第10話 変わる兆しと二人の約束ごと ACT2

「あのさ……」


箸を止めて、繭の顔を見ながら


「繭、」

「な、なによいきなり真顔になって。……もしかして告白するの?」


一気に緊張感が抜ける


「告白? しねぇ―よ。対象外だ」

「なぁーんだ」


繭はそっけなく言い、赤いミニトマトを箸でつまみ口の中にポイと入れた。


「いやそうじゃまくてさ、俺たち出会ってからまだ1日しか経ってないじゃないか。でも俺もそうだとけど、繭自体も同じに感じているんだと思うんだ。もうなんか溶け合っているというか、なんて言えばいいのかうまく言葉が見つからねぇけど、まぁでも俺は社会人のしがないサラリーマンだけど、こうして高校生のお前と、共同生活みたいな感じが始まっちまったことに後悔はしてない。むしろ感謝しているくらいだ。だけど、そのなんだ……」


「わかってるよ。山田さん。山田さんが何を言いたいのかくらいは分かっているつもりだよ」


「わかってるって?」


「だからさ、そんなに肩ぐるしく考えなくてもいいんじゃないない。今こうしているのは、山田さんが私に冷蔵庫を貸してくれるという神様の贈り物ようなことの恩返しと言うか、私が出来ることでの相互交換的なことなんだから別に気にする必要も無いんだよ。私にしてみたらただそれだけの事なんだから」


ただそれだけの事

その言葉がなぜか胸を締め付ける。


「それに高校生の私がお隣とはいえ、独身の男の人の部屋にこうして自由に出入りしていること自他、世間的には好ましいことじゃないくらい理解しているよ」


繭はテーブルを見つめるように少し頭を落として


「でもさ、山田さんは私を傷つけたりはしない人だって、わかってるから」

「ふぅー、そうか」

俺が返せる言葉はそれしかなかった。


「ねぇ、山田さん。山田さんはさぁ、どうして私の事何も訊こうとしないの。どうして転校までして、一人暮らしを始めたのかって。気にならないの?」


「あんまり知られたくねぇことなんだろ。だったら俺は訊かねぇよ」


「……うん。本当はね、私」


「待て、だから言うな。今は俺に言うな。お前が本当に落ち着いて、自分自身の整理がついた時、もし俺に知ってもらいたいと本心で思うんだったらその時に言え。それまでは俺は、お前が今までどんな過去を背負って来たのかは訊かねぇ」


「……うん」


テーブルの上に一粒、そしてまた一粒の涙が落ちていた。


「ほんと山田さんて優しいね。ごめん、そっち行っていい」


繭は横に来て俺を抱き、その顔を俺の胸の中に押し込んだ。

ヒック……ヒックと息を詰まらせながら繭は泣いていた。


「おい繭」

「ごめん少しの間こうさせて」


繭の髪から、甘い香りが俺の鼻に通る。

さらさらとした少し赤茶けた髪。

首筋から繋がる華奢な肩。

何もかもが造り物様な体。

そんな繭を俺は抱きしめたくなる衝動にかられる。


その腕が動こうとした時

「さよなら……浩太」

あの言葉がまた脳裏から蘇ってくる。


「うっ! ご、ごめん繭」


抱き着いた繭の腕を振り払うように俺はトイレへと駆け込んだ。


胸が締め付けられる。心拍も上がっている。

だが、口からは何も出てこなかった。


いっそうの事、全て吐き出せればどんなに楽なんだろう。


いつまで俺を苦しめれば気が済むんだ。

あれからもうすでに5年以上は過ぎているのに。


コンコン

「ねぇ山田さん大丈夫?」

繭が心配そうにトイレの戸を叩く。


「ああ、大丈夫だ」

ゆっくりと深呼吸をして息を整える。

大分落ち着いてきた。


ふぅ―と、一呼吸してトイレの戸を開いた。


「ねぇ何か合わないものでもあった?」


自分が作った朝食で、俺が気分を悪くしたのかと思ったらしい。


「いや違うんだ、そう言うんじゃないんだ」

「そう言うんじゃないって、もしかして嫌いなもの無理して食べてくれていたんじゃないの」

「だから、食べ物じゃなくて……」


「もしかして私?」


「いや、直接そう言う事じゃないんだけど」


「もしかして山田さんも何か訳ありなの?」


訳ありなの? ああ、確かに訳ありだなこりゃ。


「言っただろ俺、生身の女は駄目だって」

「私が抱き着いちゃったから……」

「んー原因はそこじゃないんだ」

「もしかして女性恐怖症だったりする?」


「多分それはないと思う。話したりするだけだったら普通に出来るからな。現に今だって繭とは普通に話せるだろ」

「そうだけど……」


「まぁしいて言えば、俺の過去の出来事なんだろうな。それがまだ尾を引いているんだ」


繭はまだ潤んだ眼をしたまま、にヘラと笑い。

「お互い大変だね」といった。


「ああ、お互いな」

俺もその言葉を返してやった。


「せっかくの朝飯が冷めちゃったな。早く食べちゃおうぜ」

「うん」


残りの朝食を食べながら繭が言った。


「あのさ、私達、さっきさ山田さんが言いかけていたことなんだけど。私達の仲でちゃんとした約束事ていうかさぁ、ルール決めない?」


「ルールか、ああ、俺もそれが言いたかったんだよ」

「だったらさ今日はそのルールをちゃんと決めようよ」

「ああ、そうしよう」


「それでさぁ、そのルールを反則したらちゃんと罰も付けてさ」

「なんだ、お仕置き付きなのか?」


「当たり前じゃん、罰則のないルールなんて何の意味もないじゃん」

「まぁ確かに」


「だったら早くご飯食べちゃおよ」

「なんだか仕事場にいるみたいだな」

「それを言ったら学校にいるみたいだよ」

「ふふふ……」

二人で笑った。


それから一緒に二人だけの特別ルールを作り上げた。


まず最初に。

一つ、朝食は出来る限り食べること。


二つ、お互いの部屋には自由に行き来してもいいが私物には触れない事。


「あ、もし私のパンツとかほしかったら勝手に持って行かないでよ。言っててくれればちゃんと出してあげるから。高校生の生パンをね」


「ばぁーか、それこそ私物じゃねぇか。いらねぇよ」

「ほんとぉに? ”あれ”の時のおかずになんかしないの?」

「しねぇよ……多分」

「多分って何よ。多分て」


「いらねぇよ。俺には2次元の女の裸が一番なんだ」

「なんかそこまで言われると女としてすたるなぁ。それじゃ、えい!」


繭がスカートめくってパンツを見せつけた。

今日は黒の刺しゅう入りパンツ。

昨日に引き続き大人っぽい下着だ。

此奴は外より中の方におしゃれと言うか、気を使っているのか?


「今日のはいかがですか?」


「興味はねぇ」

「はぁ、そうですか。黒くてセクシーだと思うんですけどねぇ」


「まったく! ルール追加」



*繭は俺を茶化さない。



「あー、それ酷くないですかぁ。茶化してなんかいませんよぉ」


「いいやこうやって俺をおちょくっている」

「いやいや、そんな気毛頭……」



ありますよ。てへ。

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