第66話 前略、太陽と月と

「なんて言うか……華やかなもんだね」


 白と黒のぶつかり合い。

 いや、どっちも白くて黒いんだけどさ。


 褒め言葉になるのかは分からないけど、戦場にて映える華。とでも言えばいいのか。

 少し前にも感じたが、戦っているリリアンに対して見とれる。美しいと感じてしまう。


 普段の様子よりも今の方が魅力的に見えるのは、その活き活きとした表情が原因だろうか。

 それともいままではあまり大きく動いてるところが見れなかったので、その反動だろうか。

 

「あぁ、そうか」


 ふと、思いつく。

 なぜこんなにも今、リリアンに惹かれているのか、目を離せないのか。


「似てるね、なんとなくだけど」


 本当になんとなく、似ている。

 もう会えない、失われてしまった、16歳の少女に。


 外見の事じゃない、雰囲気の事じゃない。

 外見なんてまるで似てないし、雰囲気なんて真逆だ。

 まさに太陽と月、もちろんリリアンが月。


 どちらが優れているとかではない、太陽と比べるなら月の方が冷たいイメージを持つだけだ。だけどどちらも……


「優しい、そして」


 少し考えて、口に出す、1番の類似点。


「憧れる」


 そうだね、先輩の太陽のような温かさも。

 リリアンから感じる月のような美しさも。


 そのどちらもあたしにはないもので。

 いつかそうありたい、心から思える。


「あたしもいつかは……」


 なれるだろうか。今でも太陽を追っている、あんな風に明るく、温かくなれたのだろうか?

 きっとこれからは月も追うだろう。あんな風に強く、美しく、誰かの目に映るのだろうか?


 そんな感想をいだきながらリリアンを見る。もう1度、憧れる。そんな事を呟こうとした。


「憧れる……僕も憧れましたよ、あなたに」


 思考は遮られる、かつての友達の声で。

 どうやら詩人の時間は終わりみたいだ。


「お久しぶりです、セツナさん」


「……久しぶりだね、ラルム君。元気だった?」


「えぇ、元気でしたよ」


 もう言える。だってあたしの戦友ではないから、もう敵だから。

 その優しい声、何事もないような言葉、穏やかに頷く仕草、その全てにもう1度腹が立つ。


 いくつか聞きたい事がある。

 いや、本当は1つだけどさ。


「シトリーって言ったっけ、あの娘はどうしたの?」


「ここまで戻る途中に出会いました。助けを求めていたので、困っている人を助けるのは主人公の仕事でしょう」


 そうだね、今はどうでもいい。


「あの服装は?ラルム君の趣味かな?」


「違います、主人公にはあんな服装の従者が必要だからです」


 苛立つ。それはあたしとリリアンの真似だろうか、そんな事がなんの意味を持つのだろう。


「ねぇ、なんでこんな事をしたのかな」


 今までの質問なんてどうでもいい。

 それだけが聞きたかったんだ。


「夢の為ですよ、そしてセツナさんのような主人公になりたかった。主人公は立ちはだかる困難を、自分とは違う思想をぶち壊すものだから」


「違う!」


 思わず叫ぶ。人が『主人公』においてどんな考えを持っていても構わない、それはその人の物語だ。

 だけどさ。


「あたしの物語は!あたしが主人公の物語はそんなものじゃない!」


 あたしの歩んだ道を否定された気持ちになった。

 それは違う、勘違いさせたなら謝ろう。

 

 それでも、そんな風に生きてきたつもりはない。

 困難と、自分とは違う思想と戦ってきた。それでも分かり合う為に戦ってきた。

 

 そうだ、これまでいろんな事があった。

 その度に死にかけて、もがいて、あがいて、成長してきた。みんなの力を借りて。

 

 彼はあたしに、主人公に憧れると言った。

 ただ、彼の主人公とあたしの主人公には大きな違いがある。

 

 今こそ宣言しよう、改めて、あたしの理想の物語を。


「あたしが主人公の物語なら、誰にも悲しい思いはさせない!」


 そうだ、それがいい、それでいい。

 きっと上手くいかない。何度も躓く、何度も悲しませて、何度も泣かせてしまう、何度も、何度も。


 それでも立ち上がろう、前を向こう。

 生きてるなら諦めないで、悲しませて、泣かせてしまったなら今度は笑ってもらおう。


「もしあたしを見て、そんなのが主人公だと思うなら、そんな事をするのが主人公なら!今すぐに引きずり下ろしてやる!」


 そうだ、そんなの許さない、言葉がかなり荒くなったが仕方ない。

 まだだ、まだ言いたいことがある。


「それに、ただの人殺しに主人公を語る資格はないよ!」


 当たり前だ。言うだけ言った、もう言葉はいらない。


 真っ向から否定する、彼の主人公を。

 あたしは、そんな主人公ではないと。

 そんな憧れは、間違いだと言い切る。


「そうですか、なら……さよならです」

 

 その目は諦めと失望と勝手な期待が宿ってる。

 さよなら、ありふれた当たり前の言葉だ。だけど今あたしに向けられているのは普段の使い方ではない。殺意とはなかなか慣れないものだ、肌が、空気がピリピリする。


「殺しはしないよ、ぶん殴る」


 もちろん剣で、手加減はない。

 構えて、飛びかかろうとした時。


「と、言いたいところですが魔力切れです、また後日に」


 杖を振り、消える。初めからいなかったように。 

 振り返る。絶対にそこにいたという証拠、今なお燃え続ける炎に。


 肩透かしを食らった気分だ。

 行き場のない感情が……不愉快だ。


 こんな時に彼を追えない無力さを噛みしめながら、ひとまずリリアンと合流することにした。

 彼の言う主人公を、もう1度考えながら。

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