第54話 遠からずも俺の傍にいろ ACT2
こんなに広かったのか、俺の部屋は。
一人自分の部屋に立ちすくみ、何も音がしない無音に近い状態が、俺の心をなぜか空虚な感覚に追い込んだ。
この感じは友香が俺の前から去った時によく似ている。あの虚しさと悲しみ……寂しさ。
そうだ、寂しんだ。
一人暮らしがいかに虚しく寂しいものであるかという事を、改めて感じさせた。
今日は繭が有菜ちゃんの所に泊まりに行ったのはもしかして、俺と水瀬に気を使っての事かもしれない。でも水瀬も今日はなぜか俺の所には寄らず自分の所に帰った。
これに何か意味があるのかは分からない。
もし水瀬が今俺と一緒にこの部屋にいれば、多分お互いを求め合う行動に出ることは間違いないだろう。
水瀬大丈夫なのか? 帰る時は大丈夫そうだったが着いたら一気に……。て、言う事もある。少し水瀬の事が心配になる。
「大丈夫かぁ」と一言水瀬にメッセージを入れておくべきか。スマホを手に取りメッセージを入れようとしてその指が止まった。
多分それをきっかけに俺は、水瀬をここに呼び込もうとするかもしれない。
俺が呼べば、水瀬は来てくれるだろう。
「いったい俺は何を考えているんだ!」
寂しいから、水瀬を呼ぼうとしているのか?
ベランダに出て煙草に火を点けた。
ふと見る隣との仕切りの板。
見た目はきっちりとはまっているが、実は簡単に取り外しができてしまう。
繭の部屋に行こうと思えば、いつでも俺はいける。
だが、行ったところで何があるというのだ。
あの暗い部屋の中に今は繭の姿はない。
「浩太さん」
今にでもこの仕切り板を外してひょっこりと、にヘラと笑う繭の顔が出てきそうだ。
いかんいかん!
俺は何を考えているんだ!!
いま、心に隙間が出来始めているのをこの俺は実感している。
友香の事を……、俺の中から消し去ることが出来る隙間。
少しづつ、その隙間が俺の心を変えて行ってくれているのは確かなことだ。
煙草が苦い。
ゆっくりと有菜の唇が私から離れた。
「またキスしちゃったね」
恥ずかしそうに有菜が言う。
「う、うん……」
何か変な感じだ。同じ女子同士でのキス。
男の人とのキスとは違う感じがする。
でも、私が今までしてきたキスは自分が望むキスじゃなかった。浩太さんとのキスを除いては。
「ねぇ、繭たんお風呂入ろうか。このシャツも洗濯しないと、焼き肉屋さんの匂いが付いちゃってるし」
「ありがとう」
「それじゃ私準備してくるね」
有菜は私の体から離れ、お風呂の準備に行った。
有菜の体の温かさが、スゥ―と抜けていくような感じがした。
人の肌の温もりは、なぜか心が休まるような気がする。
でもあの時の肌の触れ合いは安らぎよりも、虚しさの方が大きかった。
義理の父親に無理やり犯された時は、何も考えることが出来なかった。感覚も何も痛みさえも感じなかった。
ただ触れ合う肌はとても冷たく感じた。
ただ体が感覚的にまるで機械の様に反応していたにすぎない。
家を飛び出し、抱かれた男の人達も同じだった。
「君可愛いねぇ」そんな言葉を耳元でささやかれても、ただ耳元で雑音が聞こえているような感じにしか聞こえていないかった。
行為が終われば、私の体は動かす事すらめんどくさい位、虚脱感で一杯になる。
自分が自分でない時。
私の体はただの人形のようなもの。魂の消えたただの形だけの人形。それがあの時の私だった。
人肌の温もり。それは、心の温もりなのかもしれない。
有菜の温もりはとても温かい。
この温かさを私はずっと求めていたのかもしれない。
お風呂から上がると一気に何か溜まっていたものが抜け出したような感じがした。
「ああ、ホンとさっぱりしたねぇ」
「ホントだねぇ」
有菜のベッドの横に布団を敷いてくれた。
有菜の部屋。もっといろんなものが所狭しと置かれているような感じがしたが意外とシンプルだった。
「えへへ、私の部屋もほとんど何にも無いでしょ」
「でも、私の所よりはなんだかんだあるんじゃない?」
「そうかなぁ、わたし、あんまり物を飾っておくの好きじゃないんだ。ほら辞書とか教科書は、本棚には置いておかないといけないなって思っているくらいで、好きなものとかもあんまりないしさ」
「本棚かぁ、私も出来ればほしいけど」
「……欲しいけど、あの部屋じゃ置けないよね」
「うううう、そうだよねぇ。お布団敷くところしかないからねぇ」
時折、エアコンから吹く風が私の体に触れる時、スーとする感じが心地いい。
有菜が自分のベッドじゃなくて、布団にごろんと寝そべった。
「ああ、お布団に寝るのってほんと久しぶりだから、なんだかとても心地いいなぁ」
私もその横に体を寄り添わせた。
二人の髪から同じシャンプーの香りが漂う。
不思議と引き付け合うようにまた私たちの唇は重ね合わさった。
ゆっくりと長いキスが続く。
抱き合う体から互いの体の温もりが通い合っていく。
有菜の手が私の胸に触れた。
「やっぱり、繭たんの胸大きくてとても柔らかいよ」
さわさわと有菜の手の感触が私の胸に伝わってくる。
その感触が次第に別な感じに変わってくる。
「はぁぅ……」
いけないのかもしれない。……でも、止めてもらいたくない。
もっとこの温かさを私はこの体全体で感じたくなってくる。
「私、繭たんを縛るようなことはしたくない。繭たんの事好きだけど、繭たんを独占しようなんて思ってもいない。でも、私は繭たんが好き。私のこの我儘な気持ちを繭たんは受け取ってくれる?」
「我儘なの? 有菜。でも私も同じかもしれない。私も有菜のこの温もりをずっと感じていたい」
「私たち変じゃないよね」
「うん、変じゃない……ただお互いに求めているだけ」
今はただそれだけでいい。
有菜と肌を触れ合わせる事で、私は何か安らぎを感じている。
そのゆりかごの中にいるような心地よさの中ふと、浩太さんの顔が、浮かんできた。
たぶん今頃は浩太さんも、水瀬さんと……。
浩太さんを少しづつ変えていってくれていたのは、水瀬さんなんだから。
二人が寄り添う姿を脳裏に収めながら、私は有菜を受け入れた。
特異的な関係。でも私はこの温もりから脱したくはない。
好きとか、愛とかじゃなくて、安らぎを求めて私は落ちていく。
それでいいんだと思う。
有菜、あなたのその心の寂しさと体の温もりが私のこの心を埋めてくれるとは限らない。でも……、私たちはお互いを求めあっていることは事実だ。
高校生の時代にしては、重い心の傷を受けていたのをまた再認識していた。
私は……。
出来ればもう一度前に進みたい。
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