青年と私4

 当たり前じゃない、と私は思った。


 私は高校を卒業してすぐ、見も知らない街に、一人でやってきた。プロダクションに所属して、毎日のようにレッスンを受けて、オーディションを受けに行く。

 先輩の付き人、懇親会への参加、ポツポツと貰える仕事。


 それでも、十分に食べられるだけの収入にはならなくて、空いた時間をバイトに費やして。


 必死に稼いだお金は、売り込みに必要な美容とファッション、生活費と税金に消えて。


 ぜんぜん貯金なんて、できなくて……もう五年も、芽が出ずにいる。若さという強みが、急速に色あせていく。プロダクションの社長の、私を見る目から、どんどん私に対する熱意が失せていくのが判る。睡眠時間を削って、食費の節約に努めて、両親には謝ってばかりで。


 ……そうやって、歯を食いしばって、必死に生きてるのに。

 なんで、あんな薄ぼんやりした男の方が、幸福を受け取れるわけ?


「ねぇ、お姉さん」

 と、青年は言った。

「あの人が、今日、なにかの恩恵を受けて得をしたのだとして──でも、それは、お姉さんが損をしたことには、ならないですよ」


 ずきん、と胸が痛む。

 私は、なにも言い返せない。ただ唇を嚙んで、耐えているのが精いっぱいで……。


「あの人は、あなたを攻撃していない。敵じゃありません。もしも、お姉さんが、彼に損をさせられたと感じているなら。それは自分で自分に、損をしているんだと思います」

「っ!」


 私は青年に詰め寄って、その胸倉をつかんだ。右手を振りかぶって、その顔を睨む。

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