第110話 あなたの部屋に私のパンツ干しています ACT2
ピコピコ、ピコピコ。
「う――ん。眠いよう、て、もうこんな時間なの! 今日は朝から講義があるのにぃ」
ああ、やってしまった。久々の寝坊。
あと1時間。この1時間で準備を整えて、出ないと間に合わない。
昨夜は何となく寝付けなかった。
浩太さんに出会って懐かしさのあまり、あれやこれやいろんなことを考えていたせいだろう。
でも、あの時本当はほとんど話せなかったんだよね。
浩太さんは「久しぶり」とだけしか言ってくれなかった。まぁ私もそうだったんだけど、その後、すぐに別れちゃったんだ。
本当はさぁ、「浩太さん」って言って抱き付きたかったんだけど、実際本人の前だと物凄く恥ずかしくてさ。
「はぁ」連絡先だけでも聞いておけばよかったかなぁ。
でも、今更なんだよねぇ。
浩太さんだって……彼女くらいるよねぇ。も、もしかして……結婚、してたりして……。うん、十分ありうるよ。
キュツ。ザー。シャワーのお湯が頭から私の体を包み込む。
「そうだよね。もう私の事なんか……」
それでいいんだよ。
浴室から出ると、セットしてあった珈琲サーバーから香ばしい香りが立ち込めていた。
コポコポともう少しで出来上がる合図がした。
あいかわらず猫舌の私、カップに出来上がった珈琲を注ぎ冷ましておく。すぐになんか飲めないよ。
クローゼットを開けて「んー」と中を見ながら考えこむ。
今日はどうしよっかなぁ。まだ暑くなりそうだし、なんか最近ワンパターンなんだよねぇ。
服、もうそろそろ秋物も出しておいた方がいいのかなぁ。そんなことを思いつつも、またブラウスにちょっと丈の長めのスカートを取り出し、ベッドの上に広げる。
「ま、いいかぁ」もう半分以上惰性で選んだ服を眺め「そうだ、今日はチーフつけて行こ」
お気に入りのオレンジ色のチーフを取り出し、服の上に置いた。
そのチーフを見つめながら「何かいいことが起きそうな気がする」そんな思いがわいてきていた。
ようやく冷めて来た珈琲を口にして、時計を見るとその針はいやおうなしに進んでいた。
「んっもう、こんなに時間て進むの早かったけ」
広げた服を着て、メイクを施す。
化粧品も今やそれなりに一式そろえている。その数も日ごとに増えているのが最近の反省点。メイクも少し濃いめになってきちゃった。
あの頃からすれはなんだけど……。
今は何不自由なく暮らすことが出来ている。
武村のおじさまが私の後見人になって、ううん、私を本当の娘の様に大切にしてくれている。
こんな私を、本当に大切にしてくれている。
その恩に答えないといけないのは十分に分かってはいるんだけど、でも、もう少しこの自由を満喫したい。
それが我儘だということくらい分かっている。
「さて行くかぁ」カバンを持ち、靴を履いてドアのカギを閉めようとした時。
隣のドアが開いた。
「ううううっやべぇ。遅刻するぜ!」
その声に反応するように彼の姿をこの目に入れる。
頭はぼさぼさ、シャツは何とか着ているけど、ネクタイは仮結びの状態。
その人を見つめ、一瞬息をのんだ。
「浩太さん?」
彼が私の声に気が付き、こっちを見てきょとんとしていた。
「ま、繭? え、う、嘘だろ」
なんだか一気に私の頭に血が上がった。
「な、何で、どうして、そんな、嘘でしょ、本当に、どうして? マジに? ええ、馬鹿じゃないの、馬鹿だよ! 信じらんない! 変態、おやじ、スケベ。馬鹿……馬鹿、馬鹿馬鹿……浩太のバカぁ―!!」
もう止められない。ううん止めたくない。もうどうでもいい、どうなったて構わない。だって体が勝手に気持ちが勝手に……。
浩太さんに抱き付いて泣いた。今まで溜めていた、私の中でずっと溜めていた想いが一気に溢れて来た。
「お、おい繭。本当に繭なのか!」
「うん、繭だよ。繭だよ。私、私ずっと本当は……。昨日本当はとっても嬉しかったんだよ。こうしてすぐに抱き付きたかったでも、でも……もう我慢なんかできない。我慢したくない」
浩太さんの腕が私を包み込む。
「馬鹿か。……まったく支離滅裂だぞ。何言ってるのかさっぱり分かんねぇ。でもよう……」
俺もお前の事忘れられねぇんだよ。
あの日。
俺は一人の女子高生と出会った。
部屋の前で鍵をなくし、うずくまっていた女子高生。
月夜の晴れた夜。
俺の隣に引っ越してきていたのは俺好みの可愛い子だった。
そこから俺たちの共同生活は始まった。
その女子高生の名は、
彼女の出会いはこの俺の人生を大きく変えた。
大学卒業直前に俺は、長年付き合ってきた彼女から突然別れを言い渡された。
その理由も知らずに。
それから惰性と怠惰の生活が始まった。
本当はこのままじゃいけねぇことくらい、自分が良く分かっていた。
だからと言って守る物も何もない。ただ時間に浮遊するだけの人生。この先の事なんかどうでもいいと投げ切っていた俺に、一つの想いが生まれた。
それは、繭を守りたいという想いだった。
だが、実際は繭がこの俺を支え、そして変えてくれた。
繭との出会いは俺の時間の歩みを変えてくれた。
まだ高校生なのに、もうじき30になろうかとしているこのおっさんが、女子高校生に救われたんだ。
繭が俺に
たった3ヶ月の共同生活。
あれは単なるきっかけだったのかもしれない。
そしてこれから俺たちの新たな生活が始まった。
「ねぇねぇ、浩太さん懐かしいでしょ」
「ぶっ! お前、何着てるんだよ」
「ああ、何よその「ぶっ」て! せっかく高校んときの制服着てやったのに。まだ女子高生でやっていけるでしょ」
ちらっとスカートをめくりパンツを見せつける。
「ねぇ欲情した? 欲情したでしょ。やっぱ私まだまだいけるわ。このまま外歩いたって違和感ないんじゃない?」
「じゃ、俺は遠慮しておくよ」
「どうして? ねぇねぇ、どうしてよこんなに可愛い女子高生と一緒に手つないで街ん中歩けるんだよ。ないよう、そんなことあと浩太さんになんか、絶対にないことだよう」
「あのなぁ俺、職質されたくねぇんだけど。いや現行犯逮捕だなこりゃ」
「それじゃさぁ、ちょっと年の離れた仲睦まじい兄妹ていう設定で行こうよ。おにいちゃん!」
「相当無理あるんじゃねぇ。その設定。このゲームじゃねーし」
「だってさぁ浩太さんそのゲームばっかやってるしぃ」
「あのなぁ、俺が買って来て、一晩でエンディング見せられた俺はどうなるんだよ」
「ん、もういいじゃん。だって面白かったんだもん」
「おーい浩太いるかぁ」
「あ、ナナさんだ」
「おい、ちょっと待て! 繭、お前その格好で行ったら……」
こうたぁ!!
「お前まだ繭ちゃんにそんな服着させて楽しんでのかぁぁ!」
バキッ!!
「ちょっと姉貴、ギブギブ」
「あらまぁずいぶんと騒がしいですねぇ」
「なははは、マリナさんに水瀬さん」
「ああ、繭ちゃんその格好。もしかしてコスしてたぁ!!」
目を輝かせ水瀬が言うと
「ねぇママぁ、コスってなぁにぃ?」
「ええッとねぇ。お着替えごっこよ」
「お着替えごっこぉ?」
「そうよ、
「繭ちゃんまだ現役の女子高生でやっていけるじゃない。ああ、浩太ついに犯罪者になっちゃうんだぁ」
「あのマリナさん。俺は犯罪者になんかなっていられねぇだろ」
だって俺には、守らねぇといけねぇ
家族がいるんだら……。
その時一筋の風が吹いた。
庭に干す洗濯物がその風にたなびく。
「あ、洗濯物片付けるの忘れていたよぉ!」
「もう今さらいいよ」
マリナさんがあきれるように言う。
だってさぁ……
私のパンツ干してあるんだもん!!
あなたの部屋に私のパンツ干してもいいですか?
おわり。
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