第14話 冒険者たち1、トルシェ


 ここは、迷宮都市めいきゅうとしと呼ばれるトラン王国最南端さいなんたんの都市。名前はテルミナ。


 都市内部に『大迷宮だいめいきゅう』と呼ばれるダンジョンをかかえ、そこから産出される各種の迷宮由来ゆらい産品さんぴんが都市の経済を支えている。


 その迷宮由来の産品を危険を冒して入手してくる者たちのことを冒険者と呼んでいる。


 冒険者の中には、自嘲じちょうを込めて自分たちのことをスカベンジャー(ゴミあさり)という者もいる。


 ほとんどの冒険者は迷宮の深部に進むことができず1層、2層といった浅い層で文字通りクズ素材を集めて生活しているからである。それでも何とか生活できるのが迷宮都市でもある。


 3層より下の層に進むのはごく限られた優秀な冒険者たちだけである。


 そういったピンキリの冒険者たちに各種のサービスを行っているのが冒険者ギルドという組織だ。


 もちろんサービスは無償むしょうではない。手数料といった名目で冒険者たちから金銭を徴収ちょうしゅうしている。


 迷宮に入るには、冒険者ギルドの発行するギルド証が必要なため嫌でも迷宮にもぐる冒険者たちは冒険者ギルドに登録している。


 冒険者ギルドはいわゆる既得権益者きとくけんえきしゃなわけだ。


 テルミナには王国一の冒険者ギルドの建物が建っている。


 商業ギルドも併設へいせつされているためむやみに大きな建物で、裏手には倉庫群、荷馬車にばしゃの積み下ろし場、解体場、加工場などの建屋たてやがずらりと並んでいる。


 その冒険者ギルドの1階ホールの壁際まどぎわに置かれた依頼票いらいひょうの貼られたボードを見ながらため息をついている一人の女性冒険者がいた。


 名前をトルシェ・ウェイストといい、その特徴的な耳の形と、際立きわだった顔の造形ぞうけいからエルフと分かる容姿をしている。


 彼女の歳は18歳。実際には彼女は純粋なエルフではなく長命のエルフと人間との混血のハーフ・エルフだ。しかしエルフの特徴を強く残しているため、18歳ではあるが肉体はまだ子供の域を出ておらず、顔つきも幼さを残している。


 髪の毛は鼠色ねずみいろに近い銀色でくせ毛などない直毛を背中辺りまで伸ばし、そこできれいに切りそろえている。濃い緑のひとみ。右手の中指に両親の形見かたみの金の指輪をはめている。


 通常、冒険者は4人から6人でパーティーを作って迷宮内に潜っていくのだが、今現在、トルシェにはパーティー仲間はおらず、ソロで活動しているめずらしい冒険者だ。


 最高位のAランクくらいの冒険者の場合、ソロで活動している者もいくらかはいるが、彼女のランク、Dランク程度で、迷宮内をソロ活動をする冒険者はほとんどいない。おそらく、トラン王国には彼女以外いないだろう。


 もちろんトルシェとて、すき好んでソロで活動しているわけではない。先日まで彼女も将来有望な冒険者たちとパーティーを組んで迷宮に潜っていたのだ。先日までは。


 一月ほど前、彼女は迷宮第3層でその仲間のパーティーとモンスター狩りをしていた時、パーティーごと転移の罠にかかり、第5層に飛ばされてしまった。


 そこで、遭遇そうぐうしたモンスターにより、最終的にパーティーは壊滅かいめつ、トルシェ一人無傷で生き残った。


 その後、その階層の上り階段を探して彷徨さまよっているところを、たまたま通りがかった高ランクのパーティーに救われたのだ。


 彼らのおかげで迷宮から無傷で脱出することができたのだが、それは、パーティー壊滅後かいめつごも彼女だけ無傷で生還した3度目の脱出だった。


 救い出されたことは幸運なのだが、不幸なことに、それ以降、彼女にパーティーに入るよう勧誘かんゆうする者はいなくなった。


 彼女が話しかけても無視するか露骨ろこつに嫌な顔をされるようになり、トルシェも自分が嫌われていることを悟ったようだ。そしてその状況のまま今日にいたっている。


 そろそろ、ちゃんと迷宮に潜って何かしらの成果を上げ、まとまった収入を得ない事には、部屋代のまった今泊っている宿屋からも追い出されてしまう。


 まさに、切羽せっぱ詰まった状況に追い込まれている。


 いくら探しても、ソロでなんとかできそうで、しかも割のいい依頼は掲示板に張り出されていない。


 どうしたものかと思案に暮れていると、この冒険者ギルドの中でも上位パーティー『あかつきやいば』の面々がギルドの入り口からホールの中に入って来た。そのまま、彼らはホールを横切り、ギルド職員の働くカウンター内のエリアに通されその先の階段をのぼって行ってしまった。


「どうやら『あかつきやいば』の連中、ギルマスから指名依頼を受けるようだぜ」


 そんな声がどこからともなくトルシェに聞こえて来た。


 有名パーティーならそんなこともあるのだろう。自分とは違う世界のことは正直どうでもいい。


 そういえば、5階層で新たな側道そくどうが発見されたという話があったが、その関連かもしれない。


 新しく発見された区域は、実績のあるパーティーが調査するのが相場そうばだ。


 自分に関係のないことは、どうでもいいなどと思っていたが、つい、指名依頼について思いをめぐらしている自分に笑いがこみあげてきたトルシェだった。


 今日もソロで可能だが割の悪い仕事を受けるしかないかと半ばあきらめて、掲示板に残った依頼票をそこから外そうと手をのばしたところで、奥の階段から『暁の刃』の面々が降りて来た。


 彼らは、そのままギルドの出入り口に向かってホールを横切っていたが、不意に立ち止まり、トルシェの方に近づいてきた。


――こっちに何かあったか?


 ずんずん『暁の刃』の面々がトルシェの方に近づいて来る。そして、その中で一番体格のいいリーダーと思われる男がトルシェに向かって、


「おまえがトルシェか? 良ければ俺たちと一緒に迷宮に潜ってみないか?」


「は、はい。わたしがトルシェです。えーと、本当にわたしでいいんですか?」


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