第56話 支援術士、視界がぼやける


「な、なんと……」


 謁見の間で、俺の話を聞いた王様はしばらく口をあんぐりと開けたかと思うと、酷く興奮した様子で玉座から立ち上がった。


「怒りの度合いが強くなるとオーガになり、そこからさらに誰かを傷つけようとすると気絶して人間の姿に戻るように、回復術と呪いを関連付けるとは……! 信じられぬ、見たことのない技術だ。本当にそんな都合のいいことができるというのかね……!?」

「はい、可能かと、王様。元々、オーガは怒りの象徴なので呪いとは大変相性がよく、さらに呪いの根本にあるのはその者に対する罰であります」

「ふむふむ……?」

「簡単に説明させてもらうと、呪いにとって最も居心地のいい日陰に陣取ってもらい、それを遮る形で日当たりのいい場所に人間が立つということで、呪いに対して最大限に気を遣い、人間としていられるスペースを作ったという形であります、王様」

「お、おおおっ……」


 王様、崩れ落ちるかのように玉座に座り込んだかと思うと微動だにしなくなった。まずいな、何か怒らせるようなことを言ってしまったんだろうか……?


「――み、見事だ……」

「え……」


 王様は少し間を置いて再び立ち上がった。


「見事だぞ、グレイス。よくやった! その方法であればちゃんと《罪人》に対してけじめをつけた格好であり、治療したとしても刻印の効果は最も無駄のない形で残っておるわけだから、ある意味回復術と呪いの共存というやつであろう。まさに【回復職】として並外れた技術であり、人間的には慈悲深い、最高級の治療だったというわけだ!」

「お、王様、もったいなきお言葉……」


 俺は畏れ多い上、感激のあまり視界がぼやけてしまい、しばらく頭を上げられなかった。まさかここまで王様に賞賛されるとは、夢を見ているようだ……。


「あっぱれであった、グレイス。その素晴らしい治療に対して褒美をくれてやるとしよう」

「い、いえ、そのようなことまでは――」

「――わかっておる。お金なら銅貨1枚で充分、だろう?」

「……」


 さすが王様、一人の患者として来ていただけあって俺の性分をわかってもらえてる。


「それを承知で褒美をくれてやろうというのだ。なあに、褒美といってもグレイスが警戒しておる金やお宝ではないから安心しろ」

「そ、それならば喜んで……」




 ◇◇◇




「い、一体どういうことなんだよ、これ……」

「さ、さあ、わしにもさっぱり……」


 気絶したのち、すぐ人間の姿に戻ったルードを前にして、ガゼルとマニーはしばらく呆然自失とした様子だったが、まもなく周囲からわっと歓声が上がり、二人ともはっとした顔になる。


「――あ、あれはグレイス大先生じゃないか!?」

「わーい、グレイス先生だー!」

「神様グレイスのご帰還だっ!」

「みんな! わたしたちのグレイスが帰ってきたわっ! 道を開けてっ!」

「「「「「わあぁっ!」」」」」


 まるで人の波を切り裂くかのように、白装束を纏った一人の男が悠然と石畳の坂道を下ってきた。それは誰が見ても【支援術士】のグレイスなのは一目瞭然であった。


「ま、間違いねえ。あれはグレイスの野郎だ……。あいつ、処刑されたんじゃねえのかよ。なんでまたのうのうと戻ってこられるんだよ、畜生……」

「わ、わしにも、何がなんだか……」


 ガゼルとマニーが信じられないといった様子で揃って首を左右に振る中、やがてグレイスは【なんでも屋】の店の前まで来ると、女性陣に囲まれて照れたような笑顔を浮かべ、さらに拍手と歓声が沸き起こるのだった。


「なんでなんだよ……。なんなんだよ、グレイス。てめえはどこまで俺たちをおちょくれば気が済むってんだよ……って、マニー、お前どこへ行く気だ!?」

「え、えっと、その……どうやってルードの呪いを治したのか、それを是非グレイスしゃまに聞いてみたいと思いましてのお……」

「は、はあ!? それって、要するに俺を裏切りますってことじゃねえか、おい!」

「た、確かにっ。わしはあの方を恨んでおったが、今回のことで逆に惚れてしまったようなのですじゃ。ではガゼルさんや、わしにこっぴどく振られたからって逆恨みはなしにしてくだされ? それではご機嫌よう……」

「……」


 ガゼルは一人その場に取り残され、今にも零れ落ちそうなほどに見開かれた目は、現実逃避したかのようにしばらく焦点が定まることはなかった……。

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