変わるときは、こんなふうに。 ~~古流原 柾編~~
カメとさかなのしっぽ
第1話 やりたいことはない
携帯電話の着信音に目を覚ます。
軽くあくびをしながら体を起こし、音のなる場所を探した。薄暗い部屋に目が慣れてくると、自分がキッチンでうたた寝していたことを思い出す。
着信音は、背後から聞こえていた。すぐ隣の部屋、リビングからだ。簡単にパーティションで区切れるようにしてあるリビングへと、振り返って目を向けた。
リビングは、雑多に多くのものが置かれていて、くつろげる場所ではなくなっていた。ジェットコースターの模型に、ジャイロコンパス、つるべ落としの道具、頭が金色で胴体が真っ黒な猫のヌイグルミ。水時計に、銅鏡、映画の撮影に使われて壊された歩行者用の信号機のイミテーション、銀食器ひと揃えに、アンティークのビスクドールなどなど・・・統一性のないものがひしめきあっていた。ショールームのように整えられているキッチンとは、対照的な部屋になっている。
携帯電話は、そんなリビングの銅鏡の上にかぶせてあった、クリーム色のシャツのポケットに入っているようだ。真っ暗な部屋の中、シャツの生地越しに弱弱しく赤い点滅と、白く浮かぶ四角い明かりが見て取れた。
幻想的なその光景に、しばらくのあいだ、ぼおー、と見とれてしまった。
出なかったために電話は切れてしまった。留守電メッセージも残さなかったようだ。点滅でわかる。
あくびをする。
もうひと眠りすることにした。
🛏🌛 🛏🌛 🛏🌛 🛏🌛 🛏🌛
⦅ここからは、
・・・霧深い石造りの街の中央に、天高くそびえる塔が7つある。塔の最上階は見ることさえ叶わず、ぼんやりとした真っ白な霧の向こうに霞んでいた。
そんな7つの塔を、街のオープンカフェ、その大通りに面したテラス席から、一匹の猫の獣人が見上げていた。ここからでは塔の輪郭しか見ることはできない。
『獣人』とは、人に似て人語も話すことができる獣――この場合は人間のように二本足で立って歩く猫のことである。
彼の名前は、スタンダール・クーン。
猫獣人族の中ではかなり名の知られた遺跡探究者であり、これまでにも数多くの古代遺跡や、迷宮と呼ばれる洞窟を見つけ出している。また、その内部の地図を作製したり、宝物も見つけてきた冒険家でもある。
そんなスタンダールが次に目を付けたのが、発見されてから200年経っているにもかかわらず、未だに誰も最上階にたどり着いていないらしい『霧の街の七つ塔』だった。
数々の死地を切りぬけてきた精悍な顔に、もうひとつ深くしわを刻むかのように目をひそめて、そんな塔を見上げている。
凛々しい左右3本づつのヒゲが、戦いを予感してピクピクと震えている。
スタンダールは、キャンプ用品一式が入っている巨大なリュックと、愛用の弓矢、そして不思議な力を持つ胸のペンダントと確認していく。
カフェの店員を呼び、支払いを済ませた。
大きなリュックを軽々と持ち上げて、大通りの賑わう人の波の中へと、するりと入りこんだ。器用に通行する者たちを避けて進んでいく。
向かう先は、第一の塔だ。
「・・・俺が、登ってやる」
薄霧の中、塔の壁の模様が見えてきた。それでもまだ、小さな挑戦者をあざ笑うように、塔の最上階は見ることができない――
・・・
🌫🌥 🌫🌥 🌫🌥 🌫🌥 🌫🌥
⦅ここからは現実の話になります⦆
空腹で目が覚める。
普段着のままでキッチンの椅子に座って寝ていたせいか、かなり体が冷えていた。腕も痺れていた。無理な体勢で寝ていたらしい。
大きく口を開けて欠伸をする。まずは空腹を満たすために冷蔵庫の中身を確認した。
「ピーマン・・・のヘタかす・・・?」
小皿に丁寧にラップされて保存してあったものは、すでに腐っている何かだった。確かナスビの炒めものだったはず。
「・・・じゃない? ラビオリ? セロリ? ブロッコリー?」
ピーマンでも、ナスビでも、判別がつかなくても食べる気はない。裏庭に置いてある生ごみ処理機へと入れていく。その途中で今日が燃えないごみの収集日だったことを思い出した。ついでに出しておくことにする。
1階に部屋がひとつと、リビングとキッチン、風呂場とトイレ、2階にふたつ部屋がある一般的な3LDKの一軒家。一人で住むには少し広いが、それを感じられないほどに物が溢れている。
廊下にも壁に貼り付けたり、天井からぶら下げたりしている、耳かきやら、カンナやら、ホッチキスやらがトンネルを作るように飾られていて、それらの中に混ざっている、まな板、たすき、チェス盤などには文字が書かれていた。その内容には、『UNLIFE』、『同じところばかり見るな』、『Angel may Love』、『カニケーキ』などがあった。
そんな廊下を、何も思うことなくゴミの袋を持って歩いて行く。玄関に吊るしてあるコートを着て、設置してあるタイムレコーダーの表示を退出にして、自宅の鍵となっている腕時計をノブのないドアのレンズ部分にあてて外に出た。腕時計にはレーザー照射装置が内蔵されていて、ドアのレンズに近づけると自動的に鍵の波長を出して、ドアが開くようになっている。ドアは少しだけ開き、腕時計を付けた手で押していくと開いていく仕組みとなっていて、腕時計が離れると、自動的に閉まるようになっている。このドアと腕時計を造るのは、かなり大変だった。
外は白い靄がたちこめており、近くのゴミ捨て場までの道はとても新鮮だった。
ゴミを出し終えての帰り道、ポストを見るついでに車庫を覗いておいた。愛車は問題なく車庫内に止められていた。
家の中に戻ってタイムレコーダーを入室にして、まだ眠気で重たい頭を働かせながら、朝食を作ることにした。冷蔵庫からパスタの麺、オリーブオイル、生卵、トマトを取り出し、棚から、ツナ缶、焼きのり、コチュジャンの入った瓶を取り出して、調理台の上に並べていく。
まず大きめの鍋にパスタを入れて茹でていく。
次に小さめの鍋にお湯と生卵と塩を入れて、火加減と時間を確認しつつゆで卵を作っていく。出来上がるまでの時間で、ツナ缶を開けてボウルに入れてほぐしておき、トマトのヘタを取りミキサーで細かくしておき、焼きのりの袋を開けて4つ折りにしておいた。
出来上がったゆで卵を穴あきのおたまで取り出し、キッチンペーパーの上に転がして亀裂をいれて殻をむいていく。ボウルの中に入れて、ツナとゆで卵を混ぜ合わせる。
麺が茹で上がったので、ざるに入れて冷水で冷ました後、フライパンに移して、スプーン一杯分のオリーブオイルとからめた。ミキサーにかけたトマトをフライパンに流し込み、混ぜたツナとゆで卵も加えてかき混ぜていく。味付けはコチュジャンでととのえた。
お皿に乗せて、仕上げに焼きのりを振りかける。
(そういえば全自動食器洗い乾燥機を買っていないな)
そんなどうでもいいことを考えながら、調理したパスタを食べ終えた。
(やっぱり、『ここ』は暇だな・・・)
使った鍋やフライパン、食器を洗い終わると、もう何もやることがなくなってしまった。
(みんなよくやるよな。何がそんなに面白いんだか・・・)
とりあえず自室でパソコンを起動してホームページでも見てみようと思い、二階に上がることにした。
雑多に物があるリビングを抜けて、爪切りと、ハチマキが転がっている廊下を進んでいく。階段にも、硯や独英辞典、ポプリ入りの風船、押すと音が出るアヒルの人形、連結されている車のおもちゃなど、多くのものが置かれていた。とくに見ることもなく上っていく。
ステッカーや、シールで埋められているドアを開けて自室に入り、可変式の棚に置かれている洗濯バサミで作られた戦闘機もどきや、ボードゲームの地図の上に並べられているアニメやゲームのスーパーデフォルメ(SD化)されたキャラクターたちや、ハンガーに掛けられている色鮮やかなモービルツリーや、消しゴムの手術道具の玩具といったものたちを横目に見ながら、木材と石材を組み合わているデスク、その椅子に座った。明かりが自動的につく。デスクの上に置かれてあるパソコンは、黒、白、銀色のタワー型デスクトップが5つ並んでいて、モニターも3つほど設置されていた。
パソコンを起動して、見慣れている画面が表示された。キーボードで操作して、自分のホームページを開いた。インターネットネームである[昼寝猫]の管理するサイトにある[昼寝猫の悩み相談室]をのぞいてみた。新しく届いていた質問のメールが2つあり、「ダイエットしたいです」というものと、「恋人がほしい」というものだった。
定番の質問だったので、以前の回答をそのままコピー&ペーストして返信した。
ダイエット~~は、食事の取り方と、運動のやり方を回答していて、恋人~~には、警戒させない話し方と、相手に合わせる行動の仕方を回答していた。
(他人のための自分か、自分のための他人か。見ることも見られることも、己を知り、他者を知るためのもの)
質問以外で来ていたメールは、謝礼のもので、「うまくいったので50万円を指定口座に振り込みました」という内容のものだった。念のために口座を確認して振り込まれていることを確認した後、[昼寝猫の悩み相談室]の[今までにあった質問と回答]を探しやすくなるように手を加えておくことにした。
(MREか)
手直しを終えてパソコンをスリープさせようとしたところで、[昼寝猫の談話室]というチャットルームから「二人で話しませんか」と知らせが届いた。このチャットルームは、入室している人にしか会話内容がわからないようになっていて、他の人が入ってこられないように、鍵をかけることもできる作りになっている。なので仕事の依頼かと思い、ビジネスモードに意識を切り替えて会話することにした。
(まさか、ゲリラ組織なんてことはないよな)
一応そんな警戒もしつつ、管理者権限でチャットルームに入室した。
昼寝猫》こんにちはニャ
MRE》初めまして、昼寝猫さん
昼寝猫》出身国はどこニャ?
MRE》日本ですよ
答えてからしばらくして、MREはこちらの質問の意図を理解したようだった。
MRE》違います。この名前は、本名を省略したものです
昼寝猫》ミリィとか、ミレイとかかニャ?
MRE》日本名ですよ(笑)
名前だけでは判断できないが、これ以上追及するのはやめておいた。
MRE》どうして猫なんですか?
昼寝猫》その昔の事ニャ・・・知り合いに動物占いをさせられた吾輩は、前世がハエ、今世が猫、来世がセミという謎な占い結果をいただいたニャ・・・
MRE》それで寝ちゃったんですね(笑)
昼寝猫》納得するのかニャ
MRE》します(笑)あ、でも、私の前世も金木犀とか、沙羅双樹らしいですから、そんなに変わりませんよ?
昼寝猫》まだましニャ(怒)
こんなことで怒るなよと思ったが、どうしてかムカついてしまった。
MRE》質問にいきます。自由は得られますか?
昼寝猫》なニャ? 哲学かニャ? そうだニャ~~自由を何ものにも束縛されない状態だと考えると無理だニャ~~
MRE》パラドクスになりますからね。ストレスを感じていないという意味で構いません。あなたは自由ですか?
昼寝猫》80%くらいニャ
MRE》100%を望みませんか?
昼寝猫》意識してないときに得られていると思うニャ
MRE》意識していないのですか?
昼寝猫》自由を測定できるかニャ?
MRE》定義によります。あなたにとっての自由は何になるのでしょう?
昼寝猫》そうだニャ・・・自由というものは幸せの形容詞みたいなものニャ。こんなに自由ニャとか、これで自由って言うニャ
MRE》幸せですか・・・それだと、60%くらいかな
昼寝猫》ニャ~~吾輩も同じくらいかニャ
MRE》楽しい、という意味ではどうですか?
昼寝猫》自由は楽しいのかニャ?
MRE》ああ・・・いえ、違いますね
昼寝猫》かまわないニャ、解釈もまた自由ニャ。人によっては、可能性とか、幻とか、パラドクスとか言うニャ
MRE》ふふ、そうですね
昼寝猫》他に質問はあるかニャ?
MRE》はい。あなたに会えますか?
昼寝猫》会いたいニャらば
MRE》ありがとうございます。楽しみにしていてください。
MREがチャットルームから退出したのを確認して、今度こそパソコンをスリープにして終了した。静かではあるが確かにあったパソコンの起動音が消えて、道路も遠く新聞配達もない明け方の閑静な住宅街の中、アナログ時計も携帯電話もない、音の鳴る道具が無い部屋で、風と呼吸の音だけの静寂を作り出す。
窓の外に目を向けた。
朝の冷たさの中で、並んでいる住宅の隙間からわずかに見える線路に電車が走っていた。
(空に憧れる魚たち。あるいは、箱庭の中で幸せを見つけようとする人形たち)
そんな想像をしながら、深く椅子に沈み込んで、二度寝することにした。
🌳🔪 🌳🔪 🌳🔪 🌳🔪 🌳🔪
⦅ここからは、古流原 柾の見る夢の話になります⦆
「本当に、助けに来たんですね」
「人質に取っておいて、言うことがそれか」
刀を持つ筋骨隆々なクラフスカに言われて嘆息したのは、農家にしか見えない鍛え上げかたをした体格をしたおっさんだった。おっさんの名前はフォンラーク。不思議なチカラで植物を急成長させることができる男だ。
「人聞きの悪い。おびき出す餌にしたのは確かですが」
チヤキッと刀を構えたクラフスカは、誰もいない倉庫の中でフォンラークに切っ先を向ける。彼をこの場所に来させるために、クラフスカたちは数多くの情報操作をおこなった。結果としてターゲットであるフォンラークは、人気のない郊外の倉庫に囚われている人々(実際にはいない)を助けるためにやって来ていた。
「さようなら」
刀がひるがえり、その首を切ろうとする。なんの武器も持っていないフォンラークには、普通に考えて逃れる術はないが、このおっさんは普通ではなかった。
「芽吹け」
おっさんの声に不思議なチカラが発生して、一瞬で樹木が成長し、クラフスカの刀を受け止めていた。それは爆発とと言っていいものだった。フォンラークの手に握られていた植物の種は瞬間的に樫の樹となり、倉庫の床をその根で壊し、天井をぶち破って枝葉を広げていた。
「そうか、すべて嘘か。良かった」
フォンラークは踵を返して出ていこうとする。刀を構えているクラフスカなどいないかのように。
「逃がすと思うか?」
ボッと、振り抜かれたクラフスカの刀から炎があがり、樫の樹を燃やしていく。身体強化を限界までおこなったその身体は、強化外骨格の助けも借りて摩擦だけで炎が発生するレベルになっていた。
「芽吹け」
だがフォンラークはまったく慌てることなく、背後から迫るクラフスカを振り返って見ることもしなかった。ポケットから取り出した種を背後にばらまいて、不思議なチカラを発していく。ドンッッッッ!! 効果音とともに樹々が育っていく。
クラフスカが懸命に刀を振るうが、最初の一撃をふさがれた時点で追いつけるはずはなかった。
「・・・ジャコールっ!!」
仲間の名前を歯ぎしりとともに叫ぶ。
倉庫横の駐車場に止められていたタンクローリーにフォンラークが乗り込むのを見ながら、クラフスカは刀をしまう。
「お前は、何人を犠牲にするんだっ!?」
クラフスカのおびき出し奇襲が失敗した後は、ジャコールという爆弾使いによる『第二プラン』が計画されていた。
目標を追いかけているヘリからの映像をちらちらと見ながら、クラフスカは歯ぎしりしていた。目の前にはフォンラークの運転しているタンクローリーが人の密集する繁華街を走りぬけようとしている映像があり、ジャコールという爆弾使いのにやけ顔があった。
「こんなチャンス、そうはないぜ」
「黙れと言った」
「たった五万人の犠牲だけで、魔法師を殺せるんだ。いいか、たった五万人だ。それだけで、あの訳の分からない『チカラ』を使う奴を殺せるんだ」
「黙れと言ったッッ!!」
クラフスカの剣が爆弾使いの喉元に突き付けられる。だが、ジャコールは冷静に言い放つ。
五万人という人数は、この街の住民の数だ。
つまり、街ひとつを犠牲にしていいと言っている。
「俺たちのボスは、そのくらいの被害は容認していたはずだが?」
「違う。私の判断だ。被害が大きい」
「ほお。だったら何人までなら許せる?」
「それはっ・・・っ!」
クラフスカは答えられない。それは魔法師を殺したい想いは同じくらいに…いや、それ以上に憎んでいるためだ。
「本当に便利な『チカラ』だと思わないか? 肥料もいらない、水もいらない、害虫の駆除も必要なく、その言葉ひとつでどんな植物でも育つ」
「――私だって、殺したいわ」
もはや皮肉にもならない。彼の作り出した植物は、どれだけ調べても普通に育てたものと違いが見られなかった。
それはもう呪いだ。
あいつが作り出した植物は、気持ち悪いを通り越して、怖気立ちすらする。
「なら、押させろ」
ジャコールの手元には、爆破ボタンがある。今すぐにも押されようとするジャコールの腕に、クラフスカの刀の切っ先が当てられていた。わずかに切られている腕から血液が滴り落ちていた。
「・・・本気か」
「ああ、多すぎる」
睨み合う両者。映像から、タンクローリーの走る音だけが聞こえている。
「っ!」
ジャコールの指が動くと同時、クラフスカの刀が押し込まれた。
爆破ボタンと共に、ジャコールの腕が落ちる。
「・・・え?」
目標を追っていたヘリの映像が途絶える。
爆発音が聞こえたのは、その直後だった。
「腕一本の犠牲か。くくっ、安いな」
そしてジャコールの声があった。
「起爆なんざ、爆弾が仕掛けられていれば、どうにでもなる」
「嘘・・・」
くくははははっ、ジャコールの笑い声が聞こえてくる。切られた腕を押さえることもせず、血を流しながら嗤っている。
「人間だけでいいんだよ。訳が分かんねぇチカラとか、不気味な樹とか、全部いらねぇ」
「・・・」
ジャコールの言葉に、クラフスカは何も言い返せなかった。
――――そんな夢を見た。
💣🌀 💣🌀 💣🌀 💣🌀 💣🌀
⦅ここからは現実の話になります⦆
チャイムの音が聞こえて、窓から差し込んでいる朝日の眩しさに気が付いた。チャイムが鳴るまで全く気が付くことがなかった眩しさに、あらためてそれだけの意識の遮断をしていたことに苦笑する。
まあ、いつものことなのだが。
チャイムの音が連続して鳴らされる。そのリズミカルな音にいろんな曲を思い浮かべながら、玄関へと向かう。
「あーけーてーっ!」
殴る音も聞こえてきたので、ドラムのビート音も加えてみた。
「早くしろ~~っ!!」
声から、弟の
「さーむーいーっ! もうっ、遅いよっ!」
玄関の扉を開けると、文句を言いながら上がり込んできた。分厚いコートにふさふさのマフラーと耳当て付きの帽子、手袋と防寒着で着ぶくれしている女性。
「おはよう」
その後ろから、薄手のコートだけを着た誠二が礼儀正しく入ってくる。
「あれーっ? 買い物してたの~っ?」
キッチンから、みゆりの声が聞こえてきた。どうやら来て早々に冷蔵庫の中身を確認しているみたいだ。
「ねぇーっ! 柾ー?」
「たいしたものは買ってない」
大声で聞いてくるみゆりに、呆れまじりに返事をした。
誠二と共にキッチンへ行く。途中の廊下には、みゆりが駆け抜けていったからだろう、いくつかの物が転がっていた。爪切りとホッチキスを拾い、元通りに吊るしておく。
背後にいる弟がため息をついていた。
(正反対の同類型)
廊下を進みながら、先ほどの二つを思い浮かべて、形が似ていて、てこの原理を利用している物でありながら、用途の違う道具であることに面白みを覚えていた。他に似ている物が無かったか、考えてみる。
(穴あけパンチ、工具のペンチ、料理に使うトング、毛抜き、ヘアピン、鼻栓・・・)
以外にあるものだなと思いつつ、キッチンに着いたので考えるのをやめた。
冷蔵庫を覗き込んでいたみゆりがこちらに気が付いて、うろんな目を向けていた。
「ねぇ、こんなのでいったい何を食べるつもりだったの?」
みゆりに聞かれて、冷蔵庫にあったものを思い出す。
真空パックの干し柿、紙パックの甘酒、生のイカの切り身、生のタコの足、三本入りの袋きゅうり、袋詰めされた殻付きのあさり、真空パックのビーフジャーキー、紙パックの納豆、皮つきのさつまいも、三個袋入りの皮つきレモン、それと調味料のコチュジャンと醤油、オリーブオイルとビネガー、マヨネーズがあったはずだ。塩、砂糖、胡椒、ガラムマサラと、乾麺は常温で棚に置いてある。フランスパンは冷凍してある。
それらを思い浮かべながら、現時点で想定している食べ方を教えることにした。
「干し柿はジャムにする。イカ、タコ、あさりはマリネやカルパッチョにする。きゅうりとビーフジャーキーは冷麺の具材だ。他はそのまま食べる」
「お酒、飲まないよね?」
みゆりが聞いてきたが、お酒を飲まないことは知っているので、ツッコミなのだろう。
「あんたって、なんていうか・・・日本にいないよね」
みゆりは何度か自身を納得させるように頷いた後、冷蔵庫を閉めて一息ついた。そして首と肩を回して呼吸を整える。
「もしかして、お風呂でゆで卵とか、作ったりしてないよね?」
「面白いことを考えるなぁ」
「いや、あんたほどじゃないから」
みゆりは、右手を顔の前でひらひらさせて、否定してきた。
「まったく・・・。せっかくの休日に来た早々疲れたわよ」
うんざりした表情でくつろぐことができないリビングを見ながら、みゆりはキッチンの椅子にどっかりと座った。
それからひと時、話すこともそれほどはなかったので、
「よし。行こう」
みゆりの号令で、出かけることになった。
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