第22話


「お、お金大丈夫でしたか?」


 咲は心配そうに治の財布を見ていた。咲も可愛らしい財布を取り出し、支払う準備をしているほどだった。


「金に関してはまあ、本の印税があるから問題はないな」

「……ああ、そうですね。アルバイトみたいなものでお金が入ってきますもんね」

「アルバイト、よりかは入ってくるんじゃないかな? アルバイトをしたことがないから、良く分からないけど」

「アルバイト、ですか。私もしたことないですね。労働をして金銭の支払いを受けたのは父の肩たたき以外ありませんね」

「……そこでチョイスされるのが肩たたきなんだな」

「な、なんですか。肩たたき、いけませんか?」

「いや、別にそういうわけじゃないんだけどな」


 彼女の口から真っ先に「肩たたき」という言葉が出たことに苦笑してしまった。

 それから、レストラン街に近づいたところで、治はじっとそちらを見た。


「飛野って……夕食はどうするんだ?」

「……考えていませんでしたね。どこかで食べて帰るのが楽ですかね?」

「……そうか。それなら……一緒に食べていかないか?」


 治は少しだけ勇気を出して、そう聞いた。咲はきょとんとした後、


「え?」


 可愛らしく驚いていた。

 咲はそのまま固まってしまい、治は慌てて言葉をつづけた。


「そ、その今日のお礼も兼ねて……嫌なら、いいんだが……」

「い、嫌ではありませんよ!」

「それなら、ショッピングモール内で何か食べていこうか? お金は気にしないでくれ、奢るからな!」

「お、奢るってそんな! 私がしたいと思って申し出ただけですから! 奢ってもらうなんてそんな悪いですよ……っ」

「いや、なんだかんだもうすぐ二時間くらいになるし、普通に女の子に頼んで服を選んでもらおうとしたらそれ以上かかるだろうしな……だから、何か奢らせてくれ」


 治の脳内には、『レンタル彼女』とかそういった言葉が浮かんでいた。

 咲はきょとんとした様子で首を傾げた。


「え? そんなに時間かかるものですか?」

「……いや、時間じゃなくてな。まあ、なんでもいいや。そういうわけで、特に嫌じゃなければ食事でも、って思ったんだ」

「……」


 微妙に考えが違った咲に苦笑しつつ、治が続けた。

 咲はしばらく考えるようにしてから、ちらとレストラン街へと視線を向ける。


「……い、行ってみたい食べ放題があったんです。行きませんか?」


 すでに彼女の目は期待のこもった無邪気な子どものようになっていた。

 真面目でしっかりとした表情とはまったく違ったそのギャップに、治は見とれてしまった。


 きょとんとしていた咲に、治は慌てて笑みを返した。


「分かった、それじゃあそこに行こうか」 


 安堵の息は、咲が食べ放題を提案したことについてだった。

 咲の食欲は初めての邂逅で十分に理解していた。

 咲が嬉しそうに笑い、それからレストランが並ぶ道へと歩き出した。


「でも、お金に関しては私も出しますからね」

「いや……今日は俺に出させてくれ。それで、もしも……また今度でかけたときにでも奢ってくれないか?」


 次このように出かけることはないかもしれない。むしろないのではないだろうかと考えて治が提案すると、咲は考えるように顎に手をやった。

 それから、頬を僅かに染め、上目がちに治を見た。


「そ、それはつまり……また今度、一緒に出掛けてくれるということですか?」

「……む、むしろ俺から頼みたいたいな。今回服を選んでもらったし、その、デートは……小説の参考にしたいしな」

「……はい、もちろん構いませんよ」


 咲の微笑んだ姿に、治は動悸が一層増し、心臓を直接握って押さえつけたくなった。

 しかし、そんなことはできないため、ただ深呼吸で誤魔化すしかなかった。


「それじゃあ、行こうか。今日は俺が奢るからな」

「……それではお言葉に甘えます。ですが、次に、出かけたときは私が支払いますからね? いいですか!」

「……ああ、もちろんだ」

「……良かったです。次を、楽しみにしていてくださいね」


 ようやく納得してくれた咲に治は胸をなでおろした。

 それから彼女とともに近くの食べ放題へと行き、その食いっぷりに改めて驚かされることになった。

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