第77話 前略、心とその後と

「……人の心はそうそう変わりません。その人がその人である限り、多少の変化こそあれどその人の本質は」


 リリアンはゆっくりと、あたしの質問に答え始めた。

 ベースの色は変わらない。だけど感情の起伏や種類、多少の色や形の変化で心を見ると言った。


「あなたはその変化が大きすぎるんです。多少の変化では済ませられない程に」


 その声からはいつもの単調さも、さっきまでの不安さも感じられず。

 ただただ、リリアンの決心が伝わる。

 あたしを見つめるその瞳も、いつもと変わらぬ美しさを持ちながらも。 

 その決心をより強いものにしている。


「……なんとなくだけどさ、自覚はあるよ」


 誤魔化せなかった。だけどそれは誠実であろうとした結果じゃない。

 誤魔化し方が分からない。そんな逃げの考えの結果でしかなかった。

 それならせめて言葉だけでも紡ごう。あたしが逃げださないように。


「ちょっと情緒不安定かな?ってさ、たまに思うよ」


 もう眠いから明日にしよう。

 一瞬だけ口にしかけた言葉は飲み込む。それはさすがにリリアンに失礼というものだろう。


「何なんだろうね」


 分からない、分からないから聞いてみる。

 さっきまでの他愛もない会話のように。何気なく、笑いながら。


「……そんなの、分かるわけないです」


「だよね、ごめん」


 それもそうだ、質問してきたのはリリアンだ。

 リリアンは何を思って聞いているのだろうか。さっきから変わらない瞳は、答えを教えてくれない。


 あたしは、不安定なあたしは怖がられているのだろうか。それとも呆れられているのか、憐れまれているのか、見放されるのか。


 …………それは、なんだか嫌だなぁ


「昔はさ、人間嫌いだったんだよ」


 その反動かな?、やっぱり少し誤魔化したくて、笑いながら言う。昔と言ってはいるがたった3年前だ、それでも大分遠くに感じる。

 何を答えたらいいのか分からないので、少しだけ聞かれたくない過去を話してみた。


「………………」


 不真面目な態度が原因か、求めてきた回答ではなかったのか。リリアンはなんの反応も示さない。

 そして、これまでを振り返るように話し始めた。

 

「出会った時です。あなたは殺されてもその心に諦めが宿ることはなかった。諦めない事が当然というように、強い心の色でした」


 そうか、今思えば初めからリリアンには心が見えていた。

 

「『コガラシ』でも『ラックベル』でも、その色があせることはありませんでした。周りの人にまでそれは伝播し、暗い感情の色を消し去りました」


 それは遺跡での出来事だろうか。暗い感情を消し去った、実際に心が見える人から言われるのはちょっと嬉しい。


「変化が起きたのは『テンカ』です。あなたの心は弱々しく、くすんだ色になり、諦めが浮かびました」


 よく覚えている、リリアンからも弱くなったと言われた。

 あの街では、期待に応えられなかった。そんな感情があたしにとって大きな壁になった。

 それでも立ち上がり、あたしは自分の物語の主人公であろうと決心したんだ。これまでを思い出して、いろんな人に助けられて。


「うん、そこが1番大きな転機だったかもね。でもおかげで……」


「いえ、そこではありません、その後です」


 自分を見つけた。と続けようとしたのだが、リリアンに遮られる。


「その……後……?」 


 やっぱり分からないな。そこから変わったならまだ理解のしようがあるんだけど、その後と言われるとピンとこない。


「はい、あなたはその後から変わっていきました、とても不安定に」


 人から言われる不安定は、嫌な響きだ。

 きっとリリアンから見た今のあたしは、心に若干の恐怖を宿しているだろう。

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