第9話 あたしとお父様の呼び出し(ラスティーナ視点)

 レオンが、あたしを置いて出て行った。


 子供の頃からずっと一緒に過ごしてきた、あたしのただ一人の幼馴染。

 そして……誰よりも信頼していた、唯一無二の従者だった。


「ラスティーナ、お嬢様……」

「……おはよう、ペトラ」


 昨日からあたしを起こす役目を引き継いだのは、メイドのペトラ。

 彼女が来るよりも前に目が覚めてたあたしを見たペトラは、曇った表情でこちらを見ている。

 ……自分で言うのもなんだけど、あたしは自分だけだとなかなか起きられないタイプなの。だからこれまではレオンが毎朝起こしに来てくれていた。それに、よく眠れるようにと、寝る前に温かいお茶を持って来てもらっていたわ。

 まあ、お茶の効果も虚しく、毎日ベッドでうだうだしていたんだけど……。

 小さい頃からずっとそうだったから、あたしが急に一人で起きられるようになったのが、屋敷の中で密かな話題になっていた。

 その原因は、あたしに『二度と関わらないでくれ』と頼んできたレオンにある。


「……おはようって言ってるんだけど、返事はどうしたのかしら?」

「あっ……も、申し訳ございません! おはようございます、ラスティーナお嬢様!」


 普通に話しかけただけのはずなのに、過剰に怯えて頭を下げてくるペトラ。

 何故だか分からないけど、あたしより年下のメイド達は皆あたしを怖がっているみたいなのよね。

 こんな調子だと業務にも差し障るから、いつもはレオンが間に入って上手くやってくれていた……のだけれど。

 あたしはどうやら、彼を怒らせてしまったらしい。

 それに……レオンがあたしの目の前で血を吐いて倒れたのは、あたしのせいだったのだとゴードンから聞き出した。

 このあたしが生まれたエルファリア家の専属医師が言うのだから、その言葉に間違いは無いと思う。あたしが過剰にプレッシャーをかけたり、無茶な仕事量を押し付けてきたツケなのだと言っていたわ。

 ……あたしは別に、レオンをいじめて楽しんでいた訳じゃない。そんな性悪女じゃないもの。この国で一番美人で可愛くて才能溢れる侯爵令嬢というだけよ。ええ、全部事実ですが何か?

 とにかく、レオンはあたしのことを誤解している。

 彼に色々世話を焼いてきたのだって、全てはあたしたちの未来の為に必要なことだったのよ。


「……まあ良いわ。今日はこの後お父様に呼び出されているから、早く支度をしてちょうだい」

「承知致しました、お嬢様……!」


 だけど……彼が今どこに行ってしまったのか、あたしには分からない。そもそもレオンは、もうあたしの顔なんて見たくないはずだもの。

 ストレスで血を吐くまで我慢を強いてしまったのだから、あたしは彼の主人としても、幼馴染としても失格かもしれない。

 そんなことをベッドの中でぐるぐると考え続けていたら、夜が明けていた。

 だからあたしは早起きをしていたんじゃなくて、一睡も出来なかっただけなの。あんまりにも情け無い話だけれどね。




 *




 その後、身支度を済ませたあたしはお父様の部屋へ向かった。

 朝食前に呼び出されるなんて、初めてのことだ。そんなに急いであたしと話をするだなんて、どんな内容なのかしら?

 扉をノックして、中から誰何すいかの声がする。


「お父様、ラスティーナです。入室の許可を」


 あたしがそう言うと、扉に施されていた施錠魔法が解除された。

 王城や貴族の屋敷では、こういった魔法による施錠システムがあるのが常識。

 なので当然、そこに住まう主人とその家族。そして使用人達も、ある程度の魔力量が必要とされている。

 今のように鍵が開いたのも、お父様が内側から扉に魔力を注いで解除したからなのよね。

 ちなみに、あたしの部屋には魔力登録された人物しか開けられないよう、複雑な術式が組んである。当然、レオンもそれに含まれている。

 本来であれば、屋敷を出た彼の登録は解除するべきなのだけれど……あたしは、あえてそのままにすることを選んだ。

 もしも登録を抹消してしまえば、もうレオンとの繋がりが全て無くなってしまうような……そんな気がしてして、怖くなってしまったから。


「朝早くからすまないな、ラスティーナ」


 部屋に入ると、お父様がソファに座ってあたしを出迎えた。

 あたしもテーブルを挟んだ向かい側の席に腰を下ろすと、再びお父様が口を開く。


「こうしてお前を呼び出したのは、他でも無い。……ラスティーナ、お前に来ている縁談を進めたいのだよ」

「縁談……です、か……?」


 言葉に詰まるあたしに、お父様は重く頷いた。

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