第78話 前略、心と楽しいと
「その後……その後かぁ……」
「自覚はありませんか?」
正直なところ分からない。あたしは立ち直り、もとに戻ったはずだから。
「ここに来てから怒りやすくなった自覚はあるよ。でもさ、リリアンの言うその後が分からないんだよ」
なんだか分からないことづくしだ。真剣な話だし、正直に話そう。
「あなたは基本的に前向きな人間です」
「あー、うん、ありがとう?」
褒められた……のかな?
前向き、というのは褒め言葉に分類されるだろう。言われて嫌な顔をする人は少ないはず。
あたしもそうだ。たとえ自分の本質とは違っても、憧れに近づけてる証拠だ。
「少々考え無しに見えるところもありますが。あなたなりに考えてる事も最近は分かりました」
……なんだろう、普通に褒められてる。その後の話じゃなかったっけ?
「それを踏まえて、あんなに短絡的な行動をとるでしょうか」
「あんな短絡的な……?」
どれの事をさしているんだろう……
いや、ある、あった、とびきりのが。
「…………道具屋の襲撃?」
「はい、それと要塞の爆破です」
思い返すと少しだけおかしい。あの時は浮かれていた、騒ぎを起こすのが楽しかった、そうすることが楽しいと思っていた。
普段のあたしなら、もう少しだけ冷静に動くだろう。
「そうです、あなたは『テンカ』を異常なまでに楽しんでいました」
「……いい街だったんだよ、間違っていたけど」
今になって心を見透かされるのが怖くなった、きっとこの不安も伝わっているのだろう。
「そうですね、他の人とも仲良くしていました。ですがそれを差し引いても、あなたは戦う事を楽しみますか?」
「…………」
言葉が何も出てこない、そうだ……
ギンやラヴさん、それとアニキさんと戦ったのは…………楽しかった。
「間違いを正すことよりも、自分が楽しむ為に剣を振るってるように感じました。いえ、見えました」
心が見えるリリアンが言うなら事実だろう。あたし自身、その自覚がある。
むしろ、なぜ指摘されるまで気づけなかったのだろう。
あたしは今まで、それが自分だと思っていた。違和感を感じることができなかった。
「……そうだね、あの時は楽しかったよ」
確かに、少しづつ戦えるようになり、命がかかってなければ、戦いというのはコミニケーションになるかも知れない、という考えもでてきた。
ただいくら身体的に、技術的に成長してもあたしは弱い、楽しむ余裕など持つべきではない。
「あの街でのあなたは短絡的で、戦いを楽しみ、誰かではなく自分の為に生きていました」
ハッキリと告げられる、その言葉の意味は、あたしがあたしじゃなかったということで、憧れから遠いものだった。
「別にそれが悪いとは言いません。少しづつではなく、急激に変わった事が不思議なんです」
会話の一つ一つが心に影を落とす。ここから逃げ出したい、素直な気持ちだった。
「……逃げ出したい、そんな心の形です」
「凄いね、大正解だよ」
きっとあたしらしくない、そんな心の形なんだろう。
「もう止めましょう。私はあなたを傷つけたいわけではありません」
リリアンは言う。これ以上あたしの心に悪い影響を出さないように。
別に傷つけられたつもりはない、それにこれは必要な会話だ。
「大丈夫だよ、続けようか」
いつの間にか、月と星空は雲を払い、その輝きを完全に取り戻していた。
まるでこの舞台からあたしが逃げないように。
それならあたしは逃げ出さない。自分と、リリアンと向き合おう。
願わくば、この決意がリリアンの瞳に強く映ることを祈って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます