あなたの部屋に私のパンツ干してもいいですか?
第109話 あなたの部屋に私のパンツ干しています ACT1
「えへへへ」
「うふふふ」
にヘラとした顔がさっきからやめられない。
ようやく会えたよ。ううん、会う事が許されたんだよ。
浩太さんの事私の中から消えちゃったのは事実だよ。
あの時、目覚めた私はあなたの事だけを思い出せなかった。
ぽっかりとその部分だけが綺麗になくなっていたんだよ。
多分ね、もう二度と会えないと思っていたから、会っちゃいけないと思っていたから。だから消しちゃったんだよ。
でも……会いたかった。また一緒に時間を刻みたかった。
あなたの傍にいたかった。
誰かは分からないけど、あなたの傍にいたい。それだけでいいと。
ずっと願っていたんだよ。
それが浩太さんだってわかり始めて来たのは、私があのアパートを出たあたりからだった。
本当に離れてしまって、もう会えなくなるんだって、何度かあのアパートに行ってみたんだよ。
でも……もう浩太さんはいなくなっていた。
探そうと思えば探せた、でもそれをしなかった。
それは浩太さんも同じだったんじゃないかなぁ。
お互いこのまま、自分の時間を進めて行けばいい。
私に与えられた新たな時間の進め方を。
そして私はあなたへの時間を止めた。
あなたを浩太さんだと思わない様にした。でもね、いつも浩太さんは私の中に現れてしまうの。
その度にあなたを消し続けて来た。
多分その消しゴムももう無くなってきたんだよね。
消しゴムかぁ……。
もしかしたら先生、私に。
そっかぁもう消すことはやめなさって、もう一本私に鉛筆くれたんだ。
その鉛筆でまた自分の人生を書きなさいって。
先生らしいね。
でもさぁ、書けるといいね、私のこの
私たちの空白の時間は、あの時のままではないはずだから。
何年ぶりに会ったんだろう。
あの頃の面影はもうあの繭からは見られなかった。
大分変わったな。
すげぇ美人になったじゃねぇか。
もう立派な大人だよ繭。
「浩太さん」繭ははっきりと俺の名を呼んでくれた。記憶戻ってたんだ。
そっかぁ……。戻っていたんだ。
それなら。いいや、もういいんだ。
あの頃にはもうお互い戻ることなんて出来る訳がねぇだろ。
何期待してんだ。
そうだ終わったんだよ。
もう戻ることなんて出来ねぇんだよ。またこの東京に戻って、新たな再出発をこれから歩まねぇといけねぇんだ。いつまでも過去に囚われているんじゃねぇ。
繭だってそうだろ。
彼奴は彼奴の人生をもう歩んでいるんだから。
今さら俺なんかと関わる必要も意味もねぇんだよ。
でも、また会えたな「繭」。きっとまた会えると俺は信じていた。
もうそれだけでいい。それだけで俺の願いは叶えられたんだから。
それよりもだこの荷物、どうにかしねぇと今晩寝れねぇぞ。
明日から出社なんだから、急がねぇと!!
飲み屋の繁華街、その路地にひっそりとたたずむ年季の入った焼鳥屋。
店はそんなに広くはない、数席のカウンター席があるのみ。
店の外に立つと、店主が焼く焼き鳥の煙が流れ出し、胃をキュッと軽く締め食欲を増進させる。ああ、これに冷たい生ビールが脳内に叩きこまれるのは、私だけではないと思う。
引き戸をカラカラと開けると、店主の威勢のいい声が……ここは聞こえてはこない。
ほとんどがなじみの客。この店に来店する客は勝手知ったる我が家の様な感覚で、空いているカウンター席にすわり、店主の焼く焼き鳥を堪能する。そんな隠家的な焼鳥屋。そこが彼の父親から受け継いだ
「お、マリナちゃん久しぶりだな」
いつもと変わりない柔和な顔つきが印象的な店主。見た目は焼鳥屋の店主と言った感じをさせない。いや最近はもう焼鳥屋のおやじだ。そんな彼が私を気さくに迎え入れてくれる。
「ご無沙汰、熊ちゃん」
カウンターの奥の方に目をやると、すでに出来上がっているあの二人の姿が目に入る。
「あらあら、もすっかり酔っぱらいのおやじが二人出来上がっちゃっているわね」
そこにいるのはいつものメンバー。村木仙台支社長と、武村さん。今や武村さんは、繭ちゃんのお父さんが残したあの会社の、取締役社長に就任している。
武村社長、本当にご無沙汰しております。
「おお、マリナさんじゃないですか。そう言えば専務にご昇進されたそうで、その若さであの会社の専務取締役とは恐れ入りますよ」
「あら、ありがとうございます。専務と言ってもただ雑務が増えるだけですわ。そちらの誰かさんが、せっかく東京に戻れるチャンスを見事に蹴っちゃったんで」
「あははは、俺はもう仙台に骨をうずめますよ。それはそうと山田、きっちり
「あら嫌だ、八つ裂きだなんて、私浩太にはそんなことしませんわよ。じっくりとまた愛してあげるだけですよ。えへへへ」
「相変わらずですなぁ、マリナさんは。その山田君はお元気ですか」
「ええ、元気ですよ。部長にも昇進しましたからね」
「そうですか……」
ちょっと心もとない感じで武村さんは返した。
「それはそうと繭ちゃん、元気そうだったじゃないですか。先日ちょっとお見掛けしましたもので」
「ええ、繭もあれからしっかりとした娘に成長しましたよ。退院してからしばらくは私たち夫婦の元で暮らしていましたけど、どうしても一人暮らしをしたと言いましてね。私たちには子供がおりませんから、娘として一緒に暮らしたかったんですけど、どうも折れませんでしたよ」
「そうでしたか」
「まぁもうじき大学も卒業なんですが、出来れば将来繭が会社を継いでくれれば梨積にようやく顔向けが出来るんですけどね」
苦笑いをしながら武村さんはビールを煽った。
「そうですねぇ。でもさぁ、繭ちゃんの求めている本当の幸せって何でしょうね」
「繭の本当の幸せですか? ……も、もしかして、でも繭は彼の事は」
「そうかもしれませんでも、もしかしたら、奇跡が起こるかもしれませんよ」
「奇跡って、仮にそうだとしても。繭と彼の年の差は」
「あら年の差ってそんなに重要なのかしら、ねぇ熊ちゃん」
「いいや、俺はそんな小さいことにはこだわらんな。本当に相手の事を思いやることが出来るんだったら、年の差なんて一切関係ねぇ。俺は、今幸せだ」
「だ、そうよ武村さん。繭ちゃんの親代わりとして、一応覚悟だけはしておいた方がいいんじゃない」
「ふぅ―、そんなことをマリナさんが言うからには、何かまたやってくれましたね」
「さぁ、私は何もしていないわよ。あとは本人たちのことですからねぇ。えへへへ」
ねぇ熊ちゃん。ボン尻まだぁ!
あと少しで焼けるぜ。
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