第22話 水場で


 トルシェはずっと俺の臭いに我慢がまんしてくれていたようだ。


 俺自身に嗅覚きゅうかくがないのでゴブリン由来ゆらいのばっちくて臭いものをそこらじゅうにくっ付けていることを失念しつねんしていた。


 ガーゴイル像のあった池に向かって通路を二人で歩いて行く。


 俺は適当にリフレクターとエクスキューショナーを使ってスライムをたおしていき、トルシェは律義りちぎに、矢を取り替えながら弓を射ていた。


 俺も進化して武器を振るう速度、威力いりょくともに上がったようで、特にリフレクターをスライムに普通にたたきつけるだけで、その場でスライムが弾け飛んでしまい。黒い液体が飛び散ってしまった。


 幸いトルシェにはかからなかったが、俺のはいているズボンにかかってしまった。


 もともとこのズボンは茶色のズボンだったがご多分に漏れず、いまではちゃんと黒っぽくなっている。黒い液体は猛毒だとかトルシェが言っていたが、特にズボンに変わったところはなく、手で払ったらそれだけだった。むろん、俺の手も何ともなかった。


 しばらく二人でスライムをたおしながら歩いていると、通路の前方に明るく見えていた部屋にたどり着いた。


『この広間は、なんだかおごそかな感じがします。水の流れ出ているガーゴイルも年季ねんきが入っている感じですし』


『そうなのか?』


『ただ、何となくです』


 そんなにおごそかな場所なら、いずれ闇の神さまの祭壇さいだんでも造るか? 闇の神さまっているのかな?


『光と闇の戦い!』


 なんだかそそられるな。しかし、俺みたいに自分が闇側だと想定するヤツは少ないだろう。


『まず、トルシェが先に体を洗え、その後から俺は洗濯せんたくを始めるから』


『それじゃあ、お先に』


 そういってトルシェは池の前でするすると着ているものを脱ぎ捨ててマッパになった。


 まだ子どもだから羞恥心しゅうちしんなどないのだろうし、俺が生身ならばあるいは子どもでも羞恥心を持ったかもしれないが、このなりなので全く気にならないようだ。


『トルシェ、池の底に骨が散らばってるから足元には気をつけろよ』


『はーい』


 トルシェは、リュックの中から取り出した布を持って、池の中に入って行った。


『このガーゴイルから流れ出ている水はおいしそうですよ』


『生水を飲んで腹が下らないか?』


『大丈夫ですよ。なにせ、指輪がありますから』


 それもそうか。ってトルシェのヤツもう飲んでるよ。


『おいしーい。ただの水のはずなのになんでこんなにおいしいんだろー? なんだか気力がみなぎってくるような気がします。これならいくらでも魔法が使えそう。後で水袋に入れておこう』


 褐色かっしょくの肌、全く膨らんでいない乳房の先っちょだけがピンク色をしていて妙に生々しい。背中まで伸びた銀髪が濡れてぺったりといろいろなところに貼りついている。


 マッパで水の解説かいせつはしなくていいから、早く体を洗ってくれ。


 トルシェは最初に髪の毛を洗い、そのあと持ってた布で体を洗いながら、何やら歌を口ずさんでいる。全く聞き取れないので、多分無意識むいしきに歌っているのだろう。


 トルシェは自分には身寄みよりがないと言ってたから、捨て子でなければ両親はたぶん亡くなっていると思う。両親が生きていたころに覚えた歌なのかもしれないな。


 しかし、長いな。女の長風呂ながぶろとはよくいったものだ。いや、そんなことわざあったかな?


『おーい、そろそろいいかー?』


『すみません。ここの水の中にいるとすごく気持ちのいいもので。もっとすみませんが、わたしのリュックの中に革でできた水袋があるので取ってくれませんか?』


 こいつは、立ってるものは親でも使うヤツだな。


 トルシェのリュックの中を覗くといろんなものが入っている。あんまり、人のものをいじくりまわしてかき回すのは良くないので、言われた革袋、先端にコルクの栓がついている水袋をとりだして、トルシェに渡してやった。


『ありがとうございます』


 そう言って水袋を受け取ったトルシェは、中に残っていた水をすてて、ガーゴイルの口から流れ出る水で水袋を満たしたようだ。


 池から上がったトルシェが、しぼった布で体を拭いて素早く服を着た。


 それでは、洗濯を始めるとしましょうか。そんなに数があるわけでもないのですぐ終わるだろ。


『お手伝いしましょうか?』


『すぐ終わるから大丈夫だ』


 足音を消すために足に巻いていた布や、ろっ骨の隙間に突っ込んでいた布はいつの間にかなくなっていたので、洗濯物は布袋ぬのぶくろに入っている布だけだ。


 袋から取り出したゴブリンの腰布こしぬのを池の水で洗い、ついでに腰布を入れていた布袋ぬのぶくろも洗っておいた。硬く絞って、池の周りに並べて干しておく。


『ダークンさん。わたしが、乾かしましょうか?』


『うん? どういうことだ?』


『なんだか、いろいろ魔法が使いたくて。今ならいろいろな魔法が使える気がするんです』


『それじゃあ、頼む』


『ブリーズ!』


 暖かい風がどこからともなく起こり、その風が俺の洗濯物せんたくものに吹き付けられている。


 これはいい。ヘアードライヤーの代わりにもなる。


『洗濯物より、トルシェの髪を先に乾かせよ』


『それじゃあ、そうします』


 ヘアードライヤー魔法で乾かされたトルシェの銀色の髪は、部屋の中の不思議たいまつの黄色い光を反射して金色に輝いてみえた。これまでは少しごわごわした感じがしたトルシェの髪の毛だが、トルシェが頭を動かすたびにサラサラと音を立てるような感じで軽く流れる。非常につやのあるきれいな髪の毛だ。



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