第63話 お買い物


『何かいい依頼でも見つかったか? 「大迷宮」に入るためだけのギルドカードと割り切っていたが、この木札を首から下げておくと妙なヤツに絡まれる。せめて木札でないランクに上がっておかないか?』


「ダークンさん、次のFランクからCランクまでみんな同じ銅のカードなので、どのみち強そうには見えませんよ。Bランクの銀のカードかAランクの金のカードじゃないと」


『Bランクでだったもんな』


「とはいえ、さっき見てたら、面白そうな依頼を見つけました」


『ほう。それで?』


「「大迷宮」の5層、わたしたちの拠点への出入り口の孔のある階層で、ファングウルフの上位種のシルバー・ファングの群れが見つかったようです。シルバー・ファングの群れはBランクのパーティーでも下手をすると全滅するといわれています。1匹当たり金貨1枚らしいので、期限もないし申し出も必要ない常設依頼ですから、小遣い稼ぎにちょうどよくありませんか?」


『聞くところによると、ここの冒険者はほとんどがCランク以下なんだろ? 5層辺りにそんなモンスターが出るようじゃたまらないんじゃないか?』


「5層なんかに行くCランクのパーティーはそんなにいませんよ。普通は4層までで仕事をしてるんじゃないですか?」


『なんだか冒険者といっても冒険しないのな。下の層を目指しているという、Aランクの連中以外には俺のようにのあるやつはいないんだ』


「それは、ダークンさんほどのある冒険者なんているはずありませんよ。そうだよね、アズラン?」


「は、はい。その通りです」


『冗談はさておき、俺たちには「収納キューブ」があるからいいが、そのシルバー・ファングの大きさが大きいようなら、普通なら数匹持つだけで持てなくなるんじゃないか?』


討伐証明とうばつしょうめい部位ぶいは、左耳だそうです。そのほかに丸ごと一匹あれば、毛皮なんかも取れるでしょうから、かなりの値段で売れると思います」


『そうだとすると、俺たちにはかなり割の良さそうな仕事だな。アズランの訓練にもなるし丁度いい』


「私で大丈夫でしょうか?」


「大丈夫、大丈夫。ね、ダークンさん?」


『もちろんだ。その前に、アズランに着るものやら雑貨をそろえてやらないか?』


「そうですね。それじゃあ買い物に行きましょう。ダークンさんのバケツのこともありますからね」


 買い物のため冒険者ギルドを出ようとホールの中を出口に向かうのだが、モーゼの海割うみわりのごとく、俺たちの進行方向に沿ってホールにいた冒険者たちが避けていく。こうもあからさまだといっそすがすがしい。ついでに俺のへルメットを取ってやったらどうなっただろうと思ったが想像するだけにしておいてやった。


 ギルドを出て最初に買い物にまわったのは雑貨屋で、そこでアズランのために小さめのリュックと着替えの古着、大切な革の水袋をそれなりの数とその他の小物を揃えたようだ。もちろん支払いはうちの大蔵大臣だ。アズランはトルシェが何もかも支払ってしまうことにかなり恐縮きょうしゅくしていた。俺などいちども金を払ったことがないのが自慢なのだがな。


 次は鍛冶屋だ。俺のバケツも買いたいが、その前にアズランの着ていた鎖かたびらの修理をしてもらおうということだ。左肩口がざっくり切り裂かれて内側に曲がった切り口が鋭くとがっている。おそらく傷口にも幾分突き刺さったのだろうが、きのう確認したところでは傷口に異常はなかったので、それも含めて治ってしまったのだろう。


 修理が大変なら新しいものを買えばいいからな。


 そう思っていたが、トルシェに連れられてやって来たのは、鍛冶屋ではなく前回お世話になった武器屋だった。


 新規に製作などを頼む場合は、武器屋などの小売りを通さず、直接鍛冶屋に行って説明した方が良いらしい。しかし、たいていの鍛冶屋は火をおこして鍛冶作業をしている途中での接客を嫌う。当たり前だな。鍛冶屋は、空いた時間に武器屋や雑貨屋から注文を聞いてでき上がった品物を卸している。ということで、武器屋に顔を出したようだ。



 前回訪れた武器屋に入ると、今日は店の中にはそれなりの客がいた。その客たちが、店に入って来た俺たちに振り向いて、一様にぎょっとした顔をしていた。


 おいおい、俺たちがそんなにこわもてに見えるか? 確かに俺自身はそうかもしれないが、あとの二人は可愛い女の子だぞ。


「いらっしゃいませ」


 前回は何を言われてもまるで分らなかったが、今回は店の娘さんの言葉がちゃんと理解できた。『いらっしゃいませ』は接客の基本。どこの世界も変わらないようだ。


「この鎖かたびらチェインメイルだけど修理できるかな?」


 うちの大蔵大臣が持ってきたアスランの鎖かたびらチェインメイルを見せて女の子に尋ねたところ、


「修理は可能ですが、材質が特殊ですので、お時間と費用がそれなりにかかります」


「だいたいどれくらい?」


「そうですね? 鍛冶屋さんのほうも立て込んでいるようですので、修理にはお預かりしておそらく3週間ほど、値段もでき上がりをみてからでないとはっきりしませんが金貨10枚近くすると思います」


「そんなにするの?」


「ええ、この素材は、軽くするため、銀にミスリルを少量加えたものですのでかなりお高くなると思います」


「そうなんだ。アズランどうする? 金貨10枚は大したことないけど3週間も待つくらいなら新しいのを買った方が良いんじゃない?」


「わたしは手持ちもないし、どちらでも構いません」


「なら、アズラン、好きなのを選んでよ。値段は気にしなくていいから。昨日の臨時収入でふところは燃えちゃうくらいに暖かいから」


「それなら、このマネキンが着けているものと同じものがあればそれで」


「お客さんの体に合わせるには、型直しが必要ですがどうします? 値段は型直かたなおしの費用込みで金貨10枚になります。型直しはうちでも可能ですので明日の昼前にできると思います」


『もう一泊することになりましたがいいですよね?』


『もちろん』


「それじゃあ、それでお願いします。それと、金物で出来たバケツのような物は有りませんか?」


「丸くはありませんが、鍛冶で使う油を入れておくのに使う鉄製のおけがあります。ゴミが入らないようふたがついているので邪魔なら蓋は取りますが?」


「いえ、蓋がある方が良いのでそのままで。一応見せてもらえますか?」


「少しお待ちください」


 女の子が店の奥に鉄製のおけを取りに行ってくれた。


「ダークンさん、良かったですね。蓋もついているそうだからスライムのおりにピッタリ」


『聞いてみるもんだな』


「あのー、スライムを飼うというのは冗談じゃなかったんですか?」


『冗談? んなわけないだろー』


「そうだったんですね」


『アズランも飼ってみたいなら、もう一つ桶を買っておくか?』


「いえいえ、全然りません」


『欲しくなったら遠慮せずにすぐ言えよ。トルシェが買ってくれるから』


 俺は一文いちもんなしだからトルシェに頼んでくれよな。


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