第37話 繭と水瀬……俺はついで ACT2
「あらあら、大の大人がなんてざまかしら」
熱を上げて寝ている俺ら二人。
確かに部長の言う通りだ……ざまぁねぇな!
高校生の繭に二人とも介抱されちまうなんて、大人失格!
「部長済みません」
かろうじて起き上がり、一言詫びの言葉を入れたつもりだったが、部長から帰って来た言葉は
「私よりも繭ちゃんに、ちゃんと事の次第を説明しなさいよ」
繭を見ると目が赤い。
泣いていたのか? どうして……、そうだよな。いきなりこんな状態じゃ泣きたくなるよな。
「ごめんな繭」
繭にも詫びを言うと繭は大きく首を振った。
「そうじゃない!」
「そうじゃないって」
「そうじゃなくて……ごめん。私一人でいろなこと考えてたら混乱しちゃって」
混乱? また何かを思い出していたのか繭の奴。
「そうか、でもごめんこんな始末で」
「先輩が悪いんじゃないんです。多分私のせいかも……」
水瀬が申し訳なさそうに話し始めた。
「本当は私、朝からちょっと風邪気味で調子が悪かったんです。でも今日はプレゼンの日でしたから、ちょっと無理してたんです」
「水瀬、お前朝から調子悪かったんだ」
「……そ、それで、プレゼンが終わった帰りに雨が降ってきて、雨宿りしたところがホテルで……わ、私先輩にキスしたんです。……ほんとキスだけなんです。あとは何もそれ以上の事は何もしていないんです……ご、ごめんなさい」
「ふぅ、まったく。それくらいの事で謝らなくてもいいんじゃない水瀬さん」
「……部長」
「ま、そう言う事らしいわよ繭ちゃん」
「はぁ、……」
なんだか収集が付いたようなついてない様な、俺にもこの状況がどうなっているのかさっぱり分からん。でも体中がきしむように痛み出しているのは良く分かる。
「私たち3人隠し事はなし、これでこの協定は守られたわね」
「でもでも、今日部長と先輩キスしていましたよね」
「あ、ごめぇーーん。そうだったわねでもあれは挨拶程度のキスよ。だって舌入れて絡ませなかったでしょ。ディープじゃないもん」
「んん、それじゃ私だって……でも、ちょっとディープだったかな」
「ああ、顔中に唾吹っ掛けられたしな、くしゃみして」
「だってだって、出ちゃったんだもん……キスした直後に。ホントごめんね繭ちゃん」
おいおい、謝る相手間違ってねぇか水瀬。
「はぁ~、なんか私疲れたよぉ。ねぇ、マリナさん」
「ホント、でもこれだけ話せるなら大丈夫そうね。今日は病院もう終わってるし、熱だけみたいだからおとなしく寝てなさい。何か食べたいものでもある? あ、無理か! いいよいいよ無理しなくても」
「あのぉ、食欲はないんですけど喉が渇いちゃって」
「はいはい、スポーツドリンク買ってあるから、後は自分たちでやりなさいよ。本当はあんたたち独り身なんだから、一人寂しく寝てなきゃいけないのにね。良かったわね仲間が近くにいて、ねぇ繭ちゃん」
「はぁ、そうですね」
ああ、繭まで押されてるよ部長に。
でも優しそうな言葉に、何かチクチクと刺さるとげを感じるのは俺だけか。
「さぁてと繭ちゃんお腹空かない? お寿司買ってきたんだぁ、二人で食べようよ」
「わぁ、お寿司ですか、ありがとうございます! うんうん食べよう」
「うふふ、繭ちゃん機嫌なおった? 特上寿司なんだけどあの二人は無理だからお腹いっぱい食べましょうね」
「はぁい、マリナさん」
やっぱり食べ物は強しか。繭も機嫌なおしてくれたみたいだ……部長感謝!!
「あ、そうだ浩太」
浩太? そう言えば喫煙室でも名前で呼んでいたな部長、いや、マリナさん。
「はい、なんでしょう」
「二人に特効薬やるの忘れたわ。決まったわようちに、今日のプレゼン」
「えっ!! マジっすか?」
「本当よ。おめでとう浩太」
「やったな水瀬」
「はい、やりました。おめでとうございます先輩」
「水瀬も頑張ってくれたおかげだよ。ありがとうな水瀬」
「そ、そんな……先輩からありがとうなんて……、私嬉しいです」
「はいはい、嬉しかったら二人とも早く治してくださいよ。これからハードスケジュールなんですからね」
「はぁ―い」
「まったくこの二人は」
マリナさんはちょっとあきれるような感じで言う。
でもよかった。決まってくれて……、これからが大変だけど……
緊張が一気におどけたのか、物凄く眠い。
寝るか……朝になっていればこの程度の熱下がっているんだろう。
「静かになったね、繭ちゃん」
「二人ともねむちゃったみたいですから」
二人ともスースーと寝息を立てている。ようやく何とか落ち着いてきたんだろう。一時はどうなる事かと思ったけど、本当に助かった。
でもさすがマリナさんだてに部長はやっていないんだと思った。
会社でもこんな感じなのかな?
浩太さんや水瀬さん、そのほかの人たちの事全部見ているんだよね。
なんだか学校の先生みたい。
……先生かぁ。
どうしているかなぁ。先生。
毎日私がいた施設にプリント持ってきて、一緒に勉強したんだよね。
体弱かったから無理出来ないのに、毎日来てくれた先生。
いつもニコニコして笑ってた綺麗な人だった。
長い髪に白くて透明な肌。
本当に優しくていつも励まされていた。
先生がいたから、なんとか高校にも留まることが出来ていたんだ。
でも私は戻ることは出来なかった。
先生の所に戻ることは出来なかった。
「どうしたの繭ちゃん?」
「え、なんでもないよ。美味しいねお寿司」
アムっと口にお寿司を口にはこんだ。
「そう、よかったわ」
ニコッとマリナさんがほほ笑む。
マリナさんのその笑顔を見ていると、とても落ち着く。
先生みたいだし、そして私のねぇさんみたい。
なんだかあったかい気持ちになれる。
「ねぇ、繭ちゃんは将来の夢ってあるの?」
「将来の夢ですか? んー、……ないなぁ」
「そっかぁ、まだ定まっていないかぁ。でもね、もうそろそろいいんじゃない? 自分のために見る未来の夢を持っても」
「自分のために見る未来の夢?」
「そうよ、自分だけの自分の為の未来。過去は過去。過ぎ去ったことをいつまでも引きずっていては前に進めないわよ」
「何でそんなことを……」
「あなたと浩太、物凄く似ているんだもの。何か過去に縛られて、もがいてそれをなぜか大切にしている。二人を見ているとなんだか昔の私を見ているような気がするんだ」
「昔の自分をですか?」
「そうね、昔の自分。いやで悲しくて、忘れたい過去だけど、なぜかその過去を必死に守っていた自分。でもね、そんなことをしていたら前には進めなくなっちゃうのよ。過去を全て切り捨てろなんては言わないわ。だってその過去があるから今の自分があるんですもの」
「今の自分ですか? でも、私は……ううん、なんでもない」
「別に話そうとしなくてもいいわよ。いま、あなたの周りにはそのことを詮索しようなんて思う人はいないはずよ。それに、その過去がどんなことであったにせよ、今の繭ちゃんをみんなはしっかりと見てきているから、きっと受け入れてくれると思う。あとはあなたがその過去とどう向き合うかだけなのよ。そして……このことは浩太にも言える。彼が封じ込めている自分の想いを、いつの日かと解き放つ事が出来る人が現れたら、彼の人生は変わってくるはず。それが誰かは分からないけどね」
胸の奥がいたい。
でも、なんだかとても温かい気持ちになれた。
前にかぁ……。
進めるのかなぁ私は……。
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