第15話
治のスマホが震えた。
電話の相手は、治の小説の編集だ。すぐにスマホを取り出して、耳に当てた。
「はい、もしもし……」
『ういっす、おさむ先生、今時間は大丈夫か?』
耳に届いた透き通るような女性の声が響く。
治のペンネームは『おさむ』だった。特に凝ったものが思い浮かばなかったため、名前をそのままひらがなにしただけだった。
「……はい、大丈夫ですよ」
事前にメールでのやり取りもしていたため、形式的な挨拶を終えた。
『そうか。まずはいい話からだ。また重版が決まった。かなり調子がいいな、この前だした宣伝も効果があったのかもしれないな』
「ありがとうございます」
『いやいや、もちろん作品あってこそだ。宣伝したって売れない作品は売れないんだからな』
編集は冗談めかした調子で笑っていた。治も合わせるように笑みをこぼした。
(……けど、もっとたくさん売れている人は世の中にはたくさんいるからな。今のままで満足していたらダメだ)
世の中を見ればさらに上はたくさんいる。
だから、いくら編集に褒められても調子に乗るということはなかった。
『それで、三巻の調子はどうだ?』
話は次巻についてとなる。
「今、書いていますが少し苦戦しています」
『まあ、そう焦るなよ。まだすぐにというわけではないからな。六月末くらいまでに原稿は用意してくれれば十分だからな』
「……わかりました、頑張ります」
『それじゃ、何か困ったことがあればいつでも相談してくれよまた何かありましたらいつでも気兼ねなく連絡くださいね』
電話を切ったあと、治はパソコンへと視線を戻し、しばらく原稿と見つめあっていた。
編集からの言葉でモチベーションを維持しながら、執筆を再開する。
かたかたとキーボードを打つ音だけが部屋に響く、時々伸びをしながら書き進めていく。
「……くっ」
そして、行き詰ってしまった。元々、プロットの段階でここでつまずくだろうと考えていた場所で、やはり止まってしまった。
治が睨みつけていたのは、デートのシーンだった。治の小説は恋愛小説であるのだが、もちろん治本人には一切の経験がなかった。
そのため、資料になるものを参考にしながら書いていたのだが、思うようには進まなかった。
息抜きがてら、スマホをとった治は、そこでメッセージが届いているのに気づいた。
相手は咲だ。そのメッセージを開いた。
『突然すみません。小説、読みました』
そのメッセージに治は驚き、呟いた。
「……本当に読んでくれたんだな」
まずはそのことが嬉しく、自然と頬が緩む。
それから治のもとに続けるようにしてメッセージが届いた。
咲が一巻、二巻と本を持った画像だ。
『ありがとう、どうだった?』
治はそのメッセージを送るかどうか考えてから、そう送った。
ネットを見れば、本への感想はいくらでも見れる。だが、直接感想を聞くのはこれが初めてであり、多少の緊張があったからだ。
ボロクソな感想をぶつけられることも覚悟しながら、治は返事を今か今かと待ち続けた。
そして、スマホがメッセージ着信をつげるように音を鳴らした。
『とても、感動しました。主人公とヒロインの恋人以上、友達未満みたいな関係がとてもよかったです。段々とお互いにひかれあっていき、三巻が今からとても待ち遠しいです』
「……そう、か」
治はほっと息を漏らす。お世辞含めて、彼女の言葉を素直に受け取った。
『ありがとう。とにかく、頑張ってみる』
『はい、頑張ってください。三巻が出たら必ず購入しますから』
『ありがとう。ただ、色々と悩んでいてまだもう少し時間はかかるかも』
治はそう送信してから、額に手をやった。抱えている悩みについてわざわざ言うつもりはなかったからだ。
そこまでのメッセージを送ってしまったのは、相談したいという気持ちもわずかながらにあったからだ。
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