第6話 俺と王都と箱馬車
ゴードンさんから貰った痛み止めは、よく効く薬草を丁寧に乾燥させ、魔力を込めて丸薬にしたものだった。
それらは一日三食、毎回食後に飲むようにと言い付けられている。
丸薬が入った小瓶は、自前の肩掛け鞄に入れてある。ルーピン爺さんから貰ったクッキーもあるので、昼に薬を飲む時はこれを食べてからにしようかと考えていた。
「……とはいえ、療養するにはどこに行くのがベストだろうな」
俺の身体……というか、胃は十五年にも渡る激しいストレスによってズタボロなのだという。
ストレスで余分に分泌された胃液が、食べ物だけでなく胃までもを溶かし、穴を開けてしまった。
おまけにそのストレスは、更なる悪影響を及ぼしていた。俺の魔法の師匠から送ってもらっていた睡眠薬が無ければ、満足に眠れない状態だったのだ。
だが、昨日は少しだけ眠れた。それでもまだ健康体だった頃に比べると、ちゃんと休めてはいなかった。
ゴードンさんのアドバイスを参考ににするのなら、俺は早くこの王都から離れて、どこか自然が多い田舎に移り住むのが良いのだろう。
自然が多い……というと、山や海に面した村なんかが良いかもしれない。それでなくとも、のどかな草原が広がるのんびりとした町にでも行こうか。
「まあ、どこに行くにしたって馬車を手配しないとな。薬は十日分しかないし、途中でどこかの町の薬屋で痛み止めを買い足していく必要がある」
どうにも一人でいると、独り言が増えてしまうらしい。
けどまあ、今となってはただの無職となった俺の話なんて誰も聞いていないだろう。
俺は今後の予定を考えながら、王都東の貴族街から中央区へと歩いていく。
*
俺が生まれた国、アリストス聖王国は国土が広い。
そのお陰で海、川、山の幸が各地で採れることから、食糧危機に陥った歴史は建国以来一度も無いらしい。
そんな聖王国の王都には、各地から集められた食材が並ぶ大きな市場がある。俺が到着した中央区は、それらの店が所狭しと並んだ市場が置かれた場所だ。
「さあさあ、いらっしゃーい!」
「奥さん、今日は新鮮な鮭が入ってるよ!」
「美味しいフルーツジュースはいかがですかー?」
明るいおじさんの呼び込みや、朗らかなお姉さんが香りの良い果物を絞ったジュースを片手に接客している。
朝から大勢の客で賑わう市場を眺めていると、こちらまで自然と気持ちが昂ぶってくるようだった。
そういえば昔、早起きしてラスティーナと二人で屋敷を抜け出して、朝市巡りをしたことも……って、あいつのことを思い出したら、気のせいかまた胃がキュッとしてきた気がする。
あー、ダメだダメだ! さっさと王都を出ないと、どこかしらであのワガママ令嬢のことを思い出して、途端に胃が死ぬ。
ちょっとだけ保存食になる物を買い足して、俺は早々に市場を後にした。
その後、大通り沿いにある馬車乗り場を見付けた。
ずらりと並んだ馬車の中から、もうじき出発するという箱馬車に代金を支払って乗り込んだ。
箱馬車というのは、人が乗る屋根と壁付きの荷台を引く馬車のこと。俺のように一人旅をするような場合、同じ行き先の人達と同じ箱馬車に乗っていくことになる。
大人数で移動する際や、どうしても一人だけで乗りたい場合は、割増料金で貸切にも出来る。
俺の場合、これまでに屋敷で働いて稼いできた金はそれなりにあるものの、今後はゆっくりと療養する予定の身。新しく住む場所を探すなら家を借りるか、買わなくてはならない。
なので出来るだけ節約したいのもあって、見知らぬ人達と目的地まで同行することにした。
「すみません、失礼します」
出発直前に乗り込むと決めたせいで、最後に着席したのは勿論俺だ。
馬車の中には、既に三人の男性が待機している。
パッと見たところ、彼ら三人は武装をした傭兵か、もしくは旅人のような外見だった。年頃は、三十から四十代ぐらい。
俺が来るまでは三人共親しげに会話をしていたようだったので、彼らは旅の仲間なのだと思う。
「おお、アンタも乗って行くのか?」
「はい。皆さん、どうぞよろしくお願いします」
「ほーう、礼儀正しい兄ちゃんじゃねえか!」
「こちらこそよろしくね、お兄さん!」
予想以上に歓迎ムードだったことに内心少しだけ驚きつつ、いそいそと最後の席に腰を下ろす。
間も無くして俺達を乗せた馬車は発車時間を迎え、走り始めた。
馬が走り出すと、見る見るうちに小窓から覗く景色が流れていく。
王都に到着した馬車とすれ違ったりもしながら、馬車は遂に王都を取り囲む外壁から外に出た。
そうかて王都の南門から出た馬車は、無数の車輪の跡が残る街道をひた走る。
さあ、ここから俺の健康な身体を取り戻していく日々の幕が上がる。
俺は美味い空気と偉大な自然の中で、身も心も癒されるような毎日をエンジョイするのだ! そして、胃痛と寝不足とも永遠にオサラバする!
そんな日々を手に入れる為なら、慣れ親しんだ王都を離れるのだって寂しくはない。そう、だって俺は立派な大人の男なのだから!
……そう思えば、この胸に少しざわつくモヤモヤとしたものが、少しは晴れてくれるだろう。
そんな願いにも似た暗示を自身にかけながら、俺は鞄に入れておいた地図に視線を落とすのだった。
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