第21話 俺とドラゴンと不思議な光

 ジュリには村で待っていてもらい、俺は一人で本日二度目となる西の森へと向かっていく。


 教会に泊まらせてもらうことが決まったあの日、先生に手紙を書いたのを覚えているだろうか?

 あの時、俺は先生に薬をいくつか追加で頼んでいた。

 まずは一月分、俺の胃痛を鎮める痛み止めの薬を。

 そしてもう一つは、傷付いたドラゴンの治癒力を促進するような薬。

 もしそれが作れそうなら、なるべく急ぎでルルゥカ村に届けてくれるように連絡していたのである。

 その薬というのが、俺の手元にある小瓶の液体だ。


「このキラキラした緑の液体を、ドラゴンに飲ませるか、直接傷口にかけるだけで良い……か」


 それを陽の光に透かしながら、中で踊るいくつもの小さな光の粒を眺める。

 俺は残念ながら薬学に関する知識はあまり無いので、先生の気が向いた時に教えてもらった、ほんの雑学程度にしか分からない。

 瓶の中の液体は、揺れると少しトロッとしているのが分かる。そして深い緑色の液体の中には、光を受けると金色に輝く粒子が見えた。

 この薬にどんな材料が使われているかは分からないが、少なくともこれは一般的な回復ポーションではない。


 旅人や騎士が常備するポーションというのは、傷を治したり、体力回復を促進する効果のある液体薬だ。手を伸ばしやすい金額のものだと、銀貨一枚で下級ポーションが一本買えるぐらい。

 屋敷で従者をしていた頃の俺の給料だと、一月で金貨五十枚。銀貨十枚で金貨一枚換算なので、たった一枚の金貨で下級ポーションが十本買える計算になる。

 ただ、値段が安い分その効果も弱くなる。

 下級ポーション一本で出来ることというと、子供が転んで膝を擦りむいた時に飲めば、二日で綺麗に完治する程度。これが誤って包丁で指先を切ったとかなら、傷が深ければもう少し時間を必要とするだろう。

 例えばジンさん達のように、魔物と戦う仕事をする人なら、下級ポーションなんて気休めぐらいにしかならない。沢山使えば意味があるだろうが、それなら最初から中級ポーションを使った方が得だと言える。

 中級ポーションなら銀貨三枚で買えるので、多少の怪我ならこちらでササッと治してしまうのが一般的だ。


 そして、それよりも上の上級ポーション。

 これはいきなり値段が跳ね上がる。

 なんと、一本で金貨五十枚。下級ポーション五百本分のお値段なのだ。おまけに、俺の給料まるまる一ヶ月分である。

 そこまでいくと庶民には簡単に買えない品になるとはいえ、その分効果も凄まじい。

 飲めば即座に活力がみなぎり、深手を負ってもすぐに傷が塞がってしまう。それだけの効能を発揮する高級品であるが故に、素材となる薬草がかなり貴重なものばかりになるそうだ。

 これらのポーションはそれぞれ店で売られている品物で、下級から上級になっていくにつれて、液体の色も濃い緑色へと変化する。

 そして、俺の持つこのポーションはというと……。


「色は上級よりも濃くて、よく分からない金ピカの粒が舞うポーション……。これ、霊薬レベルの代物なんじゃないのか?」


 ドラゴンにも効果のあるものを、と頼んだのは俺なのだが……こんなに高価そうな物を送ってくるとは予想外すぎた。

 幸い請求書は同封されていなかったので、先生に全財産を明け渡すようなことは無さそうだ。

 これは俺の勘に過ぎないが、これから一生かかっても返せないような貴重な材料が使われている気がする。先生は何を考えているのだろうか。ちょっと俺には理解出来ません……。

 後で金銭を要求されたら怖いなぁ……なんて思いながら歩き続けていたら、いつの間にやらドラゴンの寝床に到着していた。


「グルルゥ?」


 え、お前なんでまた来たの?

 と言いたげな様子で俺を見るドラゴンに、俺は早速例の薬の入った小瓶を見せる。


「度々お邪魔してしまい、申し訳ありません。実は先程、貴方の怪我によく効く薬が手に入ったのです」


 そう告げた途端、ドラゴンは黄色い瞳を満月のようにまん丸にさせた。


「宜しければ、どうぞこちらをお使い下さい」

「グルルル……」


 ゴロゴロと喉を鳴らすレッドドラゴン。

 これは多分、肯定の意味だろう。

 俺はそっとドラゴンに近付いていき、瓶の口を開ける。

 そこでハッとした。

 ……これ、飲ませるべきなのか? それとも、傷口にかける方が良いのか?

 ドラゴンの口の構造からして、人間のように瓶から飲むのは難しいだろう。仮に飲ませるのなら、上を向いて口を開けてもらって、そこを目掛けて注ぐぐらいしか出来ない。

 では、傷口にかける方向でいくべきか?

 ……いや、いけるのか? 体長五メートルのドラゴンの身体に、複数ある痛々しい傷。その全てに触れるようにポーションをかけるなら、この小瓶の量は少々不安が残る。いざ足りなくなってしまったら、同じ薬はそう簡単に用意出来ないだろう。


「……グルゥ?」


 急に俺の動きが止まったのを不思議に思ったのか、首を傾げるような仕草をするドラゴン。

 ……仕方ない。ここは本人に意見を聞くべきだろう。


「……あの、この薬についてなのですが……飲むのと塗るの、どちらがお好みでしょうか?」

「…………!」


 するとドラゴンはビクリと身体を震わせて、そっぽを向いてしまったではないか。

 うーん……。顔を背けたということは、飲みたくはない……のだろうか?

 まあ確かに、いくら怪我に効くとはいえ、得体の知れないものを口に入れるのは不安だろう。俺も何度か先生の薬の実験台にされた過去があるので、気持ちはとても理解出来る。

 ……まさかコレ、ドラゴンに使う実験薬とかじゃないよな? うわー……今更になって俺まで不安になってきたよ。

 とはいえ、ここはもう覚悟を決めてやるしかない。先生の良心を信じよう……!


「それでは、傷口の方に少しずつ垂らしていきますね」


 そうして早速、俺はドラゴンの左腕の傷に液体を垂らした。

 とろりと濃厚な緑の雫が、ポタリと一滴落とされる。

 その瞬間、鱗が剥がれ落ちて肉が露出していた傷口が、淡い金色の光に包まれた。

 光が徐々に収まっていくと──先程まで痛々しかった傷口が、真っ赤な鱗に覆われているではないか。


「き、傷が……一瞬で治った……!」


 ほんの一滴だけで、一瞬での傷の治癒。

 その上、失われていた鱗が元通りに揃っている。

 これは人間に例えるなら、切断された脚が骨まで元通りに生えてくるようなものだろう。こんなとんでもない効果、店売りのポーションではとてもじゃないが真似出来ない。

 先生……なんて物を生み出してるんですか……⁉︎

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