第190話 前略、キレイと不整脈と

「お待たせしました」


 ガチャ、って奥のドアが開いて。

 お待たせしました、ってあくまで普通に。

 

 なんの軽口も冗談も言えなくて。

 どうしょうもないくらいキレイなものがそこにいた。


「……ドストライクだ」


 ポロっと、いつもなら冗談でも言わない言葉が、本心がこぼれた。

 同時に変な感情がグルグル、グルグルと。

 

 あぁ、欲しいな……って。

 愛とか恋とかそうゆうのじゃなくて、もっと単純明快シンプルに。


 こう……宝石とか美術品とか、そんなカテゴリーの綺麗なものを所有したい。そんな感情。


 …………まぁ、手に入らないから綺麗で美しいんだろうけど。野暮な事はしない、言わない、それでいい。

 それにリリアンは人間だし、そんな考えは失礼ってもんだ。


「ひゅーーーっ!リリアンちゃんいいねいいねぇ!」


「あらあらまぁまぁ!」


 後ろから声、二人とも語彙をどこかに忘れてたきたのかな。

 ダメだね、美しいものをみたあたし達がやらなきゃいけないのは、言葉の限りを尽くすことだけなのに。


「えぇ、お二人とも、ありがとうございます。生まれ変わったように清々しい、良い気分です」


「お礼は言うのはコッチだよっ!それにホンットにキレイ!もとが良いからだねっ!」


 キャッキャウフフとあらあらまぁまぁ。

 いやいやいやいや、ねぇ?お二人さん。もっと言うことあるでしょ?

 

 んー、なんていうだっけな。カーテシー……だっけ?履物の裾を持って頭を下げるやつ。

 何度か見たことあるけど、今あらためて見ると優雅で流麗で素晴らしいとか。


 あぁ……違う違う、それよりも服……いやドレス。

 似合ってる、似合ってるよ。まるで最初から身体の一部だったみたいだ。

 本当にキレイだ、美しい。他に言葉を知らないから何度も何度も重ねて言うよ。


 どうしょうもなくキレイだ。


 深い、深い、黒。

 シンプル、シンプルすぎるくらいに。飾り気がないんじゃなくて、無駄に飾る必要がないんだ。


 眩しいな。

 ほんの少しの発光もしていないのに、どうしょうもなく眩しい。

 

 もっと口に出してしまいたい。

 ドレス自体はシンプルなのに、はめているグローブのせいなのかな、黒いのに清らかで。

 首から上はなんの装飾もないいつものリリアン。だからこそ、深い黒を身に纏ってなお……


「キレイだなぁ……」


 その眼がどうしょうもなく……どうしょうもなく。

 いつもより、もう少し、あと少し。深いところまであたしの心を見透かしてくれそうで───


「ありがとうございます」


「……へぇ!?」


「??キレイだと言われたので」


 なにさらしてんだこの口は。

 他にも余計なこと言ってないだろうな言ってたら引きちぎるぞ本気で。


「あ……あー、うん、ん、あーー……リリア……ン?」


「はい」


「ん……うん……ん……」

  

 まぁ……そうだよね、他にいないよね。

 うん……うん……


「??」


 多分、首をかしげてる。

 多分、だって分からない。目、そらしてるし。


「え、なに、セツナ女の子と話すの初めてなの?」


「あのねぇ……そんなわけないでしょ」


 なんと失礼な。

 四十五度、身体を向けた先。冗談だとしても酷い言いようだ。


「もう半年近い二人旅だし、なんなら今は同じ屋根の下で寝てるんだよ?ただ単に現実味のないキレイさに言葉が上手くでなかっただけだよ」


「それ、リリアンちゃん方みて言いなよ」


「………………」


 いや、言えるけど?

 でもほら、ね?そんな分かりきってる事をあらためて言うのもね……?野暮だよね?


 あたしは粋な人を目指してるからそうゆうのはちょっとねぇ。


「ま、いーや。じゃああたし行くからねっ!セツナ、頑張れ!リリアンちゃん、頑張ってね」


「待ってよリッカどこ行くの!」


 無理無理無理、ここにいてよマイフレンド。

 なんか……なんか変なんだよ!なんか!


「今更怖気づかないでよ……」


 珍しい表情をしてる。

 うへぇ〜〜、って感じの。でもコッチも死活問題なんだよ……!


「ほら大丈夫だって!練習したんだし!」

 

 問題はそこじゃない、そこまでたどり着けない。


「あたしも時間ないんだって!カガヤとか女神ちゃんとか待ってるしっ!パパも迎えに行くしっ!」


「なんで……?いろいろと」


 なんでカガヤ?なんでエセ女神?

 

「舞踏会行かない人は下のお祭りに行くからねっ!カガヤが復活ライブするらしいから、あたしもやろーーっと!ってねっ!」

 

 んー……なるほど。

 街全体、一人残らず楽しめるようにいろんな事やってるんだね。


「じゃああたし達も見に「来たら投げ飛ばすからね」


「…………」


 ぴしゃり、と言い放ち、行ってしまったあたしの友達。

 

「…………ん」


 逃げ……ようかな?

 後日全力で謝れば許してくれるよね……?


「セツナ」


 手に何かがふれる、包まれる。

 滑らかな布の下から感じる体温の低さ、それなのになんだか温かい気持ちにしてくれる不思議な感覚。


「行きましょう」


「あ」


 そのまま引かれていく、外へ。

 …………手を、引いてもらうのは本当に久しぶりだった。


「行ってらっしゃ〜い」


 ふんわりとした見送りを受けて。

 覚悟はまだ少し、だけど歩くことにした。手を引かれながら。

 



「セツナ」


「…………ん、なにかな」


「いえ、少し体調が悪そうだったので」


「……大丈夫だよ」


 夜。

 オレンジを終え、紫だった空はもう文句のつけようのないくらいに夜の色だった。


 だけど……顔はまだあげられないけど街は明るい。

 お城までまだ距離はあるけど、歩くたびに賑やかさを増していく。

 そうでなくても、周りはお城に行かない人達のお祭りがとても楽しそうで。


 コッチもコッチで良いものだね。


「セツナ」


「……うん」


 何度目かの呼びかけ。

 ごめんね、まだちょっとだけ……


「キレイですよ」


「……うん……うん?」


 想像してなかった言葉に驚いて顔をあげてしまう。

 そこにある笑顔は柔らかくって、とっても素敵で。


「すみません、言いそびれてしまいました。とてもよく似合っています」


「……うん、ありがとう。リリアンも……すっごいキレイだよ」


「ありがとうございます」


「黒にしたんだね」


「はい、やはり白の方が良かったでしょうか?」


「ううん、やっぱり黒が一番似合ってる」


 ポツポツ、ポツポツ。

 少しづつ、少しづつ、言葉がでる、言葉を交わしあえる。


「セツナ?大丈夫ですか?」


「……ん、大丈夫」


「そうですか。でも少し……脈が不安定です」

 

 そりゃ、ね?

 なんだろ、どうしたあたし。浮かれてるのかな、いい加減にちょっと落ち着け。


「大丈夫、ただの不整脈だよ」


「そうですか」


「リリアンはみたいに、いつも冷静でいたいんだけどね」


 冗談も見透かされているので、なんとも滑稽。

 クールな大人は遠いのだ。


「ん?」


 スっ、と手を取られる。

 そのままあたしの手は、リリアンの胸のあたりまで持ってかれて……


「え、なんで!?」


 そのまま真ん中よりやや左。

 とはいっても柔らかいものに押し付けられる。


「どうですか?」


「いや、どうって……」


 柔らかい、あと羨ましい……とか?


「あ……」


 なるほど、口で言うより効果的。

 ……効果的すぎて不整脈が加速方面に振り切りそう。


「リリアンも不整脈?」


「いえ、緊張しているんです。そしてこれから起きる事に期待しているんです」


「ん……もしかしたらあたしもかも」


 うん、ちょっと落ち着いた。

 そりゃ緊張もするよね、いろいろ初めてなんだしさ。


 ようやく少しだけ、自分を納得させられた。

 なら行こうか、初々しく青春な感じでさ。

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