第175話 前略、マントと外套と

「おはよーー…………なにしてんの?」

 

 いつもの朝、残り少ない異世界生活の朝。

 今日はドカンと一発稼ぐ為の準備に行く予定なのに。

 

 工房にはリリアンがいる、その横で師匠がでなにかをイジッてる。


「おう」


「おはようございます」

 

 師匠がイジッてるのは布。

 服というより布、真っ黒い布……布?


「師匠、裁縫もできたんですね」


 なんでも作れる、前にそんな事を言っていたような。

 思い返せば実際に師匠はなんでもやっている、となればあの言葉は本当なのかもしれないね。


「つかセツナ、いいところに来たな」


「ん?なにか手伝います?」


 裁縫か……人並みにはできるけど、師匠に依頼がくるような特殊な布やスキルが必要なものだとどうかな。

 まぁ、あたしに頼むならそんな難しい事も言わないと思うし、手伝うのは構わないけど。


「あぁ、脱げ」


「ん、りょいか…………ん?今なんと?」


「だーかーら、脱げって言ったんだよ。全部な」


 ………………あぁ、なるほどね。


 スーー、ハーー、スーー、ハーー。

 深呼吸。肺、そして全身を巡る酸素を入れ替え、もう一度深く吸い込む。


 さて、皆さんご一緒に?


「変態だぁぁぁーーーー!!!」


「あぁ!?」


 なんだコイツヤッバイ!

 ヤバいヤバい普通に事案だ、度し難い変態性、どんなにおかしくても手だけはださないと信じてたのに……!

 

 変態の風上にも置けない。

 いや、変態はそもそも風上に置いちゃいけないんだけど。


「おま、違うぞ!誤解すんじゃねぇ!」


「寄るな不審者!あと一歩でも近づいたら蹴っ飛ばす!」


 もはや師弟の絆は失われた。

 いや、そんなもの最初からまやかしにしか過ぎなかったのかも知れない。


 これもまた運命。

 諸行無常。流れる月日のせいか、はたまたいきすぎてしまった愛が原因か、それとも最初からそうであったのか。


 あぁ嘆かわしい、なんともミゼラブル。

 信頼とは裏切りのプレリュード、善人は変態にモデュレーション。


 こんな不審者とは同じ家にいられない!あたし達は別の宿に行かせてもらう!


「リリアン逃げよう。あの不審者、次はリリアンに手を出すはず」


 いつものように冷たいその手をとって。

 ここがもう安全な家ではなく、変態のつくったお菓子の家だと伝えて。


「セツナ」


「大丈夫、あたしが守るよ」


 あぁ、分かる、分かるよ。

 裏切りは辛い。リリアンの純粋さにつけこみ姉であるとのたまう不審者。

 

 偽りとはいえ、それを家族とよんだリリアンの苦しさは計り知れないだろう。

 強く、強くその手を取る。苦しみを分け合うように、ほんの少しでも寄り添うように。


「逃げよう、どこか遠くに」


「いえ、その必要はありません」


 まだ混乱している。

 あぁ、なら担いででも…………ん?


「なんで?」


 随分と冷静だ。

 本当に。驚いて頭がまわってないとかじゃなくて、びっくりするほどいつもどおり。


「採寸です。ほとんど出来上がってはいますが、最終調整がしたいんです。脱げ、というより着替えろ、と言った方が正しいですね」


 ………………。


「…………んー」


 キョロキョロ。

 ふむふむ、あーー、なるほどなるほど、アレだね、うんうん。


「もちろん分かってたよ?」


 確証もなしに人を疑うのは良くない。

 この二方向から注がれる冷ややかな視線がその理由である。


 いや、ホント……ごめんなさい。




「さて、なら着替えますか」


 古着はたくさん貰ってきたけど、仕立ててもらうのは初めてな気がする。

 なんか照れる、そんで嬉しいもんだ。


「若干布面積が減ってる」


「ゴチャゴチャしてても無駄だろ」


 まぁ、誤差か、師匠の言葉も納得できる。

 動くし振り回すから、袖が邪魔になる時もあったし。


「……ここで着替えないんですか?」


 あたしの部屋……相変わらず物置だけどすっかり馴染んだあたしの部屋。

 着替える為に戻ろうとしたら、リリアンがそんな事を言い出した。


 さてさて、誰に悪影響をうけたのやら。


「聞いてました?師匠。日頃の行いの悪さがリリアンに悪影響を与えてるんですよ」


「んなわけねーだろ、ちんちくりん」


 なんてこと言いやがるこの野郎。

 あたしの背はそんな小さくないし、なんならコッチに来た時に縮んだだけだ。多分。


 でもアレか、さっき疑ったあたしも悪いか。

 よし、仕方ない、お詫びにこの工房の宣伝をして師匠を稼がしてあげよう。


「着替えないよ、恥ずかしいからね」


 大事なのは根気。

 バグった異世界のちょっと常識知らずな異世界人にだって、いつかは通じるんだ。


「ここには同性しかいませんよ?」


 そう言って一歩、コチラに近づく。

 違う、そんな事は問題じゃない。そりゃ変に意識する事でもないけど、だからといってなんの無視できることじゃない。


「…………まぁ、いっか」


 一歩一歩詰められていく距離。

 また転がされるのも面倒だし、逃げ切るものちょっと賭けになる。

 そして無理に逃げようとした末路は決まってる。捕まってひん剥かれるのだ。


 ……なんだその顔、どんな感情だ。

 してやったり?んーー、いや、いつもの顔か。


「ふーむ、ふむ」


 用意された服を手にとって観察。上、下、そして横に引っ張る。

 よく分からない、けどなんとなく分かる。この世界特有の不思議な感覚。


 これ、斬れないやつだ。

 斬れるんだけど斬れないやつ。たとえ刃物でも、ぬるい攻撃なら通さない。

 耐熱性とかその他もろもろ、あたしの世界でもコッチでも良い布、として扱われると思う。


 んで、そんな事が分かるのもこれがもうあたしの持ち物だという証拠。

 なら着替えるのは簡単、だってあたしの武具なんだから。


「んー……ほいっ、と」


 いやー、本当に便利。

 異世界万歳、スキル万歳。あたしの異世界のルールに干渉までしてしまう最強のスキルは、着替えにこそ真価を発揮する。


「ん……?どしたのリリアン」


 なんともいえない顔。

 この意味は分かる、そうはならないだろ。だ。


 それに対する回答はこうだ。いや、なるよ。

 だって普通に楽だし、意味なく人前で脱ぎたくないし。


「……一つ、学びました」


「う、うん……」


「本当の絶望とは与えられた希望を奪われることだと」


 いや、なかったでしょ。そんな感想がでる状況。

 やっぱり異世界人は少しアレだ、ヤバい。


「んーー、ぴったり」


 クルクル、キョロキョロ。

 うん、悪くない。いや、かなり良い。実は今までのは少し大きかったからね。


「ならよし、これで完成だな」


 お披露目気分で回っていると、後ろからなにかを被せられる。

 わふっ!ってなる。それは頭を通り抜けて首、肩のあたりでストン、と止まる。


「マント?」


「バカっぽいな、外套とか言えないのか」


 おぉ、外套、格好いい。

 似たような意味だろうけど、言い方一つでオシャレなイメージ。


 鏡がないのがちょっと勿体ない。

 結構、様になってるんじゃない?羽織った外套、それに付属したフードもかぶって。強そうだ。


「おー、馬子にも衣装ってやつだな」


 この服は身なりが整うと言えるのかとか、異世界人が諺を使う違和感だとか、いろいろあるけど。

 まぁ、いいや。そのぐらい良い気分。


「おーい、リリアーン」


 いつの間にか部屋の隅で佇んでいるリリアンにも声をかける。

 せっかくみすぼらしい、とかなんとか言われ続けた呪われた装備を脱いだんだ、もっと感想がほしい。


「んー?」


 スタスタ、ジャラジャラといつもの調子で。

 リリアンが最初にしたのはよく分からない動き、あたしのかぶったフードをフッ、と脱がせる。

 

「どうかな?」


「…………」


「んー?」


 かぶり直したフードはまた脱がされる。

 どうやらお気に召さないようだし、脱いどこうか。


「どうかな?」


「ふむ…………えぇ、良いと思います」


 良かった良かった、問題なしだ。

 

「んーー、でもちょっと邪魔かも、この外套。ひらひらだし、黒いし」


 実際に飛んだり跳ねたりすると邪魔になりそう、格好いいんだけどね。

 あとこの威圧感のある色が良くない。ただでさえ鞘が黒いんだし、ちょっと尖りすぎてる。


「黒くないと闇夜に紛れられねぇだろ」


「そうゆう理由なんだ……」


 異世界人は基本的に戦闘民族である。


「リリアン?」


 さっきからあたしを……いや、あたしの服を見ているリリアン。

 なにか気に入らないところでもあったのかな?


「いえ、どことなく懐かしい気が……」


「懐かしい……?」

 

 んーー?その感覚はよく分からない。

 珍しいとかじゃなくて懐かしい。うーん?


「あぁ、そりゃアイツが着てたのをいろいろ直したやつだからな」


「アイツ……?えっと……なんて名前でしたっけ?」


「言わねぇぞ」


 残念、流れで聞き出せそうだったのに。

 いい加減、名前くらい教えてくれたらいいのに。


「アイツが着てたのを回収しておいて良かった、悪くねぇ」


 …………ん?

 なんか、あれ?


「着てたのって……いつ頃のですか?」


「あ?そんなの最期の時に決まってんだろ。肉は持ってかれた後だったけどな」


 なんか……ん?

 あれ、普通に話してるけど、なにか……


「…………ねぇ、リリアン。確かリリアンの中の人ってさ」


「…………圧死だと言っています、本人が言うにはそれはもうグチャグチャだと」


「………………」


「なんだよ、ちゃんと洗ったぞ?」


「そうゆう事じゃなくない!?」


 問 題 点 は ソ コ じ ゃ な い ! ! !

 え!?ちょ!……え!?


「待って待って待って!どっち!?服!?それともマントの方!?」


「どっちもだよ、あとマントじゃなくて外套な」


「どっちでもいいよバカ!」


 呪われてる!絶対呪われてる!

 師匠も師匠だ!なんでそんなの保存してるんだよバカ!


「セツナ、伝言です」


「なに!?」


 半狂乱のあたしにおそらく中の人からの伝言。

 正直、あんまり聞きたくない。だって絶対にロクでもない。


「そういえば前も持ち主もなかなかグロテスクな死に方をしたって聞いたような……、だそうです」


「ほれみろロクでもなーい!!!」


 伝言が冗談だと分かるまで、あたしは散々喚き散らすはめになった。

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