第20話 俺と先生のお薬
ドラゴンの観察を続けて、早くも三日目。
昨日もあのドラゴンはとても穏やかで、俺を襲う様子は全く見られない。
その報告には村長さんも驚いていたので、少しだけ意見を改めてくれたのではないかと思う。
あの赤いドラゴンに、ルルゥカ村への敵意は無い。それは俺が身をもって証明している。
隣で一緒に過ごしていても噛み付かれないし、ブレスを吐かれた事も無い。おまけに、今朝はちょっとだけ向こうから近寄って来てくれたのだ。
どうしてそんなに俺に友好的になってくれたのかは、ハッキリ言って分からない。だけど、仲が良くて困る事も無いだろう。
この調子なら、あのドラゴンの傷が癒える日もそう遠くはないはずだ。
そんな確信めいたものを感じながら、朝食を済ませる為に、一度教会へ戻ろうと丘を目指して、のんびりと村を歩いていたその時──
「チチッ!」
聞き慣れた小鳥の声が、俺の頭上から軽やかに降り注ぐ。
「ヒュウ!」
顔を上げれば、俺を目掛けて降下してくる風の小精霊・ヒュウが居た。
俺はそっと人差し指を伸ばして、そこにヒュウが舞い降りる。
「先生の返事、預かってきてくれてありがとな」
「チュチュン!」
北の里から戻ってきたヒュウの脚には、俺の手紙ではなく銀のリングがはめられていた。
これはただの足輪ではなく、魔力を溜め込みやすい特殊な金属を使って作られたもの。そこに先生が『とある魔法』の術式を刻み込んでいる。
「あとちょっとだけ我慢してくれよ……っと」
そのリングに、ヒュウが乗っていない方の手の指先で触れ、そこから魔力を注ぎ込んだ。
すると俺の魔力に『とある魔法』が反応し、リングがまばゆく発光する。
次の瞬間、ヒュウの脚からリングは消えた。その代わりに、俺が指輪に触れていた方の手に小包が現れた。
「チチュン!」
銀のリングが小包に変わると、ヒュウは愛らしく一声鳴いて、優しい風を残して姿を消す。
俺は手元に残った小包をそっと開け、中身を確認した。
「ええと……これがいつもの痛み止め。それと──」
あのリングの仕組みは、単純に言えば召喚魔法の応用だ。
召喚魔法とは、あるものを別の場所から、術者の元へ喚び出す力のある魔法を指す。
例えば俺がヒュウを召喚するには、普段は風のように自由に飛び回るヒュウを、召喚魔法の発生源──つまりは俺の元へ瞬時に道を繋げる必要がある。
そうすることで、俺はヒュウがどこに居てもあっという間に喚び出すことが可能になるのだ。
そして先生が使った『とある魔法』というのが、その応用の置換魔法である。
読んで字の通り、モノとモノの場所を入れ替える魔法のことだ。
つまりは俺の手元に薬の小包が来たあの瞬間、ヒュウの脚に装着されていた銀のリングは、北の里に居る先生の元へ置換されたのである。
ルルゥカ村から北の里までの距離は、想像以上にかなり遠い。荷物を送りたいとは言っても、それだけの距離を短時間で運ぶのは不可能だ。そこで先生は、それを可能にするだけの魔力を蓄えられる銀のリングを用意し、置換魔法の術式を刻み込んだのだ。
「……よし、必要なものはこれで揃ったな」
先生には、どれだけ感謝してもしたりない。
いつか健康体に戻った暁には、直接お礼をしに行くのも良いかもしれないな。
それに……これでやっと、俺のやりたかったことが出来るんだ。
俺は小包を懐にしまい、教会へ向かおうとしていた脚を森の方へ動かし始める。
するとその時、俺を呼び止める声があった。
「レオンさーん!」
明るい声と笑顔でこちらに走って来る、栗色の髪の少女。ジュリである。
「ああ、ジュリさん! おはようございます」
「おはよう、レオンさん! ねえねえ、もう朝ごはんって済ませてる? それなら、これからちょっと一緒に行きたいところがあるんだけど……」
どうやら彼女は、俺を誘ってどこかに遊びに連れて行ってくれるらしい。
けれども、今の俺には行かなければならない場所がある。ジュリにはとても申し訳無いが、彼女との用事は後回しにさせてもらうしかないな。
「すみません。そのお誘いは、また村に戻って来てからも良いでしょうか?」
「えっ、どこか行くところがあるの? あ、もしかして例のドラゴンの様子を見に行くの?」
「はい。つい先程、目当ての品が届いたところなので、それを試しに行ってこようかと」
「目当ての品って?」
質問責めをしてくるジュリに、俺は懐に入れたばかりの小包から、ある物を取り出して答えた。
「俺の先生お手製の、よく効くお薬ですよ」
そうして俺の手の中で、小瓶に入った緑色に輝く液体がちゃぷんと音を立てた。
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