午前三時の小さな冒険
@chauchau
危険を冒すと書いて
これはまさしく夢である。
この時を以て明晰夢へと進化してしまった夢である。
だって。
そうでなければ説明が付かない。
目の前でクマのぬいぐるみがシャドーボクシングをしている光景なんて。
「目が覚められたか。
「おやすみなさい」
「待たれぃ!」
確か昨日私は仕事から帰ってきてシャワーを浴びたあと、コンビニ弁当を片手に缶チューハイを飲んでいたはず。
五本目までは記憶に残っているので、きっとそのあと寝落ちしてしまったのだろう。
「
「はぁ……、せめてもうちょっと可愛い妖精とか出てきてくれないかな」
自分が見ている夢とはいえ、いくらなんでもあんまりだ。
子どもの頃から大切にしているクマのぬいぐるみがまさかあんな口調で話すだなんて、しかもやたらと渋い声だし。
「しかと心して聞いていただきたい」
「明日はなんだっけ……、ああ、全体会議か……、めんどくさいなぁ」
「本当に聞いていただきたい……」
社長がその身一つで立ち上げ、いまでは全国企業へ発展した我が社は、令和の時代になったというのに毎月全体会議という名のテレビ会議が行われる。私のような平に権限なんてないというのに会社の方針を五時間近く聞き続けるのだ。全く以て生産性がないとしか言いようがない。
「あの、
「あんたもあんまりだと思うよねぇ、クマたん」
「その名前についてもいささか申したいことがあるのですが、いまはそれより!」
あ。良い感じに意識が飛んできた……。
夢とは言え明晰夢のなかだとそっから更に眠れるんだなぁ……、これSNSとかで発表したらバズったりしな、いか……。
「なにやつッ!!」
「ぐふッ!?」
あともうちょっとで眠れそうだった私のおなかに何かがものすごいスピードでぶつかった衝撃が来る。
お、ちょっ……、おま……、吐く……。
「おぇぇぇえ!」
「お許しを、
「くくく……、さすがは十騎士最強の男、とだけは言っておこうか」
「その声、そしてその身のこなし……、貴様ッ! まさかっ!」
「その通り! 俺様こそクラヤミ帝国最速の殺し屋『音無』クリックさ!」
「やはり……、噂には聞いたことがある……、だが、この命に代えてでも
「くくく……、果たして俺のスピードから大事な主人を守れるかなッ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「「いざッ!!」」
「うるせぇええええ!!」
緊迫な空気を醸し出す二匹のぬいぐるみへ、私はちゃぶ台を投げつけた。
※※※
「人が心地良く眠ろうって時にさ、ねえ?」
「はい」
「すんません」
全く起きる気配のない明晰夢にさえイライラする。眠っているときくらい落ち着いた夢を見ることが出来ないのか、私は。
ぬいぐるみ特有の小さい手足を器用に織り込んで正座を行うクマたんと、これまた小さい頃に買ってもらったチーターのぬいぐるみへ私はありったけの怨嗟を込めてお話をしてあげる。
「まずクマたん」
「はいぃい!!」
「お前さ、さっき寝ている私の腹に体当たり噛ましただろ」
「それは、
「シャラップ」
「申し訳ございませんでした……」
震えながら土下座するクマたんへの叱責は後に回すとして。
次だ。
「ターチン」
「いえ、俺の名前は『音無』クリックと……」
「は?」
「ターチンです、はい……」
「貴方も私が小さい頃に動物園でお父さんに買ってもらったぬいぐるみよね」
一目惚れして随分と父にねだったのを覚えている。
買ってもらったときは嬉しかったけど、家に帰ってきたときにまたぬいぐるみ買って! と怒る母はちょっと怖かった。
「この身体は仮初めのものであって」
「よね?」
「ターチンです……」
手作りで作っていたこのぬいぐるみは、一体一体微妙に違いがあって、ターチンはいま見てみると作成者が下手くそだったのか少し右目がズレているのだ。幼い私はそこが気に入ったらしいけど。
「だというのに私を狙うわけだ」
「それは、ですから」
「ド突き飛ばすわよ」
「申し訳ありませんでした……」
「だいたい」
震え縮こまってしまった二匹の前にどっかりと座り込む。
せっかくの眠気がどこかへ飛んでいってしまったじゃないの。ていうか。いつまでこの夢は覚めないんだ。
「あんたたちに
「よくぞ聞いてくださいましたッ!」
待ってましたとばかりにクマたんが元気よく立ち上がる。
ボタンの瞳が輝くはずがないのだけども、心なしかキラキラ光っているかのようである。
「あれは遡ること三百年前、我らキラキラ帝国とクラヤミ帝国の二大帝国は覇権を争ってくぴっ」
「長い」
ぽん、と優しくクマたんの頭に手をあてる。
「二つのチームが喧嘩してまして、こちらのチームを勝利に導くのが
「迷惑」
「です、ね、はい……」
「それで、ターチンはだから私を殺そうとしたわけだ」
クマたんの頭に乗せた手に力がこもってしまう。
「そういう、こと、ですね。はい……」
「誰があんたの主人だ」
「あなたです……」
「そうだな」
「だ、だがそれはこの身体の話であって! 俺本人としてはっ!」
「文句?」
「ありません」
逆の手を彼の頭に乗せてあげるととても素直になってくれた。
しかし、なるほど。
彼らの話を聞いて分かったことがある。つまり、どこぞのどいつ様かは分からないけれど、まったく無関係の私を巻き込んでくれたということか。
「ふふ……」
小さく笑っていれば、怖々とターチンが手を挙げた。
「あのぉ……、うちのボスがそろそろこっちへ来る頃かなぁ、と」
「なっ! クラヤミ帝国総帥っ」
「そういうの良いから」
「あ、はい……」
きっとこのあと長い名前が続くんだろうが、興味はない。
そんなこと覚えると頭が疲れるじゃないか。
「ふははッ! クリックよ! 運命の巫女の命は無事に刈り取れたであろうくぴゃ」
――ガシッ
「お前か」
先輩が要らないからと投げよこしてくれたお茶に付いていたストラップを思いっきり握りしめるのであった。
※※※
「ふわぁ……、なんか変な夢みた……」
けたたましい携帯の目覚ましを止めれば、安物カーテンがまったく遮光してくれない日光を届けてくれる。
「なんだっけ……、なんか言われたような、うわッ!?」
まるで強盗が入ったかのように部屋が無茶苦茶になっていた。ちゃぶ台がひっくり帰ってまるで誰かに投げ飛ばされたようである。
「え、やだぁ……、もしかしてまた泥酔して変なことしたのかなぁ……」
コレは掃除が大変だ。なんて思っている場合じゃない。
「やっばい! 遅刻する……ッ!!」
今日は面倒臭い全体会議の日。
本社からもちくちく五月蠅い人間がうちの支店にやってくる日である。万が一でも彼らより遅く出社しようものなら何を言われるか堪ったものではない。
「行ってきます!!」
慌てて出て行った私は気付かなかったのだ。
先輩から無理矢理渡されて処分に困っていたストラップが壊れてしまっていたことに。
「……なぁ」
「どうした、クリック」
「確かに、争いは終わったよな」
「そうだな」
「……人間って怖いな」
「ああ」
午前三時の小さな冒険 @chauchau
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