特別編 第30話 あのね本当は……。 鷺宮友香 ACT 9
梨積繭が登校しなくなって1週間が過ぎた。
連続してこんなに登校しなかったのは初めてのことだ。
何かあったのか?
保護者からの連絡はない。こちらから連絡をしても一向に折り返しの連絡はなかった。
10日が過ぎた。それでも梨積繭からの連絡はない。
ようやく担任と私と二人で彼女の家へ赴いた。
玄関先で出てきたのは、茶髪の若い男だった。
「すみません、私達繭さんの担任と副担にをしております……」
その男性は彼女の名を聞いたとき少し眉間にしわを寄せた。
「ああ、繭の学校の先生たちでしたか。すみません連絡ができなくて」
わざとらしくこちらから要件を言う前に、すでに分かっていたように言う。
「あのぉ、繭さんは」
「ああ、繭ね。いるよ。でもねぇ、あの子ここんところすねちゃって部屋から出てこないんですよ」
「いるんですね。繭さん」
「い、いますよ。何か疑いでも」
「いえ、ところであなたは、繭さんとどのようなご関係で」
「なんだよう、まるで警察の事情聴取みたいだなぁ。僕は繭の父親。義理の父親だよ。この前さぁ、ちょっと親子喧嘩っていうの、まぁ大したことじゃないんだけど、しちゃってさ、それからすねちゃっているんですよあいつ。いつもは仲いいんですよ。ほんとですよ」
にたぁ―と笑う顔。
それでもこの人の言うことに嘘はなさそうだった。
「僕もさぁ、仕事忙しくてさぁ、学校に連絡させるの母親にも言ってたんだけど、今はそっとしておこうということで、見守っているところなんですよ。それにさ、高校は義務教育じゃないでしょ。もうあの子も自分で分別つけられる年なんだから、そこんとこわかっててこういうことしてるんだと思いますよ」
淡々と自分中心に話をするこの父親と名乗る男性。
なんとなく嫌な感じがする。かといってこれ以上は家庭内のこと、そこまでは今は踏み込むことはできなかった。
「あ、もしかしたら学校しばらく休むかもしれませんねぇ。何せ意外と頑固ですからねぇ。そうだ、休学届ていうの、そういう手続きってあるんですよね」
「あるにはありますが、正当な理由がなければ受理は出来かねます。それより、まずは繭さんとちゃんとお話をしないといけません。繭さんの意思を確認したですからね」
彼は少し困ったような感じで。
「そうですか、それは困ったなぁこういう状態だから、僕や母親の言うこと今は何も耳を傾けないんですよ。
本当に困った子ですよ。学校にもこんなに心配かけてんのに。でもねぇ無理には今はほんと出したくはないんで、できれば今日はお引き取りくださいよ」
「わかりました今日のところはこれで失礼いたします。ですが繭さんに連絡だけは、よこしてほしいことをお伝えください」
そして私は付け加えるように。
「待っていますので……」
「そうですね、何とか言っておきますよ。でもあまり期待はしないでくださいよ。おっと、もうこんな時間だ。僕も社に戻らないと。たまたま用事があって戻ってきただけなんで」
パリッとしたなんとなく高級そうなスーツに身を固め、まだ年は若いが、それなりの会社員という感じには見えた。
茶髪を除いては。
「あのぉ、すみませんがお父様……、の、お仕事は?」
「ああ、僕ねぇ。今は妻が社長をやっている会社に移籍したんですよ。もうじき専務に昇格になることが決まっていますけどね」
「そうなんですか、お若いのに専務さんになられるとはすごいですね」
担任教諭は少し皮肉ったような感じいう。
「いやぁ、それほどでもありますよ。何せ、あんだけ傾いた会社をこんな短期間で立ちなおさせたんですから当然でしょ。妻の恩恵じゃないですよ。僕自身の力の結果です」
自負慢心に言う彼に
「そうですか、それはすごいですね。お忙しい中、急にお時間をいただいて、申し訳ありませんでした今日はこれにて失礼いたします」
「そうですね、そうしていただけると助かります。ではまたお話を作る時間を作りましょう」
「どうかよろしくお願いいたします」
そして私達は彼女の家を後にした。
なんとも胸の中でふつふつと湧き出る不信感。
本当に大丈夫なんだろうか?
疑心感に覆いつくされながら、その日は学校に戻り、教頭、校長にその経過を報告した。
校長、教頭、両先生たちも報告を受けてしばし考え込んでいたが、もう少し様子を見ようということになった。
学校内でのいじめなどが原因ではなく、家庭内での問題であるのが色濃いせいだろう。
そして彼女が、不登校になり、2か月が過ぎた。
その時、ある生徒から繭ちゃんの
「そういえば多分、あれ梨積さんだと思うんだけど。昨日さ、原宿行ったら駅の構内でばったり会ってさ、梨積さんは無視していたからこっちも声かけなかったけど、なんかおじさんみたいな人と一緒だったよ。もしかしてあの子、援交でもしてんじゃないの」
「マジそれほんと! おとなしいイメージあるんだけど見かけによらないねぇ」
「ほんと、あの子少し変わっていたからね。捕まんなきゃいいけど」
「嘘、それほんとのことなの?」
思わずその生徒に言い寄ってしまった。
「間違いないよ。あれは梨積さんだったよ」
起こってはいけないことが起こってしまったような気がした。
すぐに担任と共に繭さんの家に赴いた。
だけど、玄関のドアはかぎがかけられ開くことはなかった。それよりも玄関先に散らばった新聞。そしてダイレクトメールだけが目につく郵便物。
人がいるという気配を感じさせなかった。
とてつもなく嫌な胸騒ぎがする。
学校に戻りこの状況を校長先生と教頭先生に報告した。
すぐに警察に連絡を入れたほうがいいのでは、ということを校長の口から発せられたが、担任が事を大きくしたくない。という配慮を提案し。
「児童福祉事務所に知り合いがいるので、彼に相談をしてからにした方がいいと思います」と言ってくれた。
さすがにすぐに警察沙汰になるのは、学校側としても、彼女自身にしても荷が重いだろう。
担任の先生が知り合いの福祉事務の職員の人に事情を説明すると、こんなに長い期間ほおっておかれるのは異常でありとても危険だという判断のもと、事件としてではなく調査として警察の協力を仰いだ。
もしかして自宅で、孤独死……多分そこはないと思う。
実際彼女は家を出てどこかに身を隠しているのが、あの生徒の証言から判明していたからだ。
親からは捜索願いは出されていなかった。
まだ未成年の子が行方不明になって、親が捜索願も出していないことに問題がある。と、判断した。
福祉事務所では繭ちゃんを保護対象として、行方を追った。
そして、それから2週間後。
繭ちゃんは巡回中の警察官に保護された。
保護されたとき、ふっと安心した顔をして、それからずっと泣いていたらしい。
だが、繭ちゃんの心はすでに壊れていた。
後悔した。どうしてこうなる前に……私は手を差し伸べることができなかったのかと。
………………私は無力だった。
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