第189話 前略、ドレスコードとお待たせしましたと

「無理だって!さすがに場違いだって!」


「大丈夫だって!今お客さんいないからっ!予約してるからっ!」


 リッカに連れてこられた場所は服屋さん。

 いや、違う。服屋さんなんて呼ぶにはちょっと、雰囲気というか格というか、とにかくそのへんが全然違う。


 明らかな高級店。というか服屋さんってかドレス屋さん?ダメだ、上手く表現できない。

 雰囲気にのまれそう、セレブ御用達感がすごいのなんのって。


「いくら正規品になっても無理無理無理っ!ドレスコード的に!」


「だーかーらーっ!それを今から買うんだってばっ!」


 あぁ!シンプルに腕力で負けてる!

 ジリジリと引っ張られて二名様ご来店である。




「あら?あらあらあら!リッカちゃんじゃない!」


「お姉さん久しぶり〜って昨日会ったじゃんっ!」


「ふふっ!そうだったかしら!」


「そうだよぅ!あれ?もう一人はどこ?」


「えぇ、今は裏で最後の仕上げ中なの!」


 …………優しそうなお姉さんだ。

 だけどあれはリッカが良いところの娘だからの反応であり、見た目完全に田舎娘のあたしが視界に入れば一瞬で放り出されるに違いない。


 あぁ、ノノちゃん、おねぇちゃんもう田舎に帰るよ……


「あの娘がセツナちゃん?なにか遠い目をしてるけど……」


「大丈夫、あれは現実逃避がすぎて他人を妹かなにかだと思い込んでる顔だから」


 多分、一人っ子のリッカには分からないだろうけど。安いツンデレみたいな実妹よりも、異世界の素直な女の子を妹と思いたい時もあるんだよ。


「まぁまぁ、なら今のうちに着替えちゃいましょ!」


「そうだね、よし!脱がすか!」


 待て待て待て、そうはならないでしょ。


「うわっ!セツナ危ないよっ!」


「くっ!躱された……!」


 軽く足を振る、リッカの顎まで届かなかった。 

 なんなんだこの世界、ここ数日で服を脱ぐことを要求されたのは二回目だぞ。


「一体全体なにがなんなのか、まずは説明だよ!」


「えー?まー、簡単にいうとリリアンちゃん話しててさ、お礼?ほら……家族の問題を解決してくれたし?」


「あれ……?そんなに深刻に考えてたの?リッカ」


「ううん、ぜんぜん?」


 もう、なにがなんだか。


「と に か く!リリアンちゃんと約束しちゃったんだよっ!セツナを着飾って送り出すって!」


「ん……?なんで?ってかリリアンいるの?」


「うん、そろそろ来るんじゃないかな?」


 んー……リッカはそんなしょうもない嘘つかないか……つかないかな?

 いや、んー……んーーー、でもなぁ……


「時間ないなぁ……よし、セツナ!」


「ん、なに?」


「これ以上ごねるならリリアンちゃんに言いつけるよっ!」


「よし分かった、あんまり派手なのはやめてね」


 それを言われると弱い。

 なにか弱みを握られてるとかじゃなくて、シンプルに怖い。物理的に弱いのである。


「あらあら、話は終わったのかしら?ならまずは着てみましょう!」


「だってさ、脱ぎなよセツナ」


「はい出たよこの流れ」


 なに?この世界の人は身ぐるみ剥がないと死ぬの?

 まぁ、いいや。この世界がアレなのは知ってる。こんな時の対処法も学習済みだしね。


「その必要はないんだよ。あたしにくれれば、あたしのものになってるなら、後は触れてるだけで着替えられる」


 師匠の名誉という尊い犠牲があったから、このピンチを切り抜けられる。

 まぁ、もとからナチュラルに変人入ってて、やや不審者だし問題ないよね。


「う〜〜ん……それでもいいんだけどさぁ……それって返せるの?」


「ん……?」


「ほら、売り物だし」


 …………あれ、どうなんだろ?

 いや……うん?考えてみればそうだよね。もらって装備したものって返せるのかな。

 外す、はできると思うんだけど、あたしとの縁を完全に切ることってできるのかな……?


 んー……できる、と思うけど確実完璧じゃない。

 売り物なのに、なにかのはずみであたしが着たらマズイよね。


「まぁまぁ、それから下着も替えるんだからちゃんと試着したほうがいいわぁ〜」


「んん!?なんで!?」


「えぇー、だって地味でダサいじゃん」


「ダサないわっ!」


「こうゆうのはどうかしら〜」


「どこに脚通すの!?」


 なんだそれ、紐か、紐の束か。それはもう下着ではない、ただの布になれなかったなにかである。


 というかそもそもなんだこのお姉さん、ポワポワしてくせにやけにグイグイくるじゃないか。

 リッカの友達?類友ぉ……


「ドレスはこんなのはどうかしら〜」


「うわ、真っ赤……もう少し地味なやつで……」


「なら……コッチはどう?」


「黒……んー……ちょっとぉ……」


「そう……あら!これならどうかしら〜!」


「背中の布面積どこいったの!?」


 あれかな、ちょっとわがままかな。あたし。

 でもちょっと……いや、かなりアレな選択肢しかないような……?


「セツナ、セツナ」


「ん?」


「これならどうっ!」


 リッカがもってきたのは……白。

 白……白かぁ……いや、似たようなの着たことあるけどさぁ……


「んー……」


 あれは自分から着たわけじゃないしなぁ。

 それにこうゆうのはもともと持ってる人が着るものだよね、容姿的な利点をさ。


 シンプルなのは好きだけど、それは考え方の話。

 服装にいたっては、いろいろ誤魔化していきたい。


「せっかく探してきたのになぁー、お姉さん良い人だけどちょっとアレだから」


「リッカ……」


 確かに……デザインもマトモで変な露出もない。ちょっと目立つだろうけど、場所が場所ならすぐに埋もれてくれるかも……

 なにより、あたしの為に探してくれたその優しさを無意味なものにはできないよね。


「ありがと、リッカ。着替えてくるよ」 


「うん!アチラでどーぞっ!」


 朗らかな笑顔に後押しされて試着室へ。

 こうゆうちゃんとしたのは初めてだけど、まぁなんとかなるでしょ。


「しっかし、持つべきものは友、だよね」 


 おそらく友達のちょっとアレなお姉さん、その魔の手からあたしを救ってくれた。

 その上で普段なら拒否するけど、だされた選択肢の中で比較的にマトモな…………


「マトモな……ん?」


 あれ、なんだろ、この違和感。

 普段なら選ばない。というかそもそも着ることを拒否するのに…………


「あれ!?騙された!?」


「「イエーーイっ!」」


 とても楽しそうに手を合わせる二人。

 着替えを終え、試着室のカーテンを開けたあたしが見たのはそんな光景。


「まぁまぁ!とても良いわぁ!」


「うんうんっ!似合ってる似合ってる!」


「後はドレスグローブかしら?」


「いやぁ〜やりすぎじゃない?」


 ………………


「酷いよリッカ、友情とはなんだったのか」


「えぇー?だって普通に勧めても着ないじゃんっ!」


「詐欺の手法なんだよ!!!」


 無茶な要求から実現可能な要求へ。

 覚えてろ、いつかやり返して……着なれてそうだね!小さい頃とかに!


「もう着替えるからね」


「なんでよっ!」


「当たり前でしょ、リリアンに見られたらどうすんの」


「そのリリアンちゃんのお願いなのにぃ!」


 知るもんか。

 多分……いや、絶対に言われないだろうけど。悪く言われた時のダメージは想像もできない。


 てゆうかリリアンはどうせいつもの服装でしょ!?

 あたしだけコレはおかしいって!


「いやいやっ!待ってよ!あとちょっと〜〜!!!」


「まーたーなーいーー!!!」


 引っ張るなバカ!

 どのくらいの猶予があるか分からないけど、モタモタしてるとリリアンがこの店に来ちゃうんだ──


「お待たせしました」 

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