トンカツと同級生

2020年3月。


昼休みを迎えたラジオ局のアシスタントディレクター赤井大地(あかい だいち)は、局の近くにあるトンカツ屋に入った。

番組の改編期であり、また春休みであるということからどうしても勤務が不規則になり、大地は相当疲れている。

幸いラジオ局のスタッフは気さくな人ばかりで、人間関係においては全く問題はない。みんなでこの繁忙期を乗り切ろうという雰囲気だ。


「ロースカツ御膳、大でお願いします」


「かしこまりました。先にごまとお味噌汁、お漬物をお持ちいたします」


大地はふとこれまでの人生を振り返った。大地は1人になると、よく自分のこれまでの歩みについて考えるのだ。

大地は職を転々としたあと、ラジオ局「ツバメFM」のスタッフとして入社した。元々ラジオが大好きだということもあったが、なによりもツバメFMのスタッフの人柄に感銘を受けて入社を決めた。

淡々としながらも熱意のある大地の性格で周りからの信頼も熱く、それなりに仕事を頑張り休日も楽しく過ごしている。


注文の直後、背後から男の声がした。


「お、赤井!赤井じゃないか。奇遇だなこんなところで」


現れたのは、大学の同級生であった浦沢丈(うらさわ じょう)。


「奇遇でもなんでもねぇよ、お前隣のビルで働いてんだろ」


丈はツバメFMに隣接するビルで営業マンとして働いている。


「しかしラジオ局ってのは誇り高き職業だな。有名人がバンバン来て、それを取り仕切るわけだろ、いいなぁ、聞いてるだけでスカッとするぜ。俺なんてさ…」


大学時代はやる気に満ち溢れ、様々な活動をしてきた丈。4年間彼は泣き言を一度も言わず、成績もトップ、課外活動でも評価され、まさに薔薇色の大学生活を送っていた。それが一転、就職すると一気に愚痴を言いまくるおじさんに変貌してしまった。


「無理難題を押し付けてくるアイドルなんかもいるけどな。あとは緊張して何も喋れない素人のおじさんとか。そういう時は困っちゃうね」


「ハッハッハ、楽しそうじゃないか。俺らみたいな普通のサラリーマンには、そういうほっこりするような場面は全然ないよ。強いていうなら可愛い女子社員とお話しすることくらいかな。まあ、アイドルに比べたらうちの女の子なんて大したことないけど」


丈は大地の職場を羨むように言った。


「いや、アイドルは見てるだけが1番ってこともよくあるぜ。話してみて幻滅することも多い」


「赤井はいつも冷静で、物事のいいところと悪いところの両面をちゃんと見て話すよな。しかし、職場にそんな綺麗な人がたくさんいるなんて本当に羨ましい。俺なんて上司と客にペコペコしてるだけの生活だ…。嫌になっちゃうよほんとに」


丈は悲しそうにお冷を見つめながら呟いた。


「そのへんは上手いことできるじゃんお前は。俺はそれが下手で何回も転職してさ、やっと今の仕事に落ち着いたけど」


大地は昔から全く変わらない、淡々としたトーンで丈の目を見ずに話した。


「うまいことやってる自分が逆に悲しいんだ。心にもないことばかり言って。嘘で固めたお世辞ばかり。もっと正直に思っていることを表明しながら生きていきたい」


「でも正直に生きるとこうなるんだ。お前の生き方はある意味正しいよ」


大地は自分の胸を指差しながら言った。


「どっちが正解かなんて分かんないよな。こうして生きていられるんだから文句は言えないぜ」


大地は大学時代同様、冷静に語った。


「いや、俺はもっと明るくユーモアを持って生きたいんだ。このままあと30年も働いて暗い気持ちのまま定年を迎えるなんてまっぴらごめんだぜ」


丈はいつになく頑なで、自分の人生について熱く語っている。彼は元々少し頑固であり、そのおかげで大学時代は輝かしい実績を残せたのかもしれないが、日常の会話においてその頑固さが出た時、それは利点から欠点へと変わるのだ。


(プルルルル)


「あ、社用携帯が鳴ってる。お客さんからだ。すまん。ちょっと出る」


丈に電話がかかった。たとえ昼休みとはいえお客には関係ない。


「いえいえいえ、ありがとうございますぅ。それはそうと、久慈様の会社の製品、使わせていただきましたが本当に使いやすくてですね、いやー素晴らしいものを生産されているんだなと…」


5分ほど電話が続き、電話を切る。


「いやー、昼休みまでペコペコするなんてな。辞めたくなっちゃうぜ、こんな仕事」


「うまかったな、あれだけ自社製品褒められると俺でも気分いいぜ」


「おべっかばっかりでさ、ほんとに悲しいぜ。でも冷静で物事の本質ばかり見る赤井でさえそう思うか?」


「ああ。向いてるんじゃないか、その仕事」


「お待たせしましたー、お漬物とお味噌汁、胡麻でございまーす」


トンカツが来る前に、前菜たちが運ばれてきた。


「さて、先に擦り胡麻作ろうか」


大地と丈は麺棒を手にとり、すり鉢の中の胡麻を擦り始めた。


「あれ、うまくいかんな」


大地のゴマはあちこちへ飛び散り、中に残った胡麻も全く擂れていない。


一方丈の胡麻は、短時間で綺麗に粉末状になっていた。


「お前、ゴマスリ上手いな」

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