第9話 前略、チャンスと勇気と
「忠告を聞かないからそうなるんですよ」
目を覚ましたあたしに、開口一番で厳しい言葉。
呆れた視線が痛い……
「一瞬で消えたと聞いて、少し考えればわかるでしょう」
続く小言に、今回はなにも言い返せないね。素直に謝ろう。
「ごめんね。ちょっと考えなしだったよ」
「大丈夫だった!?セツナお姉さん!?」
ノノちゃんにも心配かけてしまった。反省反省。
「大丈夫だよ、意外とあたし頑丈だから」
駆け寄ってくるノノちゃんにニッと笑って答える。大丈夫大丈夫。
「さて、そろそろ出ましょうか」
リリアンは出発の準備ができてるみたい。
なんだかんだいって優しい子なんだよね。でも……
「たしかに早く解決したいけどさ、猿退治は明日にしない?今日はいろいろあって疲れたよ」
展開の早さに飲まれがちだが、ネオスティアに来てからまだ1日もたっていない。
猿たちも今日はもう来ないだろうし、そろそろ身体を休めたい。
「あなたはなにを言ってるんですか」
んん……?自分でそろそろ出るって……話しが噛み合わないな。
不思議がるあたしに、リリアンはさも当然のように。
「そろそろここを出て、『青の領地』へ向かうと言ってるんです」
「ちょ、ちょっと!なに言ってるの!?」
突然の発言に驚きを隠せない。それじゃあ、この村やノノちゃんのお姉さんはどうなるのさ。見捨てて行くなんてありえないよ!
「だから甘いんですよ。途中の街にでも討伐依頼をだせばいいじゃないですか。ここから3日とかかりません」
私たちのすることではないです。
詰め寄るあたしを、リリアンは切り捨てる。それはそうかもしれないけど……
「あたしはあたしにできることをしたいよ。泣いてる女の子の涙を止めたい」
もう1度、ノノちゃんを見て思う。やっぱり子供は笑っていたほうがいい。いや子供に限らない。
あたしは世界を救えないけど、この手と足が届くところなら行動を起こしたい。例えば目の前の女の子の笑顔のためだとか。
「お願い!1日だけ頂戴!」
リリアンは冷たい顔でこちらを見てる。理想だけが先行している、その視線がそう語っている。
元の世界にいたときにも、そんな目を見てきた、それでも……
お願い!ともう1度頭を下げてみる。沈黙が重い……
「あの……セツナお姉さん、リリアンお姉さん……」
重い沈黙の中、これまで静かに震えていたノノちゃんが声をあげる。
「わたしたちは大丈夫だから……自分たちの村は自分たちで……」
ノノちゃんは途中少しづつ涙ぐむ。違うんだよ泣かないでほしい。
非力なあたしは無力な拳を握る。
あたしはできるならみんなに笑顔でいてほしい。当たり前の感情だ。当たり前だけど難しい、だけど困難なことが諦める理由にはならない。
もう1度、リリアンに向き合う、こっちは折れるつもりはない。
「はぁ……わかりました。1日待ちます」
もう何度目かのため息と共に、リリアンの方が折れてくれた、ありがたい!
「ただし、明日も無理なら殺します」
とんでもなく物騒だけど冗談じゃないよね。でもチャンスをもらえただけ十分だよ!
「ありがとう!走り込みでもしてくるよ!」
「待ちなさい」
外に走ろうとするあたしを呼び止め、リリアンから紙を渡される。なんぞこれ?
「あの猿に対する私なりの特訓メニューです。ただやむくもにやるよりはいいでしょう」
ありがたい。ただ走るよりも、成果があるだろう。
「それとスキルボードは置いて行って下さい。特訓の不正防止です」
スキルボードって置いていけるんだ……
仕方のないことだけど信用されてない、切り替えてこう。よし、やるぞー!
「セツナお姉さん……」
「というわけだよノノちゃん、良い子で待っててね」
話しはまとまった、遠慮がちなノノちゃんにあたしは笑って答える。
その不安が少しでも和らぐように。どつか笑ってくれるように。
「それとこのブーツ借りていっていいかな?逃げる時とかに使えるかもだし」
「それはいいんだけど……本当にいいの?」
「もちろん!」
出来るだけ格好良く。お互いの不安を感じさせないように。
さぁ行くぞ!勢いよく飛び出す!ギュン!畑に突き刺さる。締まらないなぁ。
1日、メモに書かれた特訓をこなす。途中【ウエポンチェンジ】によってブーツを履き替えれる事を学んだ。
……初めてのスキルがブーツの履き替えって、一体何なんだこのスキル。
それに気づいてから何度か履き替えたけど『疾風のブーツまーくすりー』は今までのような暴走もしなかった。
その代わりなんの効果もない普通のブーツだったけど…
「セツナお姉さん!お疲れ様です!」
特訓帰りのあたしをノノちゃんが迎えてくれる。いいなぁ、こういうの。
「ただいま、ノノちゃん」
「ご飯できてるよ!はやく食べようよ!」
あたしもひらひらと、手を振って答える。
見れば、テーブルには料理が並んでる、大きな皿に大量の肉じゃがが……肉じゃが!?
「なんで肉じゃががあるの!?」
突然の元の世界の料理に驚きを隠せない。
テーブルに手をつき、皿を見つめる。うん、肉じゃがだ。
「行儀が悪いですよ」
リリアンはもう食べ始めていた。あたしを待つ気はなかったらしい。まぁ、だろうけど。
「あぁ……ごめんごめん」
しっかり手を洗って、急いで席につく。
いただきまーす。
「美味しい!」
野菜が違うからどんな味かと思ったらほとんど変わらない味!こりゃスゴイ、ノノちゃんはいいお嫁さんになるよ。
「えへへ、やっぱり肉じゃがは醤油が決め手だね!」
あ、醤油もあるんだ、もはやツッコむまい。
どうやら本当に、歴代ネオスティアに来た人は多いらしい。
あまりの美味しさにご飯もすすむ、流石にこの量は食べきれるかな?なんて思ってる内に、肉じゃがはもうほとんど残っていなかった。
あれ?おかしいな……あんなに大量の肉じゃがは?
「ごちそうさまでした」
あたしの向かいに座っていたリリアンは優雅な仕草で席を立つ。リリアン、めっちゃ食べるじゃん!?
「おそまつさまー」
笑顔のノノちゃん、う〜ん、ネオスティアでは普通なのかな?
「あたしはてっきりメイドのリリアンが料理を作ってくれるんだと思ってたよ」
そういえば、と思った事を口にする。暴力シーンが目立つとはいえメイドはメイド。家事はお手の物だろう。
「どうして私が作らなければならないんですか」
少し食い気味のリリアン、用意された部屋へ向かう足を止め、あたしに振り返る。
確かにまだそこまでの仲じゃないってことだよね。
「どうして私が料理をできると思ったんですか」
「できないの!?」
そっちの方なの!?え、おい!メイド!
「戦闘用なので」
さらっと答えるリリアン、なんだか知れば知るほどわからないなぁ。
片付けを手伝い、部屋に向かう。
あたしも今日は眠ろう。布団に入り、今日1日を振り返る。
体感として死んで、死んで、戦って、戦って、畑に刺さって、畑に刺さって……
う〜ん、カオス。ネオスティアにきてから初めての夜。
あたしはこれからの事よりも、明日ノノちゃんのが笑えるかどうか、それを考えながら眠ることにした。
朝起きる、眩しい太陽に手をかざす。
晴れた空は絶好の主人公日和である。
「おはようございます、セツナお姉さん」
「おはよ、ノノちゃん」
あいさつ、出発前のあたしにノノちゃんの見送りが心強い。あ、そういえば。
「借りたブーツなんだけど、2回畑に刺さってから暴走しなくなっちゃったんだけど……」
本当は昨日聞きたかったけど忘れていた。
壊しちゃったかな?と聞いてみる。
「あ、『疾風のブーツまーくすりー』は1日に2回それぞれ2歩までしか機能しないらしいよ」
「なるほど……じゃあ逃げる為に使わせてもらうよ」
なんだか失敗作っぽい説明を今更ながら受ける。
本当は必殺技とか考えたけどこれじゃあ実戦は無理だよね。
「それと……これ……」
ノノちゃんが小さな包をとりだす、これは?
「わたしが作った薬草だよ、セツナお姉さん弱いから……」
「あ、ありがとう……」
素直に喜べない……でも心づかいは嬉しいよ、嬉しい。
腰の小さなポーチに薬草をしまう。
「死なない程度に頑張って下さい」
はい、とリリアンからスキルボードを返される。準備万端かな?
「ごめんなさい、セツナお姉さん。わたしの方が強いと思うけどわたし……わたし……」
あたしの心を傷つけながらノノちゃんは言葉を紡ぐ。
「わたし……勇気がなくって……」
とうとう泣き出してしまった。どうしてあたしはいつも泣く前に止められないんだ、情けない。
「仕方ないよ、大好きなお姉さんが未だに起きないし、そんなことにした猿と戦うなんて普通怖いよ」
心配ない、ノノちゃんにそう伝えたくて。
問題ない、頑張ろうと自分に言い聞かせて。
「でも、いつかは勇気をだしてほしいな。いつかお姉さんとかこの村の人達を守れるように」
あたしが言えたことじゃない。それでも弱っちい頑張りが、ノノちゃんに伝われば……きっとそれはいいことだ。
大丈夫、と前置きをして。
「勇気がないならあたしがあげよう!弱っちいあたしでも諦めずに頑張るから!」
ちょっと怖いけど虚勢を張って。胸を張って。
せめて今だけは格好いいお姉さんであれるように。
そんじゃいっちょいきますかー!
装備はノノちゃんの薬草とお姉さんのブーツ。なんて心強い。
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