特別編 第29話 あのね本当は……。 鷺宮友香 ACT 8
「梨積さん、今日も欠席してましたね」
教師の職について5年という歳月がたった。
病気の方も一応の目標の5年という時間をクリアーできそうだ。
まだ毒牙は私に襲いかかろうとはしていない。
そんな私も2年生のクラスの副担任を担当することになった。
副担任と言っても、特別ホームルームで生徒をクラスを仕切るわけでもない。ちゃんと、担任の先生がいてその先生の補佐役というか、教師としての仕事の指導を受けながら業務としての教師の仕事を学んでいる。
その受け持つクラスに一人の生徒がいる。
去年、父親を事故で無くし、義理の母親と共に暮らしている。
まだ父親を亡くした傷から癒えていないのだろうか? 彼女が学校に登校してくる日は数えるほどしかない。
このままでは留年してしまう。
成績はそんなに悪いわけではないのに、出席日数が足らず留年してしまうのは本当にもったいない。
「ああ梨積か、そうだな、この前母親とも面談したけど、何でも相当気まぐれらしいんだ。母親も手を焼いているとこぼしていたなぁ」
「そうなんですか。でも元気なんですよね」
「別に体の具合が悪いわけじゃないのは確かだな」
「……そうなんですね」
実際とても気になる子だ。
目がクリっとしていて、少し赤茶けた髪が違和感なく似合う女の子。
でも、彼女瞳の奥はなぜか寂しげで、閉ざされた何かを感じさせた。
家はそれなりに裕福な家庭らしい。
亡くなった父親は会社の社長をしていて、そのあとを今の母親が継いだ。
仕事が忙しい親は彼女のことをネグレクトしているのではないかと疑ったが、そうでもないことが、この前担任が母親と面談をしてわかった。
でも私は何か引っかかるものがあった。
彼女が1年のころはもっと明るくて、友達もいて笑い顔が絶えない優しい思いやりのある子だったと聞いている。
それが、父親の突如の事故死が彼女をここまで変えてしまったというのか。
それだけではないような気がしてならない。
学校に彼女が来ているときは出来るだけ話をしようと、私から声をかけ続けているが、ある日彼女から言われたひと言が私をそう思わせているのかもしれない。
「鷺宮先生、あまり私にかかわらない方がいいですよ」
とても寂しい目をしながら私に言った言葉。
あの言葉とあの輝きを失った瞳がいまだに脳裏に焼き付いている。
「ねぇまどかちゃん。相談があるんだけど」
夜にSNSでまどかちゃんにメッセージを送った。
すぐに返事が来て。
「いいよぉぉ! なぁに! もしかして恋愛関係? どんとこい!」
あははは、違うって、まどかちゃん。
て、返信メッセージを見てすぐにコール音が鳴った。
「へっ? まどかちゃん?」
「ヤッホー、友香ちゃん。早く聞きたくて掛けちゃった」
「まったくもう、大丈夫なの? まだお仕事中じゃないの?」
「大丈夫、大丈夫。うるさい教授たちは今日は飲み会だって早々に帰ったから、医局は今は私の天下なのだ! わぁっと!!」
「どうしたの大丈夫?」
「なははは、積み重ねていた資料本が雪崩を起こしただけ!」
「はぁ―、相変わらずね」
「ははは、それよりさ、やっぱ男関係でしょ相談って」
「残念でした。殺虫効果抜群の私に寄り付く虫なんていませんよ」
「嘘嘘、友香ちゃんとても美人だもん、殺虫効果じゃなくて美人フェロモン振りまいているくせに」
「何その美人フェロモンって?」
「甘ぁ―い香りを漂わせて、近寄った虫を……パクリって」
「あのねぇ、私は食中植物なの?」
思わず頭の中で『サラセニア』(葉が筒状になっていて筒の中に消化液が溜まっている植物。まだらな紫色で引き寄せて、スルリと筒の中に虫を落とし込んで消化させる食虫植物)を描いてしまった。
「えっ違うの? 私も友香ちゃんに食べられたのに」
「あのねぇ、私まどかちゃん食べてない食べてない」
「食べてもいいよぉ。こんな私でもよければ」
「えーっと児童福祉法に引っかからない?」
「ウっ! それって小学生に淫行をしたっていう設定なの?」
「さぁどうかしら? でも、お互い実際はいい年なのは変わりはないんだけどね」
「なははは、そうだね。それを言ったら私も食中食物の素質あるのかなぁ」
「うん、うん。十分にあるよ。幼児ロリオタクはいちころだよ」
「げっっ! それは勘弁だよ」
「あははは、そうなの?」
「そうだよ。……で、相談って」
「うん実は、生徒のことなんだけどさ」
「ふぅ―ん、生徒さんのことねぇ。友香ちゃんもちゃんと教師してるんだ」
「まぁね」
生返事のあと、まどかちゃんに、梨積さんのことを名前を出さずに「ある女子生徒」として相談をした。
「う――――ん、そっかぁ、そういう生徒さんがいるんだ。話を聞いた限りじゃネグレクトされている状態じゃないって言うのは私的には否定したいな。ネグレクトって育児放棄的に言われるけど、精神面でもネグレクトは存在する。今のその生徒さんは本当は孤立している状態にあるんじゃないかなぁ。このまま行ったら、あんまりよくない結果を生んじゃうね。精神科医としては何とか手を差し伸べてあげたい。大事になる前に」
「やっぱりそうか。でも、不用意に私は動けないし、もし独断で動いちゃって問題になったら私個人はいいんだけど、担任の先生や、校長先生に迷惑かけちゃう。そもそも学校にほかの生徒たちにも影響が出てしまうかもしれない」
「そうだよね。そこが厄介なところなんだよ。だから本当は自分から、手を差し伸べてほしんだよね」
手を差し伸べるかぁ。
今の彼女じゃ無理なことかなぁ。
「多分友香ちゃんはとてももどかしいと思うけど、今は見守ってあげることしか出来ないんじゃないのかなぁ」
見守るかぁ。
一番大変なことかもしれない。
いつか彼女自身から手を差し伸べてくれることを願い、見守ることしか出来ない。
無力だと、私は思った。
「何もできないんだね」
「ううん、でもね。きっとその生徒さんに伝わると思うよ、友香ちゃんの想いは」
「だといいんだけど……」
それから数日後。
嫌な思いしか私は浮かんでこない。
それが現実になってしまったことを私は、あの時とても後悔している。
でも、どうにもできなかったのは事実だった。
繭ちゃん。
あなたは今どうしているの?
手を差し伸べて頂戴。その手を私はしっかりと握ってあげるから。
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