスティーナ・フォン・エルファリア様の名前までは発見出来ず……」
しかし、とゼスト騎士団長は続ける。
「白髪の少女と、青髪の女性の二人連れが宿泊していたという宿が、一件だけ確認出来ました」
「青髪の……女性、ですか?」
それを聞いて、ユーリスは思わず聞き返してしまった。
これまでの報告では、ラスティーナを連れて屋敷を出た騎士の性別までは明かされていなかったからだ。
てっきりユーリスは自分との縁談が舞い込んだのを切っ掛けに、
けれどもこの情報が確かなら、ラスティーナは男とではなく、女騎士と屋敷を飛び出していったことになる。
「ええ……。その宿の名簿には、代表者として『ティナ』という女性がサインをされていました」
「……その女性騎士の名ですか?」
「いえ。ティナというのは、白髪の少女の方だったそうであります」
「ふむ……」
白髪の少女。
ティナという名前。
少女の連れであるという、青髪の女性。
それらの情報は、騎士団が調べ上げた情報と次々に合致していく。
ラスティーナは、真白の雪のような白髪の少女だ。
彼女が名乗る偽名であれば、『ティナ』という名前にも違和感は無い。狭い世界の中だけで生きてきた箱入り令嬢らしい、安易なネーミングセンスであると言えよう。
そして、侯爵家から消えた女騎士は……青髪の女性。
深く推理するまでもなく、その町にラスティーナ達が立ち寄ったのは明白であった。
するとユーリスは、ゼストにこう尋ねた。
「彼女達のその後の足取りは、順調に掴めていますか?」
「はい、滞りなく。どうやらお二人は、人探しをしながら北方向へ移動を続けているようです。周辺住民から、そのような情報提供を得られました」
「ほう……人探しですか」
逃亡先での手助け役として、協力者を探しているのだろうか?
それとも、顔見知りの行商人でも探しているのか……。
思考を巡らせるユーリスに、ゼストが告げる。
「その人物の名前と、外見の特徴は聞き取り済みです。名前はレオン・ラント。明るい茶髪の青年で、先日までエルファリア家で従者として勤めていた者のようです」
「……そのレオンという人物について、何か続報があればすぐに連絡を下さい。ラスティーナさんの捜索も、引き続き全力を尽くしてお願い致します」
「ははっ、御意に!」
「今回はもう、業務に戻って頂いて構いません。期待していますよ、ゼスト騎士団長」
「はっ、ありがたきお言葉……!」
それではこれにて、とゼストが退室していく。
ドアが閉じられるのを見届けたユーリスは、ふぅと大きく息を吐き出した。
髪と同じ金色の睫毛に縁取られた瞳が、
「彼女に同行するのは女性だが、その尋ね人は男性……か」
駆け落ちではないのだと安心したのも
従者と令嬢。
その二人の間に何があったのかは知らないが、第二王位継承者からの縁談を蹴ってまで探しに向かう相手とは、いったいどのような人物なのか。
「考えれば考えるほど……
ラスティーナは、従者を見付けてどうするつもりなのだろう。
その時にこそ、二人は護衛の騎士と共にどこかへ駆け落ちをするのだろうか?
もしもそうなのだとしたら……ユーリスには、例えそこが地の果てであっても追い掛けていく自信があった。
大の男をそうまでさせてしまうほど、ラスティーナという少女はこの世にただ一人の、至高の少女であるからだ。
「…………」
ふとユーリスは、テーブルの上に置かれたベルに視線を落とす。
そのベルにはとある術式が組み込まれており、それを鳴らすと城内のユーリス専属メイド達の耳に届く仕組みになっている。
彼はそれを手に取ると、カランコロンとベルを鳴らした。
すると間も無くして、一人のメイドが部屋へやって来る。
「お呼びでしょうか、ユーリス殿下」
ユーリスは麗しの王子に相応しい微笑と、こちらへ頭を下げるメイド。
「急なことで申し訳無いのですが、至急ゼスト騎士団長を呼び戻して頂けますか? ……『北方への視察に同行してもらいたい』とお伝えして頂ければ、すぐに飛んで来て頂けるかと」
「かしこまりました。それでは失礼致します、殿下」
メイドはすぐさま廊下へ出て行き、静かに閉められるドア。
顔も知らぬレオンへの嫉妬に駆られたユーリスが告げた、『北方への視察』という名の『ラスティーナ捜索』。
ラスティーナにとって地獄の追跡劇が、間も無く始まろうとしていた──
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