第9話 変わる兆しと二人の約束ごと ACT1

繭の作ってくれた夕食。正直言って

ものすげぇー旨かった。なんか久々に家庭の味と言うものにありつけた様な感じがした。


本当に何年ぶりだろう。


「美味しい? 山田さん」


俺の食べている顔をチラチラ見ながら繭も一緒に食卓を囲む。

まぁ、囲むじゃなく対面しているというのが正確な状態だ。


それにここで誰かと一緒に夕食を食べることなんて、初めての事じゃないか。

いつもは弁当をかっ込みながらアニメを見たり、ゲームをしたりしていたのだから……。


「旨いよ、お世辞抜きに」

「よかったぁ。山田さん本当にうれしそうな顔してるから信じるよ」


久しぶりに自分の所で炊いたご飯。しっかりと咀嚼して喉に落とす。

なにより、味噌汁付きと言うのが嬉しい。

ああ、結婚して家庭を持つというのはこういう幸せがあるんだと、しみじみ感じてしまう。


しかもだ繭の料理の手際の良さは感心するほど要領がいい。

相当毎日こなしていなければあの動きは出来ないだろう。

つまりは、今までずっとこうして家族のために、料理を作っていたという事なんだと思う。


それは本当に繭が愛する家族だったのかどうかは分からないが。


「これから毎日作ってあげるね山田さん」

「なんかわりぃなぁ」

「大丈夫だよこれくらい」

にヘラと緩んだ顔で繭が答える。


「あ、それとさぁ、仕事で遅くなる日とか、あと会社の人と飲みに行く時なんかは早めに連絡してくれると助かるんだけどなぁ」

「ああ、そうだ。繭、スマホは? メッセージアプリで登録しておくよ」


「あはは、スマホ実は今持ってないんだ」


「へっ! 持ってないって、壊したのか?」

「ううん、正確には繋がらないんだよ。解約しちゃったから。でも本体はあるよほら」

見せてくれたのは赤いケースをはめたスマホだった。ただ画面にひびが入っていた。


「落としたのか、ひび入ってるぞ」

「うっ、ま、そうんなとこだけど、ガラスフイルムに入っているだけだから写真見たりするのには、そんなに困らないし大丈夫なんだけど」


「どうして解約したんだ、やっぱ料金的なものか」

繭は顔を曇らせ

「そうかな」と作り笑いをした。


それ以上の事は追求できなかった。いや、してはいけないと感じた。


「そっかぁ困ったな連絡が出来ないのも今の時代不便だしなぁ」

「大丈夫だよ、遅ければ遅いなりに対応はできるから、だってこんなに大きな冷蔵庫あるんだもん。山田さん自炊しないのに冷蔵庫だけは立派なのあるんだから」


「ああ、これか。実はこの冷蔵庫姉貴の所のおさがりなんだよ」

「山田さんお姉さんいたんだ」


「おう、二つ上の姉貴がいる。もう結婚して子供もいるけどな。子供生まれるからって買い替えたんだよ、それで今まで使っていたのを俺に強制的に送り付けてきやがった。電話一本よこして。冷蔵庫送るからちゃんと自炊しろだってさ」


「で、やってないんだ」

「ま、ご覧の通りで」

クスクスと繭が笑う。


スマホは何とかしてあげよう。

いやなんとかしてあげたい。

ただのお隣の女子高生なんだが、どうにも繭を見ていると何とかしてあげたくなってくる。


でも深入りは禁物だ。お互いの為でもある。

共に分からないことだらけだが、それでいいと思う。


知らないからこそ、こうして円満な関係が築けることもあるのだから。


「ねぇねぇ、ご飯食べたらどうする? お風呂入る? それなら一緒に入ろっか」


ゴホッゴホッ


「何いきなり言ってんだ。一緒になんか入らねぇよ」


「なはは、やっぱりそう言うと思った。冗談だよ。食べ終わったら自分の部屋に戻るからね」


「ああ、分かった。昨夜はあんまり眠れなかっただろうし、今日は買い物やなんかで疲れただろうから、ゆっくり休めよ」


「うん分かった。ありがとう。なんだか物凄く長い一日だったように感じるよ」


「俺もだ。ご馳走様」


繭は食器を片付けた後「それじゃおやすみなさい。また明日」と言い、にヘラとあの締まりのない顔をして俺の部屋を出た。


バタン。戸の閉まる音がなぜか胸に響いた。


このワンルームが異常に広く感じるのは何故だろう。


たった1日で繭と言う存在がこんなにも、大きな存在になっていたとは。俺自身想像もつかないでいた。





次の日の朝、ほのかなコーヒーの香りとジュッとフライパンからはじける音を耳にしながら目を覚ました。


ぼんやりと目に映るキッチンに立つ女性の姿に、安心感がこみあげてくるのは不思議な感覚だ。


繭か……。あのスペアキーで開けて来たんだろう。


今何時なんだ。朝の7時半、休日に起きるには早い時間だ。

こうしてベッドからキッチンに立つ繭の姿を、眺めているこの心地よさをいつまでも堪能していた気分だ。


そんな俺の視線を感じたのか、繭はふと俺の方に視線を向け

「なぁんだ起きているんだったら、声かけてよ」

ちょっと恥ずかしそうにしながらも、口を尖らせていう。


「おはよう」

「よく眠っていたようでしたね」


「ああ、久々に寝たって言う感じがしたよ」

「それはようございました。もう時期朝食の準備が整います。旦那様」

「旦那様はよしてくれ」

「あはは、照れてんの?」

「うるせぇ!」


ベッドから体を起こし、スエットのままベランダに出て煙草に火を点けた。

ふと、横のあの仕切り板が外れているのに気が付く。


「繭、お前か、この間仕切り板外したの」

「ああ、そう、ベランダのサッシ空いていたから、そっちから来ちゃった」

「あ、そ」

なんともまぁ、此奴と俺との境界線は部屋の壁一枚だけかよ。

それも俺が全て昨日許したことだから、致し方ないか。



これで壁に穴でもあいたら貫通式だなこりゃ。


「出来たよ。食べよ!」


俺をベランダまで迎えに来た繭のその姿を見て、思わずぐっとくるのを抑え込んだ。


繭のエプロン姿……。


何のことはない普通のジーンズ素材のエプロンだったが、思わず見入ってしまう。

い、いかん。このままだと何か飛んでもない妄想ばかりを俺は、此奴に抱いてしまいそうになる。


「何かした?」

「いやなんでもない」


ごまかすように流したが、始めにちゃんと二人の取り決めを話し合った方がいいと俺は思った。

このままだと、ただ流されるだけの生活になってしまいそうだからだ。



「今日はパンにしたんだけど、山田さんて朝食ごんの方がよかった人?」

「んー、そもそも朝食はあんまり取らない方だったからな」

「駄目だよ朝はしっかりと食べなきゃ。一日の元気が出ないんだよ」

「なんかお袋みたいだな」

「もう、女子高生捕まえてお袋みたいなんて言わないでよ」

ちょっとむすっとした感じに言う。そこが何となく幼さを感じさせる。


ハムエッグにパン、コンソメのスープ。レタスにキュウリミニトマトをチョンと乗せたサラダ、そして湯気の立つコーヒー。


立派な朝食だ。


ハムエッグの黄身に箸を入れると、とろぉりとした黄身が流れ出てくる。

いい具合だ。


「山田さんて卵の黄身半熟よりも固めが好みだった?」


「いやちょうどいい感じだ。ただ、白身はちゃんと固まっているのがいいな」

「そっかぁ、じゃ今度はそうするよ。で、ご飯とパンどっちが好み?」


「これだけあれば十分だけど、どっちかといえばご飯かなぁ」

「そうか、ごはん派ね分かった。そうすればおかずの組み合わせも変えることが出来るから」


「そんなに頑張らなくてもいいよ。繭だって学校あるんだろ、大変じゃないか」


「学校? んー、部活もないし、授業が終われば真っすぐ帰ってくるからあとはわりと暇なんだよね」


「部屋で勉強とかはしないのか?」


「やるよ、でもさぁ、去年同じことやってたから学校違っても大体わかっちゃうんだよね」


2度目の2年生かぁ……。

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