特別編 第13話 ありがとう。水瀬編 ACT13

社食に行くとポツンと一人、何となく背中を丸めていつもより一回り小さく見える水瀬の姿があった。


ミスの事相当気にしているのか?

別にそんなに気にしなくたって、いいと思うんだけどな。


「よっ、水瀬」

「あ、先輩」

なんだよしんきくせぇな。弁当うまそうじゃねぇか。もしかして俺のとおそろいなのか」

「えっ、えええええっと」

戸惑いながらも俺が持っている弁当箱をしっかりと見つめている水瀬。


「さぁてと、俺も飯食うか大分遅くなっちまったけどな」

水瀬の向かいにどさっと腰を落とし、弁当をテーブルの上においた。

「さぁてどんな弁当なんだろう」

「あ、あんまり期待しないでくださいよ。恥ずかしい」

「なんだよ朝のあの威勢はどうしたんだ」

「そんな目の前で広げられるとなんだか恥ずかしい……です」


包みをほどいて容器のふたを開ける。

ふたを開けるようとした手が一瞬とまった。そして水瀬の方をちょっと見て。

「そんなに見つめるなよ。こっちが恥ずかしいじゃねぇか。もしかして俺のだけ物すげぇ派手な弁当なのか?」

「そう言うお弁当作ってもらったことあるんですか先輩」

もじもじしながら水瀬は言う。気のせいか顔がほのかに赤く見えるのは相当恥ずかしいのか?


ふたを開けると、いたって普通の弁当だ。

卵焼きがあって唐揚げあり、手作り弁当の定番と言う感じ……手作り弁当の定番とはどんなものかは俺も良く分かんねぇけど、見た目も悪くない。カラフルだ。


「お、綺麗じゃないか彩もいいし」

「そ、そうですか、私お茶持ってきます」

スッと席を立ち、給茶機の所に真っすぐとわき目を振らずに向かう。

なんだ緊張してんのか?

さっそく弁当に箸をつけ始めると、お茶を持ってきた水瀬がゴクリと喉を鳴らした。


「な、なんだよ。そんなに見られると食いずれぇじゃねぇか」

「ど、どうですか?」

「うん、うめぇ。卵焼き甘くて俺好みだ」

「そ、それはかよかったです。私も卵焼き甘めが好みなんで」

「だよな、卵焼きは甘くねぇと美味くねぇ」

「ですよね」

ようやくにっこりとした顔を見せた水瀬。ゆっくりと自分が座っていた席に腰を落とすと、ほほに手をついて俺が弁当を食っている姿をまた見つめている。


その顔はさっきとは違って何か愛おしい感じがする。

なんかがむしゃらに食っている。こんな感じに食うのは高校の時以来かもしれない。

弁当の中身はアッという間になくなった。平らげた。


「ああ、美味かった。ありがとうな水瀬」

「ううん、どういたしまして。先輩」

にっこりとほほ笑んで水瀬は返した。何か安心した様な感じでまた俺を見つめる。


「あのね。……先輩」

「ん、なんだ」

「ううん、ありがとうございます」

「なんだよ礼を言うのはこっちの方なのに、何でお前が礼を言うんだ」

「だって、本当に全部食べてくれたんだもん」

「当たり前じゃねぇかそんなの。本当に美味かったぜ」

「本当に?」

「ああ、嘘じゃねぇ」

うふっとほほ笑む水瀬の顔はちょっと可愛い。


「お前、頑張ったんだよな。絆創膏までしてさ」

俺がそう言うと、さっと絆創膏をした手を隠した。

「んっもう先輩の意地悪。そう言うのは口に出さないでください」

今度は少しㇺッとした顔になった。

見ているこっちが面白い。


スッと彼女が壁に張り付いている時計を見て

「あっ、もうこんな時間。私もう戻りますね」

「そうか」と軽く流すように受け答えると「先輩はもう少し休んでいてください。処理の方は後私の方で進めることが出来ますから大丈夫です」

「んっ、ああ、じゃぁ、頼もうかな」

「はい、任せてください。て言っても私のミスなんですけどね」

にっこりと笑って水瀬は自分の弁当をかたずけ早々にオフィスへ戻った。


その後、入れ違うかの様にマリナさんが俺の所に来て。

「ふぅ、浩太あんたやっぱりいい男だね」

「何ですかいきなり。ぶ、マリナさん」

「はいこれ。お弁当もう一個持ってきてやったよ」

「ど、どうしてそれを」

「浩太ってさぁ、いい男なんだけど物凄く抜けてるとこあるんだよね。この弁当、ディスクの上に置きっぱなしだったよ」


あ! つい、いつもの癖で置いていたんだ。て、事はこれ水瀬も目にしていた。

まさかなぁ。彼奴何も言わなかったぞ。


「まぁ、浩太がお弁当持ってくるのは今に始まったことじゃないしね。繭ちゃんでしょ。最近作ってくれなかったみたいだけど」

「うっ!」

「まぁいいんだけど、どうするのこのお弁当。浩太もうおなか一杯でしょ。私が食べよっか」

「いいっすよ」

「いいってまさか食べないで持って帰るの?」

「食う!」

「へぇ――、まだ食べれるんだ」


「腹一杯でもせっかく繭が作ってくれた弁当だ。そのまま返すわけにはいかない」

「そっかぁ、じゃ、がっばって食べてね」

2個目の弁当を開けた。


昨日の夜の残り物……じゃないよなこれって。

俺のために、ちゃんと作ってくれていた。卵焼きも俺好みの程よい甘さ。

煮物か、彼奴らしいな。

なんだかんだ言ってさ、繭のやつ新たにちゃんとしたおかず作ってんじゃんか。何が残り物の処理だ。


繭の弁当を食いながら、ふと思い出す。

おふくろが毎朝持たせてくれた弁当。そういえば、おかず同じものって言ったら俺が好きな卵焼き以外は毎日違うものが入っていたな。

あんときは何も気にすることなく、ただ弁当をからにさせていた俺。

帰ってからおふくろは弁当のことは何も聞かなかった。


「おいしかった?」かとか。ただからの弁当箱を開けたときににこっと微笑んだ顔をするだけだった。

でもその顔がものすごく幸せそうな顔をしていたのは覚えていた。

こうやって飯が食えるっていうのは、本当にありがたいことだ。

手つくりの弁当には、想いという味付けもされているんだなってしみじみと思った。


二人の想いを今日は腹いっぱい堪能した気分だ。


「ごちそうさん」


でもよう、さすがに腹きつい。


ああやっぱり高校のときみてぇにいくらでもっていうのは、もうきかねぇ年に突入していることを実感する俺だった。



家に帰って、テーブルに置いておいた弁当箱を繭が開けると。

ふっとしたやわらかい顔つきをした。

微笑んでいるわけでもなく、いたって普通の表情なんだが、なんだか温かさを感じる顔だ。


「あのさ、浩太さん」

「あん、なんだ」


「ありがとう」


そう一言言って繭は弁当箱を洗い始めた。

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