第192話 前略、できない約束と
「───で、ポムポムに打ち上げられたあたしが必殺の一振り!いやぁ、あれが決め手だったよねぇ」
「す、スゴい戦いだったんですねセツナさん……!」
「…………まぁ、トドメをさしたのはもう一人なんだけど」
「いえ、それでもスゴいですよ!」
良い……!良いよこの子!
そうそう、こうゆう素直な後輩が欲しかった……!
「まさか姉さんがそんな人の為にドラゴンと戦うなんて……」
「まさか、ってほどかな?あたしが会った時にはもうそうゆう人だったよ?」
「そうですか……姉さんが……」
「まぁ、もしかしたらパムパムにいろいろ押し付けたからってのもあるのかもね」
そして魔術仲間のおかげだったりね。
「…………」
「どしたの?」
「いえその……パムパム?」
「うん……?だって名前がパムで、ポムポムの弟なんでしょ?」
なんと驚き、偽物ではなく弟。
双子じゃないけど、メチャクチャ顔が似てる弟。友達の弟なんて存在、初めて見たから興味深い。
パムポムと迷ったけど、語感重視で。
「あぁ……はい……じゃあそれで………………」
ん、今聞こえたぞ。姉さんの友達だ、って。
ウザめの絡み方でいくか。
「ねぇ、関節技かけてもいい?」
「姉さんの友達だっ!」
もしかしたらあたしが求めてた存在はこうゆうものだったのかもしれない。
年上ぶれて、持ち上げてくれて。戻ったらあの生意気な兎女にも見習わせるとしよう。
「いいんですかっ!僕はいずれ正式な王になる存在で──」
「ならあたしはそのお姉さんの友達だよ」
「……くっ!」
あの不審者がまさか王家の人だったなんて。
まぁ、家系的に使えない魔術の為に、弟に押し付けて飛び出したらしいけど。
…………あたし貴族と王族に知り合いできたじゃん!
んーー……すっごい、帰ったら自慢……って誰も信じないか。
にしてもあたしの妹もこのぐらい素直だったらいいのに……いや、あたしが拗らせてたもの原因か。
「まぁ、冗談だよ。そのかわり、アガる音楽お願いね」
変な道具は直した。
魔力を流して、手刀一発。…………ちょっと壊れかけたけど、結果的に直ったからね?
良い子だよ、パムパム。
飛び出したポムポムのかわりに頑張ってる。集まったみんなを楽しませたい、って道具を直そうとしてたし。
「もちろんですよー」
「すっごい似てる」
ユーモアもある、仲良くなれそう。
……いやホント、すっごい似てる。ポムポム本人かと思ったよ。
「では恋のキューピッドにでもなりますか」
「……ん?なんで?なんの?」
三連疑問符。
どうした急に、やはり不審者の血がうずいた?
「セツナさんとあの女性の恋が実りますようにと」
「そーゆーんじゃないんだよ、あたし達は」
もっとプラトニック。
やれやれ、若いねぇ。なんでも色恋に結びつけたがる。
「昔姉さんが言ってました。好きになったら一直線、逃げないんですよー……なんて」
「…………よく似てたよ、じゃ、ポムポムによろしく。またね」
……………………。
「んーー…………なんでだろうねぇ」
グーーーーッ、っと手を伸ばす。
空に、夜空に星空に。あんなに近いのに、手が届きそうなのに。
「ほんの一つも、あたしの手には入らない」
伸ばしすぎて少し肩が痛い。最近は柔軟にかける時間が減ってるね、少しサボるとすぐこれだ。
星空はいつもどおりなのに、なんか足りない。なんかつまらない、なんか嫌な気分。
「嫌な臭いはしないんだね、今更だけどさ」
港、船着き場。
出っ張りの部分、なんていうんだろ?慣れない靴を脱いで、座り込んで。パタパタ、パタパタ、パタパタ……
あんまりこうゆう場所に良いイメージがない。主に臭い的な意味で。
海が綺麗だからかな、不快を感じることはない。
「ここで不快な存在は自分だけ、か」
音が聞こえる。
近く、厳かな音楽。さっきまで聞いていた。
遠く、楽しそうな音楽。お祭り、あとライブかな。
なぜそのどちらの中にもあたしがいない。なんで?
そんなの簡単、呆れるくらい簡単……じゃなくてただただ呆れる。
「逃げたんだよ、それがどうした」
好きだから一直線、逃げない。
なら好きじゃないから、逃げた。それだけ。
「あたしは一途なんだよ」
誰かのせいにして、誰かの言葉のせいにして逃げた。
誰かのせいにして、自分の気持ち悪い感情の為に逃げた。
誰かに聞こえるように、言う。
分かってるんだよ、そんなこと。
「セツナ」
…………逃げた、んだけどな。
「うん」
振り返らなくても分かる。
もっといえば声をかけられなくても分かる。
「探しました」
「うん、でも早かったね」
まだほんの三十分も経ってない。
おかしいな、見つからないように抜け出したのに。
「……それよりも、先に言うことがあるのでは?」
「うん、ごめん」
感情……はもとから豊かか。それを表に出せなかっただけで。
あぁ、分かるよ。
怒ってないんだね。声は不機嫌そうなのに、怒ってない。あたしを心配してる。
自分のくだらなさで潰れそうなあたしの心を。
「ごめんついでにさ、今日は一人にしてくれない?疲れたんだよ」
どこまでも最低。自分じゃなかったらぶん殴ってる。
でも多分、本当のあたしはそんな奴なんだよ。
「もちろん、お断りします」
「そっか」
一歩、二歩、三歩分かな、声が近づく。
痛いなぁ、なんか痛い、胸が痛い。腕を斬られても大丈夫、痛みには強いはずなのに。
冗談じゃないんだよ。そんな言葉より……そんな言葉より?
「気分が悪いんだよ」
「そうですか」
「センチメンタルでメランコリーで、ペシミスティックでアンバランスな気分なんだよ」
「ふむ……感傷的で憂鬱で悲観的に不安定なんですね」
うん、そんな感じ。
嘘、もっとくだらない感じ。
「セツナ」
…………そんなに名前を呼ばないでほしいよ。
「セツナ、私はあなたと踊る為に、ここに来たんです」
「そうなんだ」
知ってる。でもごめん、諦めて。
「セツナ」
だから……呼ばないでよ。
もやもやする、痛いのにムズムズしてる。
「今、恋をしてますか」
「…………してるよ」
どうした急に、そしてなんで答えたんだろ。
分からない、分からないけど多分……自分の気持ちを再確認する為。
「それは誰に?」
「…………そりゃもちろん、音無椎名だよ」
言葉にしてみて、なんと驚き。
あたしは相手が女の子でもイケるのか。いや、性別の問題じゃないか、椎名先輩が男の子でも問題なしだ。
むしろそっちの方が良いか、世間体的にね。
「そうですか」
本当に、いつもどおりの声。
なんてことない、そう伝えるような。
「ねぇ、リリアン」
「はい」
言わなくていいのに、言わないほうがいいのに。
「あたしと椎名先輩の付き合いはほんの数カ月だけどさ、いろんな言葉をもらったよ」
だってリリアン、椎名先輩嫌いだしね。多分。
「あたしはさ、夕陽が嫌いなんだよ。その反動かな、この星空はとても魅力的に見えるんだよ」
ある程度克服してても、苦手意識がないわけじゃない。
「椎名先輩曰く、誰と見るかよりもなにを見るかだろ、そんでなにを感じるかだろ。でもさ」
最近、気づいた。
この言葉は、一番大事なものがないがしろにされてる。
「あたしは思うよ。どんなにくすんでみえる世界も、誰かと見るならそう悪くない」
悪くない、悪いものも悪くない。
「なんだか今日の星空は物足りない。隣で一緒に眺めてくれる人が足りないよ。椎名先輩には悪いけど、あたしは誰と見るかの方が大事だと思う」
大好きな人の言葉も否定したくなる。
あぁ、分からない。なにがしたいんだあたしは。
「セツナ」
なんでかな、なんでなんだろうな。
「恋、愛はどんな感情でしょうか」
まぁ、大体分かってる。
似てるんだよね、椎名先輩とリリアンに向けた感情って。
「一途なものだよ、他になんにも考えられないくらい」
そのへんはカガヤとエセ女神のところで結論づけた。
愛はどうしようもなくシンプルで美しい感情だ。
ただ一つをただ一人に。余計な感情を削ぎ落とし、一人にこれ以上ない一つを、それが愛、または恋。
きっとこの感情の為に、世界は回るのだ。
「その人の事を考えると、それだけで胸の奥が潰れるような感じ」
「…………それでは窮屈すぎます」
「それでいいんだよ。あたしも椎名先輩の事を考えると苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて、苦しくて。どうしようもなく痛いんだ。多分、これが愛とか恋だよ」
恋はシンプルで混じり気のないキレイなものでしょ?
だから多分、これがそうなんだよ。これに名前をつけたら恋になる。
でも……でもさ、リリアンに向けてるのはちょっと、ちょっとだけ違う。
きっとどちらかは感謝と尊敬と罪悪感とかが混ざったもの、どちらかは恋とか愛とかそーゆーの。
でも消去法で答えはでてる。
こんなさ、あたしの心を埋めてくれてありがとうだとか、一緒に無意味な時間をただ過ごしたかったり、辛いとか悲しいとかと無縁でいてほしいとか、楽しいと嬉しいはちゃんと分け合いたいとか、あたしを知ってほしい、弱音を受け止めてほしいとか、もっと知りたいとか、この旅をまだ続けたかったり、あたしの世界にも来てほしいとか他にも他にも他にも他にも他にも他にも──
こんなゴチャゴチャしてグチャグチャしてメチャクチャでシッチャカメッチャカで混沌として混乱して複雑かつ支離滅裂で、それなのにどうしょうもなく曖昧で。
ウキウキしてにこにこできる喜びとか、イライラとかムカムカする怒りとか、ズキズキとシクシクの悲しみだったり、ふわふわワクワクとした楽しさだったり。
身体が熱くて顔が熱くて胸が熱くって、心臓も感情も右往左往してて。
辛かったり酸っぱかったりしょっぱかったりで、恋と同じくらい苦くて、こんなどうしょうもなく甘ったるいくて、飲み込んでしまえばそれしか感じられないような──
こんな感情が、恋なわけない。
こんなの友情の延長線。たまたまリリアンとの友情が、恩人としての補正でそこまできただけなんだよ。
「…………苦手な味だよ、全く」
感情に味なんてない。
ないのにね、甘ったるい。嫌だ嫌だ。
全部全部全部全部、棚に上げて立ち上がる。
最低な自分を知らんぷりして、人のせいにして。
絶対に言えない言葉。心の中で吐き捨てる。
ねぇ、リリアン。この異世界にいる間だけ、もう少し───もう少しだけあたしの都合の良い人でいてよ。
つまらないあたしを見て見ぬ振りをして、あたしの本質を知らんぷりして、あたしの心を埋めてよ。
そしたらあたしもいつもどおりになるからさ。
「じゃあ……踊ろうか」
最低な言葉をやめて、違う最低な言葉。
立ち上がって振り返る。
あぁ……もう……キレイだなぁ。
音楽が聞こえる。
本当に流れるんだ、リッカも言っていた基本にして最高なダンス用の音楽。
「えぇ、喜んで」
ダメだよ、こうゆう時は叱らないと。
今更なに言ってんだって、ぶん殴って斬り裂いて海に捨てないと。
靴を履き直して、近づく。
仕方ない仕方ない、許してくれるんだもん。気持ちの悪い悪い感情を見ないでくれるんだもん。
「ふむ……もしかして経験が?」
「ないよ、でも練習してきたんだ」
器用なはずなのに、人並みになるまでかなり時間がかかった。
人に身を任せるのは苦手、でも……悪くない。
「なるほど、ではリードは任せても?」
「うん、頑張るよ。リッカがこのパターンでそっちからフォローしてもらった方が良い、そう言ってたからね」
「では、もう少し近づきましょうか」
もう半歩、近づく。
世界そのものが縮んでしまうような錯覚。
「豪華なホールじゃなくてごめんね」
「それだけが心残りです」
だよね、シチュエーションは大事だけど場所も大事だし。
「ごめん、次は逃げないから」
「約束ですよ」
できない約束に意味は…………いいや。
意味はなくても希望は残る、それでいい。
本当に、あたしはただ一つも人として救いがないけど。
本当のあたしはどうしょうもなくどうしょうもないけど。
また一つ、心のピースが埋まったような気がした。
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