第69話 再会 ACT1

城環越大学付属病院じょうかんえつだいがくふぞくびょういん


「ほへぇ―、大きな病院。本当にここ病院なの?」


近代的なガラス張りの建物を中心に、周りは緑豊かなまるで公園の様な敷地が広がる。

一件どこぞの巨大な博物館の様な感じがする場所。


病院とはもっと暗く陰湿なイメージしか私は持っていなかったから、こんな感じの所だったら、なんだか病院に来るのもまんざら悪くも無いような気がする。


私と、杜木村さん。そして浩太さんの3人は今、鷺宮先生が入院している病院に来ている。

都心から少し離れた場所にある大学の附属病院。


およそ1時間ほど特急電車に揺られ、見知らぬ土地にあるこの病院へとやって来た。


無論、鷺宮先生には内緒で来た。

先生は私が自宅に赴いた2日後入院したらしい。最もその入院日は決まっていた。だから思いがけず私が訪ねたことに、先生は感激してくれたんだろう。


あれからすでに2週間以上たっている。杜木村さんの話だと、今は状態は大分おちついていて、結構暇をもて遊んでいるから、いい刺激になるんじゃない。と言ってくれていた。



本当は私一人。ううん、浩太さんは鷺宮先生、友香さんと絶対に会うべき。このまま会わなければいつまでも浩太さんは過去を引きずることになる。何となく鷺宮先生は病気が原因で浩太さんの前から姿を消し、別れを告げたことは、この前の話を訊いていたから察しはつくが、それがどな病気なのかまでは杜木村さんは教えてくれなかった。


それに先生が入院していることもどうして、私が知ったかと言う事も私一人だけ、いや浩太さんが一緒だとよけいに話が大変なことになりそうだから、杜木村さんが「だったら全て私のせいにしなさい」という事で、この3人となったのだ。


しかし、浩太さんは朝から「俺は行かねぇ」と意地を張っていた。


意地と言うよりは多分怖いんだろう。


鷺宮先生に会う事が彼にとって何を意味することなのか。そして先生が……、いいえ、友香さんが浩太さんを受け入れてくれるのかどうかと言う事を一番気にしているようだ。


杜木村さんは、「大丈夫、大丈夫」と浩太さんの肩を何度も叩いていたけど、「う、うん」とだけしか返事をしない。



今、浩太さんは。

自分の過去に向き合おうとしている。



コンコン、病室のスライドドアをノックして、ゆっくりと横にドアを開いた。


「はぁい友香、元気してる?」


「はぁ、燈子とうこ来るなりげんなりするようなギャグ言わないでよ。元気な人がどうして病院のベッドの上で黄昏たそがれなきゃいけないんでしょうかね」


「ははは、それもそうだわ。はい、お見舞いのお花。うちのケーキでもと思ったんだけど、友香にはやっぱり花が似合うからね」


「……綺麗。家の花たち今頃どうしているんだろうかなぁ」

「お母さんがちゃんと世話してくれているみたいだよ。綺麗に咲いていたから」


「そっかぁ、まだ咲いていてくれているんだ」

窓から、ゆっくりと空を見上げた。


「そうだ今日はさぁ、ちょっとした連れがいるんだぁ」

「ちょっとした連れって、三島さんなんでしょ」

「さぁどうかな。おいで」

病室の外で待っていた私を杜木村さんは呼んだ。


「……先生」


「あ、繭ちゃん。どうして? どうして燈子と……」


「うふふ、びっくりしたでしょう」

「うんうん、凄いびっくりした。でもどうして繭ちゃんと燈子が?」


「あのさぁ、私も正直運命としか言いようがないんだよねぇ。繭ちゃん、今、うちのカフェでバイトしてるんだよ。しかもさぁ、今の高校の担任なんと三島の奴なんだ」


「ええ、嘘、そんな偶然てあるんだぁ。そっかぁ繭ちゃん頑張っているんだねぇ。本当に良かった」


先生は笑顔で私の顔を見つめていた。

そして私は先生に向けてこう言った。


「私がバイト決めたの、先生の家から帰った時なんです。先生と出会って、私も一つ前に進めたくなっちゃったんですよ。でも、こうして杜木村さんや、今の担任の三島先生との繋がりが全部鷺宮先生と繋がっていたなんて思いもしませんでした」


「そうなんだ……。ごめんね入院の事隠していて」


「ううん、そんなことないですよ。心配かけさせたくなかったからでしょ。先生」

「そ、そうだけど……」

少し寂しげな感じを先生は投げかけた。


「あ、そうだ私お花、花瓶に活けてきますね」

何となくその場にいることが苦痛に感じて来た。先生のあの顔を見ていると私の胸が締め付けられるような感じがしてくる。


「ありがとう。空いている花瓶、そこの戸棚の中に入っているから」

言われた戸棚を開け、花瓶を手に取って、私は杜木村さんから花束を受け取った。


給湯室に行き、すぐにメッセージアプリで、浩太さんにメッセージを送った。


「今どこにいるの?」

「外の中庭」

「どうしてそんなところに?」


「どうしてって……」

「怖いの?」


その後の返事は戻ってこなかった。


「浩太の意気地なし!!」


私は呟きながら、もってきた花を花瓶に活けた。


病室の近くに行くと、空いたドアから二人のたわいもない会話と笑い声が聞えて来た。

「本当に杜木村さんと先生は仲のいい親友なんだ」

二人の間に入るのが少し気が引けたけど、私は病室に入った。


「先生どうですか?」

「綺麗。お花も、そしてあなた。繭ちゃんも」

何となく照れ臭かった。


花瓶を窓辺の棚の所に置いた。日の光が色とりどりの花たちを輝かせているような感じがした。


その花を見ながら先生は「ねぇ繭ちゃん、私の事訊いたの?」と言ってきた。

全てを訊いたわけではなかったけど私は頷いた。


「……そう。そっかぁ」と先生は言った。


「燈子、あなた喋りすぎよ。何でもかんでも言わないの」

ちょっと怒った感じに聞こえるけど、多分先生は怒ってはいないだろう。


「ごめん。彼女にはある程度の事話してやったよ。私も繭ちゃんには隠しておけなかったからね。繭ちゃんと友香の事私も三島から聞いていたから」


「うん、そうなんだ。やっぱり繭ちゃんには、隠しておいちゃいけないのかもしれない。……そう言う事なんだぁ。だからさぁ、もう昔みたいには戻ることは出来ないんだよ私。もう昔みたいには……」


ドキンと胸がなる。胸が少し締め付けられるような気がする。


「ち、違うと思います。先生」

「えっ! 違うって」



「昔に戻るんじゃなくて、……今から始まるんです」



「……でも私はあともう」

「それでも、今から始まるんです。先生の幸せは……。私は先生にも幸せになってもらいたい。先生よく私に言ってたじゃないですか。幸せは……、必ずやって来るって」


私の目からは涙があふれ出していた。


そんな私を先生は抱きしめてくれた。やせた、細い腕で。強くそして優しく。この先生の温もりを忘れないでほしいと願う気持ちが私に伝わって来る。そう、この先生の温もりを私は忘れてはいけない。



「先生……。私、先生にどうしても会わせたい人がいます」



私はこの時はっきりと感じた。




好きなんだ。……私は愛しているんだ。だからあなたには幸せになってもらいたい。


浩太さん。



 

……愛しています。だから幸せになってもらいたい。

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