第12話 俺とおっさん達とスープ

 ケルパの宿屋に泊まった俺とジンさん達は、宿で朝食を済ませて馬車乗り場を目指した。

 ここからまた長時間の移動になるらしい。山を一つ越えていくそうなので、途中で食事休憩などを挟みつつルルゥカ村に向かう。

 寝起きは胃の痛みで目覚めたせいで最悪だった。けれども今は食後に飲んだ薬が効き始めて、痛みも落ち着いてきたところだ。

 馬車乗り場への移動中も、かなりの世話焼きらしいオッカさんが『身体は大丈夫? お水飲む?』とか『何か苦手な食べ物とかないかい?』とか、色々と質問しながら俺を気遣ってくれている。

 どうやら今日は途中で野宿する必要があるらしい。夜は焚き火を囲み、夕食を採るんだとか。

 そこで食事の用意をするのがオッカさんらしい。その分、ジンさんとバーモンさんは夜の見張りを担当するのがお決まりだという。

 だから俺に苦手な食べ物がないか聞いてきてくれたんだな。基本的に何でも美味しく食べられるタイプなので、夕食を楽しみにしながら、馬車でお尻の耐久レースをする事になるだろう。



 早速ルルゥカ村方面に向かう馬車を見付けたので、俺達四人で一台分を確保してもらった。

 箱馬車は、前後に二人がけの椅子が取り付けられている。前回乗った馬車も、四人乗りのこのタイプだった。

 あの時は俺が一人、ジンさん達三人の二グループで相乗りする事になったが、今回は同じグループとして乗るので実質的に貸切状態となっている。

 そのまま四人で箱に乗り込み、御者のおじさんが操る馬が走り出す。


 ケルパの町から更に南下していき、森を抜けていく。

 珍しく道中には魔物が出なかった。なのでゆったりとした時間を過ごしつつ、ジンさん達と村についての話を聞かせてもらうことが出来た。

 どうやらジンさんは彼ら三人の中で最年長らしく、唯一の妻帯者なんだそうだ。


「お子さんはおいくつなんですか?」

「長女が十六で、次女が八歳だ」

「ジンさんのところの娘さん達はね、僕達の村で一番の美人姉妹だって言われてるんだよ」

「兄ちゃんもコロッと惚れちまうかもしれねえなぁ! ガッハハハハ!」


 そう言って豪快に笑うバーモンさんを、ジンさんがじとりとした目で睨み付ける。


「冗談じゃねえぞ、バーモン……。オレはまだ娘を手放すつもりはねえからな」

「へいへい、分かってらぁ! ってなわけで兄ちゃん、あの子達に手ぇ出したらジンに殺されっから、気ぃ付けとけよ!」

「あはは……肝に銘じておきますね」


 一応そう言っておいたので、多分大丈夫だと思いたい。

 それにしても、ジンさんの娘さんが美人というのは想像しづらいな。

 ジンさんは職業柄もあってがっしりした体格で、いかにも戦う男らしい風貌の男性だ。そんなジンさんの子供が絶賛されるほどの美人姉妹だとすると……奥さんに似ているのだろうか?

 いやまあ、ジンさんの見た目がどうこうという話じゃない。こんなにたくましい人の娘さんというのが、いまいちイメージ出来なかっただけなのだ。うん。




 馬車は順調に走り続け、予定していた地点で野宿をする事になった。

 陽が暮れる前に薪を集め、ケルパで買っておいた食材を使って調理が始まった。

 いつもなら火の魔道具を使って火起こしをするそうだが、今回は魔法が使える俺が居る。時折火の調子を確認しながら、オッカさんの指示に従って、鍋の火加減を調節していく。

 その間、ジンさんとバーモンさんは簡易テントの用意をしていた。

 箱馬車は男四人で寝るには狭く、そもそもその馬車を操る御者のおじさんも居る。こうして寝る場所を確保しなければ、翌朝になって身体がバッキバキになってしまうんだそうだ。

 こうした遠出は、初めてというわけではない。

 これまでに何度か従者として、ラスティーナや侯爵様について行っていたからだ。

 しかし、貴族の旅と一般人の旅には、天と地ほどとまでは言わないが差があるのだ。


 例えば箱馬車は、エルファリアの屋敷にある特注品なので、座り心地も抜群。

 遠出の際は野宿する必要に迫られはするものの、従者やメイド達を乗せた数台の馬車をぞろぞろと引き連れている。その中の一つ一つが、侯爵様であったりラスティーナ専用の寝室として使用される。

 そして俺達従者やメイドはというと、余った馬車で寝る者も居るが、大半は大きなテントの中で一夜を明かしていた。

 基本的に女性は箱馬車、俺や護衛の警備騎士達は共同テントを使っていた。とは言っても、テントの中は思いのほか広くて快適なのだ。

 深夜の見張りも騎士達に任せていれば安心だったし、俺はラスティーナの面倒を見るだけで良かった。それに、用意する食材も品質が良かったので、そこまで食事に不満は感じなかったのだ。


 ……とはいえ、ジンさん達との馬車移動もかなり楽しい。

 少人数での馬車旅というのは初めての経験で、男だけの野宿というノリも嫌いじゃなかった。

 彼らとは二倍くらい年の差があるものの、元々小さな村で育てられていた俺には、とても馴染みやすい空気感だったからだ。

 何というか……村の皆や父さん達が生きていたら、こんな感じだったのかなぁ……と。

 そんな事をぼんやりと考えていたら、火加減を強くしすぎていたらしい。オッカさんにスープを煮込むように頼まれていたんだが、気が付いたらグツグツになってしまっていた。

 まあ、食べ始める頃には丁度良い温度になっていることだろう。

 その間にオッカさんは追加の薪を拾いに行っていて、彼が戻って来た頃には良い具合に湯気が立っていた。




 賑やかな雰囲気で食事を囲み、パチパチと弾ける焚き火の音を聴きながら、ゆったりとした時間が過ぎていく。

 オッカさんが味付けをしてくれたスープは、塩加減が絶妙でパンによく合う。残った分は朝食に回すということで、おかわりしたい気持ちを抑えて眠りに就いた。


 そして翌日、遂に馬車はルルゥカ村近くの湖付近に差し掛かった。


「ここまで来れば、村まであと少しだぜ」


 ジンさんのその言葉通り、間も無くして人里が見えてきた。

 草木が芽吹き、なだらかな丘の上に立つ家々。

 果たして大きな湖を見下ろす位置にあるこの村は、俺の新たな人生のスタートを切る場所となり得るのだろうか?

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