第3話 本格派ゾンビに転生


 目玉だけになっても意識のあった俺だが、車のフロントガラスにぶつかった衝撃しょうげきでそのままつぶれてしまったようだ。そこで、意識が途切れ全てがなくなった。


 そのハズだったのだが、


 あれ?


 気が付くと、というか気が付いてしまったところをみると、まだ意識が俺にはあるようだ。考えることはできるのだが、何も見えない。音も聞こえなければ、手足が付いている感覚もなく、周りの温度も感じることができない。これが、魂の状態なのか?


『気がついたか?』


 声がした。耳で聞いたわけではないが声がした。


『おまえはこれから、ある世界へ行くことになる。その世界で好きに生きろ』


 こ、これは異世界転生! ダンプにひかれれば異世界に転生できるという都市伝説は本当だったんだ。


 俺は、やったんだ。1億分の1のくじに当たった。賭けに勝った! 


 勝ったドー!


『死んだ者はだれもが異世界で生まれ変わる。おまえもそのなかの一人だ。それではな』


 神さまっぽい存在に一方的に話しかけられて、一方的に話が終わってしまった。聞きたいことは、何も聞けなかった。1億分の1のくじに当たったんだと思っていたが、もれなく当たるくじだったらしい。


 くじに当たったことが幸か不幸かこれから分かるハズ。そこまで考えたところで、また意識が無くなった。



 一瞬なのか、何日もたったのかわからない。次に意識が戻った場所は、暗い場所でそこに俺は横たわっているようだ。まぶたを開けると、うっすらとあたりの様子は分かるのだが暗すぎてよくわからない。その暗がりの中でみょうな違和感いわかんがある。


 その正体は、嫌な臭いだった。鼻をヒクヒクさせて臭いをぐと、すえたようなほこりっぽいような、地下室に生えたカビの臭いのような嫌な臭いがあたりに立ち込めている。じっと座っていたら、そのカビ臭さとは別のもっと嫌な臭いが強くなってきた。この鼻をつく嫌な臭いの元はどうも俺自身のようだ。


 この前風呂に入ったのはいつだったか忘れたが、この臭いはそんな生易しいものじゃない。何だか肉が腐った臭い。そう、これは腐臭ふしゅうだ。


 じゃあ、何で俺から腐臭がするんだ? それは俺が腐っているからだろう。俺は転生したら死ねないゾンビの体から解放されると思っていたのだがどうも違うらしい。またゾンビの体に戻っている。しかも、全裸状態のようだ。この匂いの強烈さから言って腐敗ふはいはかなり進行しているようだ。


 全裸の俺だが、それで寒さを感じているわけではない。床と素肌をさらした尻から背中にかけてなにやらぬるぬるというかずるずるというか、みょうな感触がある。皮膚から何かが床にしたたっているようでもある。俺の体中の腐った肉から腐汁ふじゅうしたたって床まで流れているのだ。


 自分で自分を正面から見ることが出来れば相当グロい情景なのだろうが、辺りが暗いせいではっきり見えないことが幸いだった。


 このまま、肉が腐り落ちてしまって骨だけになったらどうなるんだろう? そうなれば臭くなくなるのだろうが、目玉がなければ目が見えないし、耳もなければ音も聞こえない、要するに五感全てがなくなってしまう。それでも生きていたらそれはそれでイヤだ。


 まあ、こうやって、ゾンビになっても生きているんだから、超常的ちょうじょうてき何かで器官がなくとも五感を感じられるかもしれない。なんにせよ俺にできることは何もないのでどちらにせよ心配すること自体が無意味だ。


 ということで、俺は石の床の上に寝っ転がってぼーっと天井を見ながら考え事をしていたら、何だか右足の先あたりがもぞもぞする。足をまげて手を伸ばし、もぞもぞの正体を確かめようとしたら、ぶにょぶにょでなんだか冷たい塊に手先が触れた。そいつが俺の足先から少しずつい上がってきている。


 首を上げてすこし暗がりに慣れてきた目で見ると黒い塊りが右足にくっ付いてうごめいている。


 その塊りが通り過ぎた足の先は肉がなくなって白い骨が見えている。こいつは俺の体の腐肉をっているようだ。


 このままこいつに肉をすっかり食べさせてしまえば、この臭さもなくなるのではと誘惑ゆうわくを覚えたが、全部食べられた先がどうなるのかわからない以上冒険はできない。


 俺の体を食べているその黒い塊を引きはがそうと両手でつかんで思いっきり引っ張ったら、俺の右のふくらはぎの肉と一緒に引きはがすことが出来た。黒い塊をつかんでいた俺の両手の指先の肉がそいつに喰われたらしく指先の骨が見えたのであわてて、そいつを床にたたきつけてやった。


 そいつはべちゃりと生理的せいりてきに不快な音をたててつぶれてしまい、それっきり動かなくなって、そのうち黒い水たまりになった。


 その瞬間、何かが俺の胸のあたりに吸い込まれたような感覚があり少し体が軽くなった気がした。


 今の黒い塊は、ファンタジーの定番モンスター、スライムだったのだろう。話しかけることのできる相手がいない今、俺がスライムと呼べばそいつはスライムだ。それで、いま少しだけだが体が軽く感じられたのは、スライムをたおして経験値的な何かを得たからと考えるのが妥当だとうだ。


 なんだか嬉しくなってきた。敵をたおして経験値を稼いでレベルアップ! やる気が皆無かいむだった俺だが、がぜん、やる気が出て来た。


 スライム、カモン!


 むっくりと起き上がり、あたりを見渡す。最初の時と比べ明らかに目が暗さに慣れてきたことが分かる。あらためて俺の今いる場所を確認すると、天井はかなり高く、広さは10メートル四方くらいの部屋だった。


 前方に出入り口が一カ所ある。壁や天井は岩目が細かく黒っぽい石、おそらく玄武岩げんぶがんか何かできているように思える石室せきしつだ。その黒い石の上にさらに黒い塊が何個もくっ付いてそいつらが俺の方に近寄ってきている。あとは、石室の俺のいる場所の反対側に、ゴミを積み重ねたような小さな山があるのが見えた。


 スライム、カモン! とは言ったがちょっと数が多い。うまく立ち回らないと囲まれてしまう。


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