第22話 水瀬愛理 ACT3

ガチャッと水瀬は自分のドアを開けた。

ゴクッと生唾をなぜか飲む俺。


部下とはいえ女性一人暮らしの部屋に、今俺は入ろうとしている。

「何緊張してんの?」

繭がそっと俺に囁いた。

「俺緊張してるか?」

「うん、もろ顔に出ているよ」


「さぁどうぞ」


開かれたドアの向こうは20代前半のうら若き乙女の一人住まいの部屋。

そこに足を踏み入れようとしているのだから、緊張するなと言うのが無理なことだ。……俺にとっては、の事だかが……。



「適当にそこらへんに座ってくださいね。今飲み物用意しますから。あ、それと先輩、勝手に箪笥とか開けないでくださいよ」

水瀬は笑いながら俺にくぎを刺す。


「大丈夫ですよ。浩太おにぃちゃん女性にあんまり興味ないんで」

「ええ、そうなのぉ?」


キッチンの方からか壁伝いに、水瀬の声がうわずった感じで聞こえて来た。


「もしかして先輩って、それこそ同性に興味あるんですか?」


トレーに氷の入ったグラスとオレンジジュースを持って水瀬が俺の前に来て、キッとにらみつけた。


「馬鹿な! 俺は同性愛者じゃねぇってんだろ」


「あら、それなのに女性に興味がないなんて、先輩って何なんですかねぇ……ねぇ繭ちゃん」

「う、くくくくっ」

繭は笑いたいのを必死にこらえている。


「ねぇ、ねぇ、まずはそこ詳しく聞かせてもらえないかなぁ繭ちゃん」

「ええっ、私からは言えないなぁ」

「なぁに何か秘密ありありの感じなんだけど」


おい水瀬! 何故お前は俺にそんなに興味を持つんだ。会社にいる時はいつもドライじゃないか。


「ねぇどうなの? あ、そうだ繭ちゃん教えてくれたらプリンあげちゃう。昨日買ってきた、生クリームタップリ新作のプリンだよぉ」


「生クリームタップリの新作プリンかぁ、そそられますね」

繭、お前はコンビニのプリンで俺を売るのか!


と、その時テレビの台の下に置かれているゲーム機に、繭は目をやった。


「水瀬さんもゲームやるんですね。好きなんですか?」

「ははは、見つかっちゃった。ゲーム好きだよ」

「だからコスプレにもはまっちゃたんですね」


「あ、分かるぅ? そうなの、ゲームに出てくるキャラにどうしてもなり切りたいて言う衝動が収まらなくて、高校の時なんか毎日衣装作ってたなぁ」


「あのぉ、水瀬さん」

繭はじっと水瀬の顔を見つめて


「浩太おにいちゃんと趣味合いそうですね」

「趣味?」


「うん、浩太おにいちゃんもゲーム好きなんですよ。もうオタクですよ。あ、でも水瀬さんとはやっているゲームの種類違うからねぇ……」


「繭、その先は言うな!」


小声で繭を止めさせた。


「あ、もしかして先輩ってイロゲー専門だなんでしょ」


ギクッ、水瀬にこんなこと知られたら会社での俺の威厳が、ことごとく崩壊されてしまう。


水瀬は俺の顔をちらっと見ながら「ああ、やっぱり」とつぶやいた。

もろに顔に出ていたのを水瀬は見逃さなかった。


「あ、そうか、そう言う事なんだ! 先輩ってもしかしてゲームの女の子しか愛せない超オタク変態だったりすんじゃないのかぁ」


「くくくっ!」

繭がにへらぁと締まりのない顔をして笑う。


「やっぱりそうなんだ。繭ちゃん、先輩どんなのやってるか教えてよ」


「おいそれ以上は勘弁してくれぇ!」


拝み倒すが「はい、新作プリン繭ちゃんどうぞ!」と出されたプリンを目にして。



「ええ、とねぇ『百合のお医者んごっこ』」



ああ、終わった……これで俺は水瀬から変態先輩としてこれから見られるんだ。


「あ、それ私もやってるよ」


ごそごそと積み重なっているソフトケースの中から物凄く見覚えのあるケースを目にして。


「え、マジ……お前、やっぱり」


「あ、勘違いしないでくださいよ。このゲームやっていて、かなぁーりエロイんですけど、出てくる女の子のキャラが可愛くてはまっちゃってるんですよ」


「おんなじだね」と言って俺の顔を見て繭はまた、あの締まりのないにへらとした顔を俺に向けた。


「そうそうこのゲーム、フレンド機能もついてるんだけど、そこでかなぁ―りエッチなこと要求してくる人いるんだぁ。もしかしてそれって先輩いだったりす?」


「なぁ、水瀬、ここはあまり触れないでおいた方が、お互いの為じゃないか……まぁ俺からの提案なんだけど」


なんとかこの話題から逃げたい!


「ま、いいですけどね。それよりも本題! 繭ちゃんに着てもらいた衣装沢山あるんですよ。準備するから繭ちゃん着て見せてね」


「なははは、やっぱり着るんですか?」


「そうよそのために来てもらったんだから。私の見立てが間違っていなければグラビア飾るくらい可愛く仕上がると思うんだぁ。あ、先輩覗いたりしちゃだめですよ」


「へいへい、どうぞご勝手に」


二人が隣の部屋で着替えをあれこれしているうちに、俺はあんまり見てはいけないんだろうが、このもてあました時間を、この水瀬の部屋の中の物をボーとしながら見ていた。


そしてあるフォトフレームに目が留まる。


半年くらい前になるんだろうか。


水瀬の教育期間が終わった時に、俺と一緒に撮った写真が飾られていた。

あの時俺はそんなのいいよって断ったんだが、長野が「山田お前の為じゃないんだよこれは水瀬さんの教育期間終了の記念なんだから」と言って無理やり撮らされた写真だった。


なんかこうしてみると、いやそうな顔がもろに出ているのが良く分かる。

やっぱり、俺って顔にもろ出るんだなぁ。しみじみ思った。


でも何でこんな写真をわざわざフォトフレームなんかに入れて飾っておいているんだ水瀬の奴は……、そんなことを考えていると


「ねぇ繭ちゃんって意外とおっぱい大きいんだ」

隣の部屋から水瀬と繭の会話が聞こえてくる。


「そんなことないですよ、水瀬さんだって大きいじゃないですか。それに形もいいしとても綺麗ですよ」


二人とも今裸なのか……。姿は見えぬが声はする。妄想力はこんな時よけいに力を発揮させてくれる。


確かに繭の胸は大きい方だ。

かたちもまんざら悪くもない。……俺はなにを思い出しているんだ! あれは仕方がないことだったんだ。


それに俺は生身の女にはまだ拒否反応がある。


やっぱり生身よりも、2次元の女の子の方が落ち着く。


しかし、最近感じる。


繭に関しては……俺はあの拒否反応が薄れていっていることを。


繭だけは何か特別な存在であるかのように、俺は彼女を知らぬ間に受け入れているんだろうか……。



27歳にもなるこのおっさんが、18歳の女子高生に心を許し始めているのか。



これはいけない事なのか……

本当にそうならば、いやそれは……

俺と繭の関係はただの……



自分で自分を否定しようとしている、俺が芽生え始めている。

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