第119話 最後の使徒、『不死のドーズ』


 階段のトリック?を見事あばいた俺たちは、そのまま通路を進んでいく。後ろにあった階段はもうはるかかなたで視界から消えてしまった。これから先何が起こるか分からないので、気を引き締めて周りを注意しながら進んでいく。


「なーんにもいませんねー。でーてこい、でーてこい」


 こういったのもいるが、少なくとも俺は緊張感きんちょうかんを維持している。しかしなーんにもいない。なーんにも変化がないのは事実だ。


 かれこれあの階段から一時間。


 通路の先が壁で行き止まりになっている。壁に近寄ってよく見ると、行き止まりと思えた壁は巨大な扉だったようだ。真ん中に切れ間が入り、左右対称な何だか分からないぐにゃぐにゃした模様、いわばクトゥルフ的な何かが浮き彫りされていた。太古たいこの神とか不気味な巨人が出て来そうなおどろおどろしさがある。


 とはいっても『闇の眷属』たる俺たちのは、不気味だとか、おどろおどろしいと感じることはあっても、それでSAN値が削られるわけでもなければ、逆に気持ちよくなる場合の方が多いかもしれない。


 さらに近寄って、巨大扉の前にたどりついたのだが、どこをどうすれば扉が開くのか分からない。どこかになにかの仕掛しかけがあると思うのだが、どこを探しても見つからない。


『見つからないな。中から何か出てくるまで待つしかないか』


「出てきますかね?」


『さあな。二人とも、そろそろ休憩でもしないか? 疲れもたまってきたろう』



 そういうことで、俺たちはいつものように通路の端によって、座り込み、休憩することにした。俺の場合、腰に『スティンガー』まで含めて三つ下げた武器を、いちいち外すのは面倒なので、座るのに邪魔にならないよう気を付けてしゃがむのがコツだ。


 トルシェは水袋の『暗黒の聖水』を飲みながら、干しブドウを食べ始め、アズランも同じく『暗黒の聖水』を飲みながら、木の実をフェアと分け合って食べ始めた。俺も、トルシェとアズランから干しブドウと木の実を分けてもらって、食べることにした。


 指でつまんだ木の実を開いた口の中に入れて、そこからまっすぐコロのいる胸に向けて落としてやるわけだ。何だか久しぶりに自分でものを食べている気がし始めたのは不思議なものだ。


 そのまましばらく座って休憩していたが、扉が開く気配けはいは全くない。


 休憩中の二人を残して俺だけ扉の前に行き、そこに浮き彫りになった模様をすこし離れたところから眺めてみる。


 最初見た時には、左右対称に見えた模様なのだが、よく見ると少し左右で模様が違っている。ジーっと左右の模様を見比べていたら、何だか気持ちが良くなって来た。


 俺が気持ちよくなるのはたいてい一般人からするとダメージなるようなことが多いのだが、これって、やっぱり一般人だとSAN値が削られるようなものだったのかもしれない。できれば、拠点に扉ごと持って帰りたいぐらいの名品なのだが惜しいな。


 俺的には癒される扉の模様をぼーと眺めていたら、トルシェとアズランがやって来て、


「何だか、この絵、動いてませんか?」


「私もさっき見た時とは図柄ずがらが少し違っていると思います」


『俺はじっと見ていた関係で、逆に気付けなかった。そう言われてみればそんな気もするな。こいつ動いていると言うことは生きてる可能性もあるな。よーしそれじゃあ』


 右腰に下げたリフレクターを両手で構え直し、思いっきり浮き彫りにたたきつけたやった。


 硬い物を予想していたのだが、


 ドスッ! と重い音がして、リフレクターがめり込んでしまった。リフレクターを引き抜いたら、すぐに浮き彫りにできたへこみは元に戻ってしまった。


『まいったな。こいつは壊せるような手ごたえじゃないぞ』


「そうだ! 困ったときには、リンガレング!」


「それより、コロちゃんに食べさせたらどうでしょう」


『まずは、コロで行くか、ダメならリンガレングの登場だ。

 それじゃあ、コロ、目の前の浮彫うきぼりを食べちゃってくれ。できたらそのまま扉に孔をあけてくれ』


 後ろに下がった位置から、コロの細い触手が、浮彫の太い触手に取りついた。


 その瞬間、それまで灰色だった浮彫がぬめりを持ってつやのある真っ黒な触手がうごめく左右二つの塊になった。そいつがわらわら、うねうねとうごめいて左右の扉から合体しながら抜け出てきた。


 それでも、コロの触手はうごめく塊りに取りついているようで、少しづつうごめく塊りの触手が消えているが、後から後から新しい触手が湧いてきて、やや速度負けしている。


 頑張れコロ、立つんだコロ!


 別にダウンしているわけではないのでコロは立ち上がらないのだが、俺の心の声援せいえんが届いたようで、徐々にうごめく塊りの黒い触手の数が減り始めた。


 その調子だ!


 働き過ぎで、気を病んでいる人間に対して、『頑張れ!』というのは禁句きんくらしい。そのせいか、またコロの方が押され始めた。少しずつ、うごめく塊りが俺たちの方に近づいて来る。


 そこで、これまでアズランの肩にとまっていたフェアが飛び立ってうごめく塊りの上で飛び回り始めた。『妖精の鱗粉』を振り撒いているんだろう。


 おっと、俺の体からも黒い瘴気が漏れ出てきた。コロの瘴気攻撃だ!


 鱗粉攻撃を浴びたうごめく塊りの上の辺りの黒い触手は段々と動きが遅くなりつやも無くなって来た。フェアの鱗粉攻撃が効いているようだ。


 正面では、コロの瘴気攻撃を浴びた黒い触手もつやが無くなって動きが鈍くなって来た。


 いける、これならいけるぞ。そう思ってしまった。これぞまさにフラグ。


 つやが無くなって動きの遅くなった触手がそのまま本体から切り離されたようで、バタバタと床の上に転がり落ちてきた。そいつらはまだ生きているようで、床の上でゆっくりうごめいている。


 コロの触手に当たらないよう、床に落ちた触手の切れ端に向かって、トルシェの黒い紐が打ち付けられた。


 シュー。


 音はしないがそんな感じで、触手の切れ端が次々干からびて行きやがて黒い粉になっていく。ただその黒い粉はうごめく塊りが上を通ると吸収されてしまうようだ。トルシェの攻撃に意味があるかどうか今のところ疑問だ。


 コロの瘴気やフェアの鱗粉りんぷん攻撃で傷んだ触手がどんどん床に落ちていく中で、うごめく塊りの本体の方は、何事もなかったように新たな触手を生やしてまた前進を始めた。それに合わせるように俺たちは一歩一歩後ろに下がっていく。



 これではキリがないどころかじり貧だ。ここらが潮時しおどきだな。それでは、用心棒のリンガレング先生お願いします。


『リンガレング出ろ!』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る