4 夢の乙女宅

独り暮らしの女性の家は、狙っている異性を招くとき以外は、ゴキブリも逃げ出すほどに汚いと書かれている雑誌を、数年前に見た気がするが、それが乙女となれば話が違ってくる。彼女の家は五階建ての割と新しめのアパートで、彼女の部屋は201号室だった。玄関を入ると靴が数足、靴棚に備えられていて、玄関はすごくすっきりとしていた。一人暮らしにしては広い1LDKでリビングを見つめるキッチンのほかには、ソファーぐらいしかなく、あまりのシンプルさと生活感のなさに、モデルハウスかとさえ思った。私は、彼女に促されるがままソファーに座った。緊張していた。背もたれに腰がつけられず、背骨が鉄骨になったようだった。しかし、私は勇敢にも(そして無粋にも)部屋の探索を始めた。そして、驚いたことに彼女は、少しもそれを嫌がらなかった。こうゆう場合は、どこか一か所にものが集結しているはずと思ったが、見当違いであった。ただ、5着ほどの服と、小さな子供が描いたような可愛らしい絵だけがあった。絵を見ていると、彼女の声がキッチンの方から聞こえた。私はリビングへと戻った。

再びソファに座ると、こんなものしかないけど、と彼女がお茶とお菓子を出してくれた。彼女は長い髪を一つにくくっていた。私は礼を言い、お茶に手を付けた。

「部屋はいつもこんなに綺麗なの?」

私はそう言った。

「はい、要らないものは、どんどん捨てて行ってしまうので。定期的にお掃除もしてますよ!」彼女はそういうと、笑った。続けて、「それに、要らないものが多いと、要るものが見えなくなりそうで。

じゃあなぜ、あの絵を残しているのだろうと思ったが、何となく訊けなかった。

彼女はお茶を飲むと、少し前のめりになった。

「哲人さん、絵のことなんですけど、公園で描いてほしいんです。」

「公園?」

「はい!はなまる公園で。」

はなまる公園は、私の出身校の近くだ。しかしここからは電車で一時間はかかるだろう。私はなぜそこがいいのか気になり、今度こそ尋ねた。

「思い出の場所なんです。昔、好きな人とよく行った場所なんです。」

私は不覚にもその好きな人とやらがうらやましいと思ったし(やはり私は恋をしていたのだ)、その時の彼女の昔を懐かしむような切ない表情に、ドキッとした。

私は紳士らしく軽やかに立ち上がり、彼女にお礼を言い、次に会う約束をした。

「明日の13時に駅で待ち合わせて、それから、電車に乗りましょう。それでいいかな?」

珍しく、彼女の方が頷いた。彼女は僕を玄関先まで送りいつまでも手を振っていた。私は平常をよそをおいながらも、わくわくしていたし、京助のようににやにやとも、していただろう。ともかく、夏休みに入っていた私にはいくらでも時間があったのだ。

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