白い髪飾り
三越 銀
第1話 出会い
グラウンドの赤い土や鮮やかな緑の人工芝を独特の朱色で染めていた西日が、外野ビジター応援席の向こう側へ沈んでいく。
すると、今度は眩しいカクテル光線に照らされたグラウンド上に選手達が飛び出してきた。
白地に赤のストライプのホームユニフォームに身を包んだ選手達がスタンドにボールを投げ入れる様子を見ながら、俺はコカ・コーラの容器に入った烏龍茶を口に含む。
最後にスターターがゆっくりとマウンドへ上がり、舞台が整った。
今宵も野球が始まる。
何度経験しても失せることはない高揚感を胸に、烏龍茶を一気に飲み干した。
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明治神宮球場。
ここは大学野球の聖地であり、そして我らが東京ヤクルトスワローズの本拠地でもある。
スワローズの大ファンである俺は、年間30試合程度この神宮球場で野球観戦をする。
2017年8月中旬、今日も神宮に野球を見に来ていた。年間30試合程度とは言ったものの、実は足繁く通えるようになったのは今年からだ。時間的にも金銭的にも少し余裕が生まれ、それに加えて観戦仲間が出来たことが大きい。
3回裏の攻撃が終わると、席を立った。
取り敢えず打順が一巡したこのタイミングで売店に行くことが多い。
よく食べるのは「じんから」という唐揚げやバックスクリーン裏の売店で買う焼き鳥などだ。あと利久のチャーシュー丼を食べることも多い。理由は安いから。学生にとってリーズナブルであることは基本的に何よりも優先される。
今日は「じんから」を買った。
生ぬるい感じで、あまり温かくはないのだが味は確かなのでまあ許そう。
財布を巾着袋に入れながら席へと戻る途中、ふと「いつもの場所」に目をやる。
「あっ…」
いた。
最近だいたい同じ場所で、ある女の子と目が合う。俺が観戦に来ている日は十中八九いる。おそらくホームゲームはほぼ全試合観に来ているのだろう。
肩まであるであろうミディアムヘアを後ろで一つに結び、肌は白くも黒くもないが若干焼けていて、ぱっちり二重が大きな目をより際立たせている。目鼻顔立ちが整っていて、美人と表現しても語弊はないだろう。
髪の色は焦げ茶だが、人工的な印象は受けないので地毛だと思う。
柔和な笑みを浮かべて軽く頭を下げた彼女に俺も慌てて会釈をして通り過ぎる。
「はぁ…」
しばらく歩いたところで思わずため息を吐いた。━━また話せなかった…。
実は彼女とは一度も話したことがない。
球場に通うようになってから数回目の時、いつも同じ辺りに座っている女の子がいることに気付いた
別に恋愛的な感情は全くないのだが、毎度のように神宮に来ている若い女性というのもなかなか珍しい。歳も近そうだし、単純にスワローズファンの女の子と話してみたかった。
ヤクルトファンならわかるだろうが、身近な人にヤクルトファンはまずいない。
かく言う自分も小・中・高と過ごしてきて認知しているヤクルトファンはたったの2人だ。
ただでさえヤクルトファンを見つけるのは難しいのに、さらに女性となるともはや絶滅危惧種だ。都市伝説まである(個人の見解です)。
だから歳が近いヤクルトファンの女性で、かつ美人ときたら話したい気持ちは十分にご理解頂けるだろう。
しかし、今のところ会釈の壁を超えられずにいる。接点がヤクルトファンであることくらいしかないのだ。コミュ障の俺にそれだけの理由で美人に話しかけろというのは無理がある。
「はぁぁぁぁ……」
再度大きなため息を吐いたその時、スマホの通知が鳴った。
画面に表示された名前に頬が緩む。
『今日前髪シースルーにしたの』
メッセージの主は汐里。
俺は彼女に恋をしている。
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